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第二章

四 待ち合わせの遅刻

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 平日の駅舎の人通りは午後十時にはピークが過ぎ、翌日の喧噪のために口を噤むかのように疎らになっていく。東改札口を出たところでBさんを探すが、探す場所などしれていた。
 午後八時の約束だったのに、呆然としていて、こんな時間になった。自分が無理に約束を取り付けたというのに、すっぽかしてしまった。謝る機会さえないかもしれない。ただただ申し訳なかった。
 Bさんの姿はない。
 と思ったのも束の間、横に人が立った。

「おや? Aくん」
「Bさん」

 約束を二時間も過ぎて申し訳ないこと、待っていてくれたお礼、どれから言えばいいのかわからなくなる。ただ、毎度のごとくご機嫌そうな笑顔があってほっとする。
 仕事帰りのスーツのまま、Bさんは待っていた。

「すみません、すみません、俺」
「まぁまぁ。座りましょっか」

 Bさんは俺の腕を取り、駅舎を出て、出口から少し離れたロータリーのベンチに掛ける。隣り合って向かい合った。

「さて、待ちぼうけが悲しくて酒盛りするところでした。呑めます? 缶ハイボール」
「はい」
「僕はレモンサワー。再会および大遅刻に乾杯」
「ごめんなさい」
「ほら呑んで呑んで」

 二人して缶をあおぐ。半分ほど一息に呑んだ。

「呑んだら反省会は終わり。Aくん、なに食べますか?」

 Bさんは大きな片手の平に、小さい個包装のお菓子をいっぱいにのせている。呑み終えて、どのように謝ればいいのかと愕然としていた俺は、Bさんの手の平のそれらを見つめる。
 懐かしかった。

「カステラドーナツ……」
「それに、ココアシガレット、こんにゃくゼリー、棒カル」

 一年前、俺が買ってきたとおりのお菓子にちがいなかった。こぼれそうなほどたくさんだ。俺とBさんの間にはまだ何もなく、駄菓子だけが、何一つ接点のない二人を繋いでいる、そんな気がする。
 俺はBさんの顔を見る。

「今回は僕がカステラドーナツにしようかな」
「……じゃあ、俺、棒カル」

 袋を開け、夜の駅前広場で酒盛りをしながら食べる。
 二人でこれらを開けて、学校で作ったときの話しをしたんだ。自分たちは同世代ではないから、幼いころの原風景は違う。だけど、駄菓子を見ていた景色にお互いがいないかを探したこと、それ自体がひとつの思い出として残っている。

「……覚えてくれてたんですね」
「あれ以来、時々童心に帰ってしまい、衝動的に買っちゃうんです」

 棒カルの甘さに打ちひしがれながら俺はぼやいた。

「家を出た直後に、元彼が来たんです」
「大丈夫でしたか」
「はい。謝られました。……新しい恋人ができたんだと思います。それで、俺とはできなかったことも、したんだ」

 俺とはできなかったのに。

「俺とのことは、向こうにとって生々しくて、汚らわしく思えたそうです」
「彼がそう言ったの」
「目を閉じないとできなかったって」

 部屋の前で泣いて、体中の水分がなくなったはずだった。悲しかったり寂しかったり悔しかったりするせいで涙が出るんだから、流しきったら、負の感情もなくなってしまえばいいのに。まだ涙が出るのは、まだ流し足りないのだろうか。溢れてしまうのは、抱えきれないせいか。

「謝られるほうが屈辱ですね。汚いと思った、ごめん、なんて…」

 涙が頬を伝うのが嫌で、俺は俯く。
 その顔を、Bさんが手でつつんであげさせてきた。
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