今夜、恋人の命令で変態に抱かれる

みつきみつか

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第二章

二 初恋

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 Bさんは冗談だと思ったようで笑った。

「残り九十九年ありますから、まだ早いですよ」
「冗談ではないんです」

 俺はそう答えた。
 恋人と別れてからというもの、とくに何ら刺激のない日々を送っている。Bさんのおかげで性的なトラウマを抱えることもなかったものの、充足には程遠い。そのたび、知らなければよかったのに、と思う。恋をすることも、肌を重ねることも、何もかも知らなければ、これほど渇望しなかったのに。

「Bさんに一切そのつもりがないなら、いまのは忘れてください。でも、もし少しでも、期待していいなら……」
「遊びたいんですか?」
「……本気か、遊びか、は、あまり考えてないです」

 Bさんを困らせたくなかった。だから困惑させているのなら引こうとは思っていた。
 そしてBさんに恋をしているというわけでもなかった。

「実は、就職先の都合で、引っ越すんです。都内ですから、遠くはないですが……」
「あぁ、なるほど」
「元彼と別れたら、感情にブレーキがかかってしまったというか……なんだか、蜃気楼みたいに、見えていたのに届かなかったことが、すごく苦しくて」

 ほんの三ヶ月ほどではあったが、恋をした。初めて恋をして失うまでの密度がとても濃く、あの短期間に、恋とはなんたるかを知って、知り尽くしてしまった気がする。
 彼を意識したとき、そして意識されていることに気づいた瞬間も、手が触れたことに胸が高鳴ったときも、想いを伝えたときも、何もかもが鮮やかで眩しい。
 あれが俺の初恋だった。
 恋ならば、今もしたい。
 なのに。

「肉体関係に興味があるのはわかりますけど、いま恋をせずにそれをするのは勿体ないですよ」
「かといって、ちゃんと恋をしようと思ってできるものでもなくて」
「たしかに」
「カラーだったんです。彼といたとき」
「ふぅん?」
「実は俺、中高とガリ勉で、大学デビューというか……失敗したんですけど。世界はモノクロだったんです」
「なるほど?」
「モノクロってことに気づいたのも、彼と付き合いはじめてからでした。一気に色がついて、美しくて、なにもかもが極彩色に見えたんです」

 少しでも、お互いにとっていい終わり方だったとしたら。未練がましいだろうか。
 Bさんはくつくつ笑っていた。

「!」
「すみません。若くていいなって。可愛くて」
「……こちらこそすみません。お引き止めして。いってらっしゃいませ」

 嘲笑のような嫌な感じではなかった。だが自分の青臭さに気づく。恋だの愛だの、大学生にもなって、中学生みたいだ。青春を取り戻すかのような濃密さだったのは、遅まきのせいだろうか。
 Bさんは腕時計を覗いた。違う世界の腕時計だった。同じ時を刻んでいたとしても、Bさんの時間と俺の時間は、価値も密度も異なるのかもしれない。
 いまさらながらそんな現実に気づいた。

「たしかにそろそろ行かないと。重役出勤になってしまいますね。叱られそう」

 ちょうど電車が来た。ごうと風を鳴らして車体が滑り込んでくる。地下鉄の金属臭さと、とうとう行ってしまう惜しさに、俺は俯いた。
 Bさんは言った。

「今夜でいいですか?」
「え?」
「今夜八時。乗った駅の東改札口前で」

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