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第二章
五 新しい恋について
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Bさんとキスをするのは二度目だ。前の時はセックスするためのキスで、食べているみたいだった。いまは、触れているだけのものだった。かといって、プラトニックという雰囲気でもなかった。泣き止ませるために驚かせようとし、さらには下心もある、というような、複雑なキスだ。
少しして離れた。
いまは行き交うひとはいないけれど、ひらけた場所なので、思わず人目を気にしてしまう。こちらを気にしているひともちらほらいるような気がする。まぁ、いいか。
「Bさん」
「キスしていいですか?」
「すでにしてます……」
「おかわり」
また唇が触れた。
自分の涙と鼻水の塩味がする。Bさんは俺の唇を舐めている。
くすぐったくて笑った。
「き、汚いですよ」
「全部欲しい」
どきっとする言い方だった。
Bさんは得意気に続ける。久しぶりのBさんは、とてもBさんだった。
「なんてね。あいにく僕はとっくに行き過ぎた大人なので、純朴な少年は目を背けたくなるような、いやらしくて汚らしいことが大好きなんです。きれいだと思えば思うほど、俄然、自分の手で汚したくなったりして」
何度もついばむように口づけてくる。慣れてきた。
俺だってこれがしたい。
回数を重ねるごとに、強張っていた体と気持ちがゆるんで、本心が剥き出しになる。
「好きな人としたかった……」
Bさんは俺の頬を挟んだまま、真っすぐに見つめてくる。
「Aくん、恋をしなさい。うんと素敵なひとと、誰にも負けないような恋を」
「もう、できない」
Bさんの表情がぼやけてわからなくなる。Bさんの手が濡れてしまう。Bさんは気にもとめていないようだけど。
元恋人とは、いつの間にか恋に落ちていた。どうやって落ちたかなんて覚えていない。失敗が怖くて思い出すこともできない。やりかたなんてわからない。ただ、あっという間だったように思う。始まりも終わりも、自分が自分ではなかったかのようだ。
こんなにも惜しく思うのならば、もっと、目に焼きつけるように一日一日を大切に過ごしておけばよかった。
「新しい恋の中で、セックスもしたければすればいい。セックスがなかったって、恋なんてきれいなだけじゃない。新しい恋はそれを君に教えてくれる。その彼は、自分が間違っていたことに気づいたから、謝りに来たんでしょう。Aくんをこんなに傷つけておきながら、自分勝手だけど」
「でも、やっぱり、俺が、彼としたかった。ふたりで気持ちよくなって、幸せになりたかった、もっと近づけると思った、なのに」
「うん。大好きだったねぇ」
「忘れられないんです」
「わかります」
悔しくて、アパートの前で泣いたとき以上に涙が止まらなくなって、俺はBさんの腕に縋りついて泣いた。
俺が大好きだった彼を幸せにした知らない他人のことが憎らしくて仕方ない。二人に恋が続いていることを思うと苦しい。俺と二人では届かなかった場所に、俺と彼が越えられなかった向こう側に、他の人とならたどり着けたんだと思うと、息ができない。
Bさんは大きな手のひらで、俺の肩を抱いて言った。
「大丈夫。案外、うまくいきます」
本当かなぁ、と思いながら。穏やかな声を信じたいとも思う。
また恋に落ちる日なんて、いまは想像すらできない。
<続く>
少しして離れた。
いまは行き交うひとはいないけれど、ひらけた場所なので、思わず人目を気にしてしまう。こちらを気にしているひともちらほらいるような気がする。まぁ、いいか。
「Bさん」
「キスしていいですか?」
「すでにしてます……」
「おかわり」
また唇が触れた。
自分の涙と鼻水の塩味がする。Bさんは俺の唇を舐めている。
くすぐったくて笑った。
「き、汚いですよ」
「全部欲しい」
どきっとする言い方だった。
Bさんは得意気に続ける。久しぶりのBさんは、とてもBさんだった。
「なんてね。あいにく僕はとっくに行き過ぎた大人なので、純朴な少年は目を背けたくなるような、いやらしくて汚らしいことが大好きなんです。きれいだと思えば思うほど、俄然、自分の手で汚したくなったりして」
何度もついばむように口づけてくる。慣れてきた。
俺だってこれがしたい。
回数を重ねるごとに、強張っていた体と気持ちがゆるんで、本心が剥き出しになる。
「好きな人としたかった……」
Bさんは俺の頬を挟んだまま、真っすぐに見つめてくる。
「Aくん、恋をしなさい。うんと素敵なひとと、誰にも負けないような恋を」
「もう、できない」
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こんなにも惜しく思うのならば、もっと、目に焼きつけるように一日一日を大切に過ごしておけばよかった。
「新しい恋の中で、セックスもしたければすればいい。セックスがなかったって、恋なんてきれいなだけじゃない。新しい恋はそれを君に教えてくれる。その彼は、自分が間違っていたことに気づいたから、謝りに来たんでしょう。Aくんをこんなに傷つけておきながら、自分勝手だけど」
「でも、やっぱり、俺が、彼としたかった。ふたりで気持ちよくなって、幸せになりたかった、もっと近づけると思った、なのに」
「うん。大好きだったねぇ」
「忘れられないんです」
「わかります」
悔しくて、アパートの前で泣いたとき以上に涙が止まらなくなって、俺はBさんの腕に縋りついて泣いた。
俺が大好きだった彼を幸せにした知らない他人のことが憎らしくて仕方ない。二人に恋が続いていることを思うと苦しい。俺と二人では届かなかった場所に、俺と彼が越えられなかった向こう側に、他の人とならたどり着けたんだと思うと、息ができない。
Bさんは大きな手のひらで、俺の肩を抱いて言った。
「大丈夫。案外、うまくいきます」
本当かなぁ、と思いながら。穏やかな声を信じたいとも思う。
また恋に落ちる日なんて、いまは想像すらできない。
<続く>
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