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番外編18 続・野球帽と初恋(和臣視点)
二 楽しそう
しおりを挟むその後、どのように社員食堂を出て、フロアに戻り、仕事をし、帰路についたのか。まったく覚えていない。見た目は平静だったと思う。
Aが帰り際、気を遣ってくれた。Fは締めておいてくれるらしい。お言葉に甘えて、お願いしておいた。また借りを作ってしまったな……。他人に貸すのが異常に上手い、同期A。
帰宅すると、多紀くんが出迎えてくれた。すでにシャワーを浴びて着替えている。だぼっとしたフリースの寝間着。黒くてつやつやした短髪をタオルドライ中。ほっこりしていて可愛い!
「おかえりなさいっ」
いつになく明るいな……。
GPSでは、寄り道などせず、職場から自宅まで一直線だ。最近、常にそうだ。多紀くんはこのところ、残業もせず、まっすぐに帰ってくる。
つい先日、「いま、仕事は落ち着いているの?」と訊ねた。すると、「忙しいけどメリハリつけて仕事して、早く家に帰ってきたいんで」と言っていたっけ。照れくさそうな様子に、新居が嬉しいのかな、などと思っていた。
会社までの距離は少し遠くなったが、新居は分譲の中古マンションの一室で、以前住んでいた賃貸よりも広くて新しい。防音もしっかりしている。やはり分譲マンションのほうが住環境として優れている。この窓からも花火は見えるらしい。
「和臣さん?」
多紀くんは、部屋にあがろうとしない俺を不思議そうに仰いでいる。
首を傾げていて可愛い。
だが――。
再会したという初恋の人物のことは、Fには、怖くて訊けなかった。というか、あの後、Fと会話をした記憶がない。Fがどんな顔をしていたのかも、すっかり消え失せている。それはいつもか。
多紀くんの初恋の相手。そんなものが現れるなんて。危機的状況である。とにかく心を落ち着かせ、すぐさま調べなければ。
いったいどこで、どのように再会したのだろう……。
どんな言葉を交わして、どんな表情で……。
何らかのやり取りをしているのだろうか。その、初恋X氏と。
多紀くんのプライバシーなんてないようなものだけど、さすがにスマホの中身は見ない。
連絡を取り合っている様子はない。スマホを見る時間は減り、俺との時間に充ててくれている。怪しい素振りはない。
多紀くんがスマホでゲームをしているときに、少しでも多紀くんのそばにいたいなとくっついて邪魔しないように息をひそめていると、多紀くんはすぐにゲームを終わらせて、俺のことを構うようになっているのである。
以前はきりがいいところまでやりたいとゲームに夢中で、俺もべつにそれでよかったのに。
ほかほかの多紀くんの丸顔に手を添えて、ぺたぺたむにむに。
おでこにちゅー。
多紀くんの顔を見ていると、急に悲しくなってしまって、目が熱い。慌てて目をそらして、天井を仰いだ。
「??? なんだか、お疲れですね?」
「ん……ただいま」
平常心、平常心……。
「ごはん食べましょうね」
「うん」
最近、多紀くんは俺の手をよく握ってくれる。以前は、こんなふうにべたべたしなかった。少なくとも多紀くんのほうは。帰ってきて玄関まで迎えに来てくれたとしても、おかえりのちゅーを終えたら、すぐキッチンに戻っていったのに。
手を握り、廊下をふたりで歩く。
多紀くんは時折振り返り、幸せそうに笑っている。
「今日はですねー。西さんが福利厚生のオフィスコーヒーにデカフェを導入するだなんて言い出したんですよ。見積もりをとったら案外高くてソッコーで断念したんですけど、変わり身の早さに女子勢からクレームがつきまして」
と、いつもの笑えるN社長。
俺は曖昧に笑いながら相槌を打つ。
「あの人、思いつきで発言するよね」
「だからすぐ責められる羽目になるんですよね」
多紀くん、楽しそう。
でもごはんは少ししょっぱかった。
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