今夜、恋人の命令で変態に抱かれる

みつきみつか

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第三章

三 Aくんがいい

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「Bさん、ここですね」
「はーい。そうそう」

 駅から徒歩五分の高級マンションは、たしかに一度来たことがある場所だった。
 Bさんとは、バーで待ち合わせて、近況報告をしながらその場で三杯ほど呑んだ。それから二軒目に行って、俺は連日だったので途中でノンアルコールに切り替え、Bさんはずっと呑んでいた。ペースが早かったせいか、それとも俺に会うときにすでに何杯のんでいたのか、Bさんはすっかり酔っ払い。
 手を離したらその場で座り込んで眠ってしまいそうなBさんを、俺はマンションまで送り届けた。
 玄関に入ると静かだ。しんと静まり返った廊下に、Bさんがうずくまる。大の大人が子どもみたいに膝を抱える様子は、なんだかいじらしく見える。

「呑みすぎましたねー」
「止めたのに」
「うふふ。Aくんと会えて楽しくて」

 俺は、Bさんは呑みすぎると言葉少なになる。と初めて知った。だが、前から知っていたような気もする。お酒と一緒に言葉を飲み込んでしまうことを。そしてその明るくて楽しげな奥に、俺が触れてはならない何かがあることを。
 俺はBさんの上着を脱がせて、ネクタイをほどいて、支えながら寝室に向かう。寝室からはBさんのにおいがした。
 どうしたらいいだろうかと迷う俺の手首をBさんが掴んでいる。

「Aくん、少しだけ、一緒に寝てもらえませんか。いや?」
「俺でいいなら」
「Aくんでいい、じゃなくて、Aくんがいいです」
「……抱きます?」
「それはやめておきます」

 少し残念に思う。Bさんになら抱かれてもいいというよりも、Bさんに抱かれてみたいと思っているからだ。Bさんは、そんな俺の気持ちに気づいていると俺は思う。

「Aくんとはしたくないんです」
「Bさんだって誰でもいいわけじゃないですもんね」
「そういうのではなくて」

 Aくん、と呼んで、Bさんは俺をベッドに引きずり込み、背中から抱いた。耳元でゆっくりと話してくる。いつものように、諭すような話し方だ。

「寂しいでしょう。Aくんと一夜限りの遊び相手なんて。でも今は、遊びじゃないとできない」
「俺は、構わないと思ってます」
「もっと自分を大切に扱ってください。僕はAくんが大事なんです。おじさんとワンナイトなんて絶対にいけない。ずるずると関係するのなんてもってのほか。大切にし合える素敵なひとと、堂々と幸せになってください」
「恋に落ちて?」
「えぇ。だから僕と寝てる場合じゃないんです」
「いまは?」
「本当はだめ」

 今夜、俺は同期とのことをまだ相談していなかった。言う機会を逸したせいだ。近況を報告する中で、同期のことは当たり障りのない日常話に終始しておいたのだった。

「大丈夫ですよ。Bさんのいうとおりなら、どんなに回り道したって、幸せに笑ってるんでしょ」
「そのとおりです」

 Bさんは寝息を立てる直前に、ぼんやりと呟いた。

「でもそうなって、Aくんに会えなくなるのは、残念ですね……」
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