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第二章

三 真意

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 一人暮らしのアパートに戻り、眠った。
 徹夜仕事のあと、Bさんと会い、堰を切ったように話をし、体力はとっくに限界を超えていた。
 泥のように眠りに落ちたから起きたときにはやたらすっきりしていて、それでいてそれほど時間は経っていないのかもしれないと期待したが、時間は着実に経過していた。
 何時間寝ていたのだろう。気づけば待ち合わせまで三十分もない。すっかり夜だった。身支度を整えて慌てて部屋を出たとき、そこに元恋人の姿を見つけるまで、俺はBさんとの約束のことで頭がいっぱいになっていた。
 なので突然の来訪に慌てたというより、予期していなさすぎて、一瞬だれかと思ったほどだった。横面を殴られたみたいだ。

「久しぶり」
「……え、あ……久しぶり」
「少しいい?」

 考えた。
 この時間ならば電車の本数は出ているし、待ち合わせ場所まで二十分もあれば着く。

「えっと……何か用?」

 後期はほぼ何もとっておらず、大学に行く機会がないので会わない。行ったとしても彼には会わなかったし、これから先も会わないと思っていた。だから来たのか。何かを言うために。

「謝ろうと思って」
「え……」
「悪かった」
「……」
「それだけだから」

 最後に彼を見たのは大学の教室だった。横顔は険しかった。俺の視線に気づいているという雰囲気だった。俺は目を伏せ、その場を通り過ぎたのだ。
 今は、どこかつきものが落ちたような顔をしていた。目が合い、まっすぐに俺を見ていた。それはかつて好きになったときの彼のように。
 俺は踵を返そうとした彼を引き留める。

「待って」
「……」
「どうして、俺たち、上手くいかなかったんだろう」

 よくわからなかった。セックスに失敗するなんて、初めてなら有り得ることだ。ましてお互いに男性経験はなく、何もかもが手探りだった。だが思い返すに、失敗を許し合えないような関係だっただろうか。さらには、取り返しがつかないほどの失敗だっただろうか。
 彼は言った。

「ショックだった」
「何が?」
「当たり前みたいに準備したり、俺のを舐めたりしたお前のことが、急に汚らしく思えた」

 今度は、頭を殴られたみたいだ。

「初めてじゃなかったのかよって思った」
「それは……好きな人だから……」

 初めてだった。だからこそ夢中だった。
 あのときのことを思い出せないけれど、彼の体に夢中になった。触れ合いたくて仕方なかった。だが、彼は戸惑っていたのか。気づかなかった。あんなに見つめていたのに、なぜ気づかなかったんだろう。

「俺には無理だった。だから、目を閉じてやってた。声を聞くのも無理だったよ。生々しくて」

 彼は淡々と言った。

「気づいたらお前は血まみれで泣いてた。もちろん後悔してたさ。でもお前のせいにしてた」
「……」
「きれいなお前が好きだったから」

 俺とは異なり、彼は恋人のきれいな部分だけを見ていて、現実としての触れ合いは早すぎたのかもしれない。

「……プラトニックな関係のほうがよかったって?」

 俺は言った。彼は視線をそらした。肯定するにはあまりに身勝手だと、自分でわかっているのだと思う。
 俺は、彼が服を脱いだとき、きれいだと思った。触りたいと、体温をたしかめたいと思った。においを嗅いで、肌を重ねたかった。高まり合いたくなった。
 だがそのときに彼の目にはすでに、自分は汚らわしく映り、目を閉じて耳を塞いでいないと嫌悪感で我慢ならない存在だったのか。相手が血を流していることにすら気づかないほど。

「ごめん」

 セックスできなかったのは俺じゃなくて、彼のほうだった。お互いにお互いを見ていなかった。
 だが真実を知ってもいまさらだ。
 俺は好きなひととセックスしたい。お前なんていらない。セックスできない恋人なんて恋人じゃない。
 そんなふうに言われたのに。だから傷ついたのに。
 言おうと思った。
 言えなかった。
 彼の手には指輪があり、そのひととは肉体関係を持った、という感じがする。
 俺は言った。

「……もういいよ。帰ってくれ」
「さよなら」

 それは俺の台詞だと思いながら、彼がいなくなってもしばらくの間、俺はその場で立ち尽くしていた。
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