363 / 366
番外編20 季節ものSS
クリスマスデートのお二人
しおりを挟む
午後十一時。
会社。オフィス。
クリスマスイブだけど平日。
平日だけどクリスマスイブ。
年末で忙しくて残業続きだけど、今夜はクリスマスイブだし、みんなで定時退社! と決めていたのに、定時直前に問題発生。
予定のあるスタッフはみんなギリギリまで残業して、あとは予定がない者で乗り越えようと少数精鋭で対応していたら、こんな遅い時間になってしまった。
こんな遅い時間って思えるの、幸せだなと思う。だって新卒で勤めた会社は毎日こんな時間な上、残業代もろくにつかなかった。ずいぶん遠い昔の出来事だ。
最後まで残ってくれていた二人ほどと一緒にビルのエレベーターで降りつつ、健闘を称え合い、出入り口で別れて帰路を急ぐ。
外は寒くてコートをかけ合わせて、『いま終わりました!』とメッセージを入れるとすぐ返信があった。
『俺も今事務所出たとこ』
和臣さんも最近忙しくて遅くなりがちだ。なので、平日のクリスマスやイブはあえて予定を入れずに、土日にパーティをする予定だったんだ。
『大和の散歩とごはんは、途中で抜けて行っておいたからね』
と和臣さん。多忙なのは間違いないのだけど、ある程度融通がきくからと、仕事を抜けて、一度帰ってくれた。
『ありがとうございます!』
とメッセージを送ると、電話がかかってきた。
和臣さん。
『お疲れ様ー』
「お疲れ様です!」
『今どこ?』
「会社を出てすぐです!」
『ごはんまだでしょ?』
「まだです! ちょー腹減り」
『外で食べない? この時間でもまだ混んでるかなぁ』
「空いてるとこ探しましょ!」
「おっけ。あっ、多紀くん発見!」
声が重なった。電話越しと、背後。
このひと、いまだに俺のストーカーなのか……。
「お疲れさまー。遅かったねぇ」
「お疲れさまです! トラブっちゃって」
「大変だったね」
「いえ。和臣さんこそ」
通話を切り、肩を並べて歩く。背の高い和臣さんの横顔を仰ぐと、さいきん掛けている眼鏡を外して、目頭を押さえている。
「うん。あ゛ー……やっと終わったー」
お疲れだなぁ。
疲れていても美形でびっくりする。顔色悪いと透明感がすごい。
「何食べますー?」
「んー。なんだろ。多紀くんはー?」
「ガッツリ」
「実は俺も。焼肉行こうよ」
和臣さんがガッツリって珍しい。
「さっき太郎兄さんが事務所来て、焼肉帰りだったんだよ。においがね」
「焼肉の口になっちゃいますね」
「高級焼肉店を自慢しに来たの」
二人で何度か行ったふつうの焼肉屋を見つけて入る。夜遅くまでやってるから助かる店。人気店だけどちょうど人が少なくなっていて、空いている個室に通された。
コートやジャケットを脱ぎ、テーブルで向かい合って、おしぼりで手を拭いたり、準備をしていると、なんだか楽しくなってくる。
タッチパネルのメニュー表を眺めて、テキトーに注文していた和臣さんが、目を上げた。
「多紀くん、いいことあった?」
「えっ、とくには」
「そう? すっごく嬉しそうだよ」
「あっ、焼肉久しぶりで」
「たしかに。多紀くん、お肉好きだねぇ」
和臣さんが、ふんわり微笑む。
なんかさ。
むかしに戻ったみたいで、懐かしくってさ。残業あがりのバッタバタで二人で待ち合わせて、慌てて店に駆け込んで、焼肉を食ってる状況が。
すっかり家族で、恋人で、家に帰ったらめっちゃ食われるはずなんだけど、こんなふうにしてると、和臣さんの笑顔は、手を繋ぐことすらもなかったあの頃となんにも変わらない。
それが、なんだか安心するというか。安心と同時にウキウキするというか。
俺たちは何度もそうしてきて、これからもこんな二人なんだろうな。
和臣さんは少し考えるように頬杖をつく。
「わかった。むかしみたいで喜んでるんだ」
「あっ、バレた」
「多紀くんって、昔の俺のことが好きだよね……」
嫉妬してるな。
「大好きです!」
「キィー! 悔しい!」
和臣さんは歯を剥いて顔をしかめている。
「こじらせてますねー」
「……カズ先輩とタキくんごっこする?」
「ぶははっ!」
ちょうどジョッキのビールとお通しが来たので、乾杯。
「乾杯ー」
「かんぱーい」
盛り合わせの肉の皿も届いた。タン、カルビ、ロース、ハラミ、ミノ。ごはん大ふたつ。豆腐サラダ、カクテキ、卵スープ。
細い金属トングで二人で肉を焼きながら。
「クリスマスイブ焼肉、いいねー」
「ですね。しかもこの店でこの時間っていうのが、俺たちっぽくて」
「……タキくんに片想いしていた頃、さすがに、クリスマスイブは誘えなかった」
「まぁ、空いてましたけどね……」
「それは知ってた」
「タン塩で~す」
「タキくんもどうぞ。はいレモンダレ。ネギもあるよ」
「ありがとです」
「今日疲れたねー」
「めっちゃ疲れましたねー!」
それから、和臣さんは、仕事の話をしたり、他愛もない話をして、俺は上司の愚痴とか、残業キツイとか、そういう、いかにも「カズ先輩とタキくん」らしい話題で盛り上がって、和臣さんはにこにこ聞いてくれて、俺はぺらぺら喋っていた。
すごく楽しかった。
でも帰宅したら玄関で剥かれてやられた。
〈クリスマスデートのお二人 終わり〉
会社。オフィス。
クリスマスイブだけど平日。
平日だけどクリスマスイブ。
年末で忙しくて残業続きだけど、今夜はクリスマスイブだし、みんなで定時退社! と決めていたのに、定時直前に問題発生。
予定のあるスタッフはみんなギリギリまで残業して、あとは予定がない者で乗り越えようと少数精鋭で対応していたら、こんな遅い時間になってしまった。
こんな遅い時間って思えるの、幸せだなと思う。だって新卒で勤めた会社は毎日こんな時間な上、残業代もろくにつかなかった。ずいぶん遠い昔の出来事だ。
最後まで残ってくれていた二人ほどと一緒にビルのエレベーターで降りつつ、健闘を称え合い、出入り口で別れて帰路を急ぐ。
外は寒くてコートをかけ合わせて、『いま終わりました!』とメッセージを入れるとすぐ返信があった。
『俺も今事務所出たとこ』
和臣さんも最近忙しくて遅くなりがちだ。なので、平日のクリスマスやイブはあえて予定を入れずに、土日にパーティをする予定だったんだ。
『大和の散歩とごはんは、途中で抜けて行っておいたからね』
と和臣さん。多忙なのは間違いないのだけど、ある程度融通がきくからと、仕事を抜けて、一度帰ってくれた。
『ありがとうございます!』
とメッセージを送ると、電話がかかってきた。
和臣さん。
『お疲れ様ー』
「お疲れ様です!」
『今どこ?』
「会社を出てすぐです!」
『ごはんまだでしょ?』
「まだです! ちょー腹減り」
『外で食べない? この時間でもまだ混んでるかなぁ』
「空いてるとこ探しましょ!」
「おっけ。あっ、多紀くん発見!」
声が重なった。電話越しと、背後。
このひと、いまだに俺のストーカーなのか……。
「お疲れさまー。遅かったねぇ」
「お疲れさまです! トラブっちゃって」
「大変だったね」
「いえ。和臣さんこそ」
通話を切り、肩を並べて歩く。背の高い和臣さんの横顔を仰ぐと、さいきん掛けている眼鏡を外して、目頭を押さえている。
「うん。あ゛ー……やっと終わったー」
お疲れだなぁ。
疲れていても美形でびっくりする。顔色悪いと透明感がすごい。
「何食べますー?」
「んー。なんだろ。多紀くんはー?」
「ガッツリ」
「実は俺も。焼肉行こうよ」
和臣さんがガッツリって珍しい。
「さっき太郎兄さんが事務所来て、焼肉帰りだったんだよ。においがね」
「焼肉の口になっちゃいますね」
「高級焼肉店を自慢しに来たの」
二人で何度か行ったふつうの焼肉屋を見つけて入る。夜遅くまでやってるから助かる店。人気店だけどちょうど人が少なくなっていて、空いている個室に通された。
コートやジャケットを脱ぎ、テーブルで向かい合って、おしぼりで手を拭いたり、準備をしていると、なんだか楽しくなってくる。
タッチパネルのメニュー表を眺めて、テキトーに注文していた和臣さんが、目を上げた。
「多紀くん、いいことあった?」
「えっ、とくには」
「そう? すっごく嬉しそうだよ」
「あっ、焼肉久しぶりで」
「たしかに。多紀くん、お肉好きだねぇ」
和臣さんが、ふんわり微笑む。
なんかさ。
むかしに戻ったみたいで、懐かしくってさ。残業あがりのバッタバタで二人で待ち合わせて、慌てて店に駆け込んで、焼肉を食ってる状況が。
すっかり家族で、恋人で、家に帰ったらめっちゃ食われるはずなんだけど、こんなふうにしてると、和臣さんの笑顔は、手を繋ぐことすらもなかったあの頃となんにも変わらない。
それが、なんだか安心するというか。安心と同時にウキウキするというか。
俺たちは何度もそうしてきて、これからもこんな二人なんだろうな。
和臣さんは少し考えるように頬杖をつく。
「わかった。むかしみたいで喜んでるんだ」
「あっ、バレた」
「多紀くんって、昔の俺のことが好きだよね……」
嫉妬してるな。
「大好きです!」
「キィー! 悔しい!」
和臣さんは歯を剥いて顔をしかめている。
「こじらせてますねー」
「……カズ先輩とタキくんごっこする?」
「ぶははっ!」
ちょうどジョッキのビールとお通しが来たので、乾杯。
「乾杯ー」
「かんぱーい」
盛り合わせの肉の皿も届いた。タン、カルビ、ロース、ハラミ、ミノ。ごはん大ふたつ。豆腐サラダ、カクテキ、卵スープ。
細い金属トングで二人で肉を焼きながら。
「クリスマスイブ焼肉、いいねー」
「ですね。しかもこの店でこの時間っていうのが、俺たちっぽくて」
「……タキくんに片想いしていた頃、さすがに、クリスマスイブは誘えなかった」
「まぁ、空いてましたけどね……」
「それは知ってた」
「タン塩で~す」
「タキくんもどうぞ。はいレモンダレ。ネギもあるよ」
「ありがとです」
「今日疲れたねー」
「めっちゃ疲れましたねー!」
それから、和臣さんは、仕事の話をしたり、他愛もない話をして、俺は上司の愚痴とか、残業キツイとか、そういう、いかにも「カズ先輩とタキくん」らしい話題で盛り上がって、和臣さんはにこにこ聞いてくれて、俺はぺらぺら喋っていた。
すごく楽しかった。
でも帰宅したら玄関で剥かれてやられた。
〈クリスマスデートのお二人 終わり〉
414
お気に入りに追加
1,986
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話
ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。
βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。
そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。
イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。
3部構成のうち、1部まで公開予定です。
イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。
執着男に勤務先を特定された上に、なんなら後輩として入社して来られちゃった
パイ生地製作委員会
BL
【登場人物】
陰原 月夜(カゲハラ ツキヤ):受け
社会人として気丈に頑張っているが、恋愛面に関しては後ろ暗い過去を持つ。晴陽とは過去に高校で出会い、恋に落ちて付き合っていた。しかし、晴陽からの度重なる縛り付けが苦しくなり、大学入学を機に逃げ、遠距離を理由に自然消滅で晴陽と別れた。
太陽 晴陽(タイヨウ ハルヒ):攻め
明るく元気な性格で、周囲からの人気が高い。しかしその実、月夜との関係を大切にするあまり、執着してしまう面もある。大学卒業後、月夜と同じ会社に入社した。
【あらすじ】
晴陽と月夜は、高校時代に出会い、互いに深い愛情を育んだ。しかし、海が大学進学のため遠くに引っ越すことになり、二人の間には別れが訪れた。遠距離恋愛は困難を伴い、やがて二人は別れることを決断した。
それから数年後、月夜は大学を卒業し、有名企業に就職した。ある日、偶然の再会があった。晴陽が新入社員として月夜の勤務先を訪れ、再び二人の心は交わる。時間が経ち、お互いが成長し変わったことを認識しながらも、彼らの愛は再燃する。しかし、遠距離恋愛の過去の痛みが未だに彼らの心に影を落としていた。
更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です
X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl
制作秘話ブログ: https://piedough.fanbox.cc/
メッセージもらえると泣いて喜びます:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる