エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

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番外編19 未来と過去の話(和臣視点)

後輩と寝ることになった理由③*

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『知らない土地で野宿(笑)』

 タキくんの投稿。どういうことだろう。
 あ、スクロールすると、さらにもうひとつ投稿。

『豊橋にいるけど名物はカレーうどんらしいよ。でもスーツでカレーうどんはヤバいよ。俺レベルの不器用になると一口目で袖を水玉柄にしちゃう。明日の夜にしま~す』

 俺は笑った。
 タキくん、豊橋市に出張中なんだね。そして明日の晩ごはんはカレーうどんなんだ。俺も今、うどん食べたよ。カレーうどんにすればよかったな。
 明日、カレーうどんにしようかな。そうしよう。タキくんと同じものを食べたいから。お揃いの水玉柄になるのも悪くない。
 豊橋市か。愛知県南東部の中核市。
 明日帰ってくるんだ。君の話しを聞きたいなぁ。
 君の声が好きだ。優しい話し方に耳を傾けたいんだ。
 出張先で起こるハプニングの笑い話、いつも面白いんだよね。身振り手振りを交えて、なんとしてでも笑わせようとしてくる。
 腹を抱えて笑うなんて、タキくんのお話だけだよ。俺が笑うと得意気な表情になる。それがまた可愛いんだ。
 ああ、でも。
 俺は気づく。
 タキくんは普段、SNSへの投稿頻度は高くない。今回のこれだって、その前の投稿は一ヶ月も前。
 誰かに伝えたいとき、抱えきれなくなったときだけだ。
 笑っているのは、笑うしかないから。笑わせるのは、誰かに笑ってもらわないと消化できないから。タキくんの中には何か辛い出来事や苦しい気持ちがあるんだ。
 野宿って何? スーツということは明日も仕事なのに、今夜泊まる場所がないの?
 どういうことなの?
 君はいま、困っているの?
 俺は力になれない?
 二度と会わずにいようという誓いなど一瞬にして忘れていた。なんでもいいから、画面を隔てた傍観者ではなく、タキくんの本当の状況を知りたかった。タキくん側に踏み込みたかった。
 俺は彼にメッセージを送る。躊躇いなどなかった。

『タキくん、大丈夫?』

 返事は、すぐに来た。

『あっ、ご心配おかけして申し訳ないです』
『何もないならいいよ。でも少し気になって。野宿してるの? 外?』
『雨ざらしではないんですが……仕事で来たのにホテルの予約をうっかり忘れていまして、明日の朝までファストフード店で過ごすことになりまして……寒くてしんどいです!(笑)』

 また無理して笑っていることにしている。
 手を伸ばして、頬に手のひらを添えて、温めてみたい。そんなことはしないけれど。

『俺、仕事で近くにいるんだ。タキくんさえよければ、俺の部屋に泊まる?』

 言い訳などどうにでもなると思った。
 送信する前に、俺は豊橋市内のホテルを探した。イベントごとでもあるのか、下位グレードのホテルや部屋はすべて埋まっているようで、検索しても表示されない。
 だが、高いグレードであれば、少しは部屋の空きがある。タキくんには手が出ない宿泊料だ。給料日前でお金がない可能性が高い。持ち合わせがないのかもしれない。タキくんはクレジットカードを持っていない。

『え!? いいんですか!? 助かります! 本当にいいんですか!?』
『うん。ただ、まだ時間がかかりそうなんだ。二時間か、三時間はかかる……。先に部屋に入っておく?』
『いえ、待ってます』

 俺は急いでホテルに電話をして部屋を確保した。

『了解』

 メッセージを送信し、コーヒーを飲み干してカップを捨て、駐車場に出る。
 あれほどの足の重みはどこへ消え失せたのか、軽かった。
 いますぐ駆け出したかった。
 何気なく送られてきた「待ってます」に、囚われた。待っているんだ、俺のことを。
 タキくんの言葉は、俺が捨てようとしていた本当の気持ちを強烈に衝き動かす。彼はいつも俺に魔法をかける。時には元気になり、時に強力な呪いのように抗えない。
 自分のバイクに跨り、ヘルメットを被り、あごひもを締める。エンジンをかけ、給油しなければと慌てて、サービスエリアの端にあるガソリンスタンドのほうへ向かう。
 そろそろリザーブタンクに切り替えるタイミングだった。豊橋までは到底もたない。気がはやり、給油のための僅かな時間さえもどかしい。
 ノズルの感触を確かめ、ため息を吐きながら夜を仰ぐ。
 頭上には、満天の星。
 地上に目を向ければ、先ほど出てきたサービスエリアの建物が夜空の下で煌々と光っている。ちょうど、先ほどフードコートで隣席になった四人家族が出てきて、楽しげに車に乗り込む様子が見えた。
 だが所詮、風景の一部に過ぎなかった。
 たとえどんな一等星が降ってきたとしても、そこに俺の正解が存在するのだとしても――少なくとも今は、知らない土地で寒がっているひとりぼっちのタキくんのこと以外、何も考えたくなかった。
 俺にとって彼は太陽だ。星の光では敵わない。圧倒的な熱と光に何もかも飲み込まれてしまう。ただそこにいるだけで温められる。照らされる。眩しくて。
 焦がれて手を伸ばして、溶けて落ちても構わない。
 吹きつける風に、強い雨のにおいがする。
 支えられているのは、俺のほうだよ。
 君に会うと元気が出るんだ。何気ない会話が心地良いんだ。命が洗濯されるんだ。君のいない世界ですり減って電池切れになっても、君と話せば、充電されるんだ。また生きていく活力が湧いてくるんだ。
 重荷をおろしたみたいに、可動域が広がるみたいに、体が軽くなるんだ。
 二度と会わないと決めると苦しくて、でも会わないでいるべきだと思っているんだ。
 触れたいのは君だけだ。こんな気持ちは君に言えないよ。なのに捨てたくないんだ。きっと忘れられないんだ。
 笑うことだって、本当は、君の前以外では上手にできないんだ。
 この期に及んで、俺はまだタキくんを諦められると思っていた。
 今夜は初めてふたりで泊まって、いつものように楽しく会話するかもしれないし、もう遅いからと寝るだけになるかもしれないけれど、何でもよかった。
 この一夜が最後だから。
 一言でいい。
 一目でもいい。
 一瞬でも。
 給油を終え、夜の高速道路に合流していく。どこまでも続く闇と等間隔の灯り。雨の粒子がまじる風が吹く。
 進めば進むほど君に近づく。それがただ嬉しかった。
 願いはたったひとつ。
 辿り着きたいのは、君の笑顔だけだった。





 <後輩と寝ることになった理由 終わり>

 本エピソードで連載は完結とします。長らくお読みいただきありがとうございました。
 (時々季節もの番外編を書きますので、宜しければお付き合いくださいませ。)
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