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第一章
三 駄菓子
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三
あいにくホテルの部屋が満室で、近いからと自宅である高層マンションの一室に連れられた。ガラス張りのリビングは広くて眺望が良い。
「きれいでしょ。自慢の眺めです」
「……はい」
雪が降りつづいている。街が白くぼやけていく。なんだか別世界のようだ。室内はあたたかい。
俺はコートを着たままで、彼は上着を脱いでネクタイをゆるめている。仕事帰りなのだそうだ。
「コーヒーでいいですか?」
「あ、はい」
喫茶店で挽いたようなコーヒーの香りが漂ってくる。コーヒーの香りにはリラックス効果があるという話を思い出した。
「あ、よかったらこれ」
先ほどコンビニで買った駄菓子の入った袋の存在を思い出して取り出すと、彼はご機嫌そうに覗き込んだ。
「あら、ありがとう。二人で食べましょうか。あっ、棒カルいただいていいですか!?」
「はい」
「小学校の理科の実験でカルメ焼き作りましたよ。懐かしい。いまもそういうのあります?」
「俺は中学で」
「学校で合法的におやつ食べれるって大騒ぎですよね」
二人掛けのダイニングテーブルへの着席を促され、向かい合う。間に、きちんとしたカップに淹れてソーサーにのせたコーヒーと、不似合いな駄菓子。そのいびつさが、そのまま自分たちみたいに思えた。
「あっ、ココアシガレット。まだ売ってるんですね。どこで買うんです、こういうの」
「コンビニです」
「コンビニに置いてるんですか! Aくんどれ食べますー?」
「じゃあ、カステラドーナツ」
「お、いいですね~。Aくんは大学生ですよね。小さい頃、こういうの食べてました?」
「はい」
「僕、こういうの禁止のおうちで。クラスメートが買ってるのを見て、いつもいいなぁって思ってました。駄菓子屋もなくなって……そっか、いまはコンビニで買えるんですね~。今度買ってみよう」
「棚の下のほうにありますよ。子どもの視線の棚」
「童心に帰っちゃいますねぇ。うふふ」
棒カルを食べ、ヨーグルトを食べ、こんにゃくゼリーをちゅるちゅる食べている。
彼が楽しそうにすればするほど、セックスに失敗する前の楽しい恋人同士だった自分たちに戻れないだろうかと、コンビニで端から端まで買ったときの淡い期待と、買ってきたことすらも言い出せなかったアパートの玄関での出来事を思い出してしまっていけない。
恋人に、喜んでほしいと思っていたんだ、こんなふうに。大学で出会う前の、幼いころの思い出にどこか接点がないかを、ふたりで探したかった。こんな話題で、笑い合いたかったんだ。
視界がぼやけた。
「ありゃ。大丈夫ですよ。全部は食べないですよ」
彼は俺にハンカチを差し出してくる。
俺は笑った。
「すみません、なんだか懐かしくて」
我ながら下手くそな言い訳だった。彼がどう思ったのかはさておき、自分自身すらも誤魔化すことができない。
あいにくホテルの部屋が満室で、近いからと自宅である高層マンションの一室に連れられた。ガラス張りのリビングは広くて眺望が良い。
「きれいでしょ。自慢の眺めです」
「……はい」
雪が降りつづいている。街が白くぼやけていく。なんだか別世界のようだ。室内はあたたかい。
俺はコートを着たままで、彼は上着を脱いでネクタイをゆるめている。仕事帰りなのだそうだ。
「コーヒーでいいですか?」
「あ、はい」
喫茶店で挽いたようなコーヒーの香りが漂ってくる。コーヒーの香りにはリラックス効果があるという話を思い出した。
「あ、よかったらこれ」
先ほどコンビニで買った駄菓子の入った袋の存在を思い出して取り出すと、彼はご機嫌そうに覗き込んだ。
「あら、ありがとう。二人で食べましょうか。あっ、棒カルいただいていいですか!?」
「はい」
「小学校の理科の実験でカルメ焼き作りましたよ。懐かしい。いまもそういうのあります?」
「俺は中学で」
「学校で合法的におやつ食べれるって大騒ぎですよね」
二人掛けのダイニングテーブルへの着席を促され、向かい合う。間に、きちんとしたカップに淹れてソーサーにのせたコーヒーと、不似合いな駄菓子。そのいびつさが、そのまま自分たちみたいに思えた。
「あっ、ココアシガレット。まだ売ってるんですね。どこで買うんです、こういうの」
「コンビニです」
「コンビニに置いてるんですか! Aくんどれ食べますー?」
「じゃあ、カステラドーナツ」
「お、いいですね~。Aくんは大学生ですよね。小さい頃、こういうの食べてました?」
「はい」
「僕、こういうの禁止のおうちで。クラスメートが買ってるのを見て、いつもいいなぁって思ってました。駄菓子屋もなくなって……そっか、いまはコンビニで買えるんですね~。今度買ってみよう」
「棚の下のほうにありますよ。子どもの視線の棚」
「童心に帰っちゃいますねぇ。うふふ」
棒カルを食べ、ヨーグルトを食べ、こんにゃくゼリーをちゅるちゅる食べている。
彼が楽しそうにすればするほど、セックスに失敗する前の楽しい恋人同士だった自分たちに戻れないだろうかと、コンビニで端から端まで買ったときの淡い期待と、買ってきたことすらも言い出せなかったアパートの玄関での出来事を思い出してしまっていけない。
恋人に、喜んでほしいと思っていたんだ、こんなふうに。大学で出会う前の、幼いころの思い出にどこか接点がないかを、ふたりで探したかった。こんな話題で、笑い合いたかったんだ。
視界がぼやけた。
「ありゃ。大丈夫ですよ。全部は食べないですよ」
彼は俺にハンカチを差し出してくる。
俺は笑った。
「すみません、なんだか懐かしくて」
我ながら下手くそな言い訳だった。彼がどう思ったのかはさておき、自分自身すらも誤魔化すことができない。
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