14 / 27
第三章
三 Aくんがいい
しおりを挟む
「Bさん、ここですね」
「はーい。そうそう」
駅から徒歩五分の高級マンションは、たしかに一度来たことがある場所だった。
Bさんとは、バーで待ち合わせて、近況報告をしながらその場で三杯ほど呑んだ。それから二軒目に行って、俺は連日だったので途中でノンアルコールに切り替え、Bさんはずっと呑んでいた。ペースが早かったせいか、それとも俺に会うときにすでに何杯のんでいたのか、Bさんはすっかり酔っ払い。
手を離したらその場で座り込んで眠ってしまいそうなBさんを、俺はマンションまで送り届けた。
玄関に入ると静かだ。しんと静まり返った廊下に、Bさんがうずくまる。大の大人が子どもみたいに膝を抱える様子は、なんだかいじらしく見える。
「呑みすぎましたねー」
「止めたのに」
「うふふ。Aくんと会えて楽しくて」
俺は、Bさんは呑みすぎると言葉少なになる。と初めて知った。だが、前から知っていたような気もする。お酒と一緒に言葉を飲み込んでしまうことを。そしてその明るくて楽しげな奥に、俺が触れてはならない何かがあることを。
俺はBさんの上着を脱がせて、ネクタイをほどいて、支えながら寝室に向かう。寝室からはBさんのにおいがした。
どうしたらいいだろうかと迷う俺の手首をBさんが掴んでいる。
「Aくん、少しだけ、一緒に寝てもらえませんか。いや?」
「俺でいいなら」
「Aくんでいい、じゃなくて、Aくんがいいです」
「……抱きます?」
「それはやめておきます」
少し残念に思う。Bさんになら抱かれてもいいというよりも、Bさんに抱かれてみたいと思っているからだ。Bさんは、そんな俺の気持ちに気づいていると俺は思う。
「Aくんとはしたくないんです」
「Bさんだって誰でもいいわけじゃないですもんね」
「そういうのではなくて」
Aくん、と呼んで、Bさんは俺をベッドに引きずり込み、背中から抱いた。耳元でゆっくりと話してくる。いつものように、諭すような話し方だ。
「寂しいでしょう。Aくんと一夜限りの遊び相手なんて。でも今は、遊びじゃないとできない」
「俺は、構わないと思ってます」
「もっと自分を大切に扱ってください。僕はAくんが大事なんです。おじさんとワンナイトなんて絶対にいけない。ずるずると関係するのなんてもってのほか。大切にし合える素敵なひとと、堂々と幸せになってください」
「恋に落ちて?」
「えぇ。だから僕と寝てる場合じゃないんです」
「いまは?」
「本当はだめ」
今夜、俺は同期とのことをまだ相談していなかった。言う機会を逸したせいだ。近況を報告する中で、同期のことは当たり障りのない日常話に終始しておいたのだった。
「大丈夫ですよ。Bさんのいうとおりなら、どんなに回り道したって、幸せに笑ってるんでしょ」
「そのとおりです」
Bさんは寝息を立てる直前に、ぼんやりと呟いた。
「でもそうなって、Aくんに会えなくなるのは、残念ですね……」
「はーい。そうそう」
駅から徒歩五分の高級マンションは、たしかに一度来たことがある場所だった。
Bさんとは、バーで待ち合わせて、近況報告をしながらその場で三杯ほど呑んだ。それから二軒目に行って、俺は連日だったので途中でノンアルコールに切り替え、Bさんはずっと呑んでいた。ペースが早かったせいか、それとも俺に会うときにすでに何杯のんでいたのか、Bさんはすっかり酔っ払い。
手を離したらその場で座り込んで眠ってしまいそうなBさんを、俺はマンションまで送り届けた。
玄関に入ると静かだ。しんと静まり返った廊下に、Bさんがうずくまる。大の大人が子どもみたいに膝を抱える様子は、なんだかいじらしく見える。
「呑みすぎましたねー」
「止めたのに」
「うふふ。Aくんと会えて楽しくて」
俺は、Bさんは呑みすぎると言葉少なになる。と初めて知った。だが、前から知っていたような気もする。お酒と一緒に言葉を飲み込んでしまうことを。そしてその明るくて楽しげな奥に、俺が触れてはならない何かがあることを。
俺はBさんの上着を脱がせて、ネクタイをほどいて、支えながら寝室に向かう。寝室からはBさんのにおいがした。
どうしたらいいだろうかと迷う俺の手首をBさんが掴んでいる。
「Aくん、少しだけ、一緒に寝てもらえませんか。いや?」
「俺でいいなら」
「Aくんでいい、じゃなくて、Aくんがいいです」
「……抱きます?」
「それはやめておきます」
少し残念に思う。Bさんになら抱かれてもいいというよりも、Bさんに抱かれてみたいと思っているからだ。Bさんは、そんな俺の気持ちに気づいていると俺は思う。
「Aくんとはしたくないんです」
「Bさんだって誰でもいいわけじゃないですもんね」
「そういうのではなくて」
Aくん、と呼んで、Bさんは俺をベッドに引きずり込み、背中から抱いた。耳元でゆっくりと話してくる。いつものように、諭すような話し方だ。
「寂しいでしょう。Aくんと一夜限りの遊び相手なんて。でも今は、遊びじゃないとできない」
「俺は、構わないと思ってます」
「もっと自分を大切に扱ってください。僕はAくんが大事なんです。おじさんとワンナイトなんて絶対にいけない。ずるずると関係するのなんてもってのほか。大切にし合える素敵なひとと、堂々と幸せになってください」
「恋に落ちて?」
「えぇ。だから僕と寝てる場合じゃないんです」
「いまは?」
「本当はだめ」
今夜、俺は同期とのことをまだ相談していなかった。言う機会を逸したせいだ。近況を報告する中で、同期のことは当たり障りのない日常話に終始しておいたのだった。
「大丈夫ですよ。Bさんのいうとおりなら、どんなに回り道したって、幸せに笑ってるんでしょ」
「そのとおりです」
Bさんは寝息を立てる直前に、ぼんやりと呟いた。
「でもそうなって、Aくんに会えなくなるのは、残念ですね……」
202
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
幸せの温度
本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。
まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。
俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。
陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。
俺にあんまり触らないで。
俺の気持ちに気付かないで。
……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。
俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。
家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。
そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?


飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる