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番外編19 未来と過去の話(和臣視点)
後輩と寝ることになった理由①
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長らく連載しておりました本作ですが、本エピソード(全三話)にて完結といたします。
第一部第一章第一話「先輩と寝ることになった理由」の、数時間前。
見合いの翌日の夜の出来事です。
後輩と寝ることになった理由
サービスエリアは混雑していた。
人混みはうんざりだ。誰もいない場所に行きたい。誰にも会いたくなくてバイクで走り出したのに。
誰もいない場所に行きたい。
疲れた……。
平日、月曜日。午後八時。
仕事を終えて帰宅し、着のみ着のまま出てきた。最寄りの高速入口から入り、気づけば海老名までたどり着いた。五十キロメートルに迫る距離を走っても、まだ気分は晴れない。
だが、自宅にひとりでいると気が狂いそうだと思ったんだ。
部屋に大量に溜め込んである好きな子の写真に囲まれていると、胸が締め付けられて痛い。
この写真も、アルバムも、何もかも、近いうちに手放さなければならないと思うと、たまらなくなって、逃げ出したくなった。
だから逃げた。
ふと我に返って少し休憩をすべくサービスエリアに入ったのは、大失敗だった。わざわざ目的地に設定されるほど巷で人気のサービスエリアは、平日の夜にもかかわらず混雑している。
がやがやとやかましい人混みにスーツ姿のまま入っていくと、浮いて目立つ。
見られるのは苦手で嫌いだ。身長と見た目のせいでどこにいっても目立ってしまう。
せめて私服に着替えて出てくるべきだった。スーツなので余計に、悪目立ちする。サービスエリアにビジネスマンは少ない。
声をかけてくるようなひとはいないが、きわめて無遠慮な視線にさらされる。すると緊張してくる。緊張には慣れたものの、生理的嫌悪感にはいつまで経っても慣れない。
近頃、周囲の人間や環境に対して嫌だと感じることが増えた。それは周りが変わったのではなく、俺が過敏になっているのだと理解している。
なにしろ、日に日に眠れなくなっている。寝酒が増えた。よくない傾向だ。だが自力では対処しようがない。考えれば考えるほど悪化する一方である。
過去には心療内科にかかっていた。現時点では医者にかかるほどひどくはないものの、時間の問題だと思う。
睡眠導入剤は処方箋が要る。胃薬は市販薬でもいいのだが、市販の睡眠改善薬は合わない。
立ち止まらないように、どこにも視線を合わせないように、足早に抜ける。
フードコートは比較的空いていた。うどんを注文して受け取り、二人掛けのテーブル席に掛ける。
どこもかしこも、旅行者、トラック運転手、配信者、バイカー、友達、家族連れ。
隣の四人掛けテーブルに四人組が座った。お母さんに抱かれてうとうとしている小さな子どもと、園児くらいの子と、運転手のお父さん。
俺の隣に掛けた園児くらいの女の子が、親に借りたスマホで、テレビを見ている。
ふとこちらを見、得意げに、俺に画面を向けてきた。
「見てみて!」
俺が頷いていると、親のほうがすみませんと言って、子どもからスマホを取り上げた。
バラエティ番組がやっていた。結婚相手を探す、恋愛バラエティらしい。対象年齢としては、少し早いのではなかろうか。
家族の食卓を視界の端でぼんやり眺めながら思う。
これが結婚することで、その先にある家族というもの。
俺は、結婚したいと思ったことがない。
だが――明日、昨日の見合いの返事をすれば、来年の今頃には俺は妻帯者となり、家族を得ることになるのだろう。
そう思って周りを見回すと、家族連ればかりが目に入る。楽しそうだ。
このような光景は、別世界の出来事だと思っていた。飾ってある絵画に描かれた空白を埋めるための色のように、あるいは、何万光年と離れた六等星のように、肉眼で捉えられるものの決して届くことも交わることもない、風景の一部に過ぎないと。
このような、意識の外にあるものは、少し目をそらせば、簡単に死角に入ってしまう。
生きているだけで精一杯で、平穏で幸せでどこにでもある家族のカタチを手に入れる日が来ることを望んだことなど、一度もないのにな……。
早くここから離れようと、俺はうどんをかきこむ。さっさと食べ終えて、帰ろう。
もういい。もういいんだ。
どれだけ逃げようとしても、自分の気持ちからは逃げられない。向き合って折り合いをつけるしかない。
俺の好きなひとは、二学年下の男の子だ。
二十四歳のサラリーマンで、今日もきっとブラック企業で身を粉にして働いている。
今夜も帰りは遅くなるのだろうか。
以前、彼がどこにいるのか常に知りたいと思い、GPSタグを彼のビジネスバッグの内ポケットに押し込んだ。彼の鞄の中にまだ入っている。位置情報を眺めては、偶然を装って会ったり、遠目に見に行ったりしていた。
最近は、位置情報を見ていない。見ないように努力している。
入社後から、ある女性に強くアプローチを受けている。逃げていたが、逃げ切れなくなっていた。
会社で俺に彼女との見合いの話を強く勧める上司がいて、話しを聞くうちに、身を固めたほうがいいのではないかと心が揺れ動いていたのは事実だ。
俺自身は永遠に現状を維持していたいと思っているが、タキくんはどうだろう。
タキくんは俺を恋愛対象にしない。今はひとりで生きていても、いつか誰かと付き合うに違いない。
タキくんは変わっていく。その未来に耐えられるのだろうか。
自分の意思で諦められるうちに、後戻りできない方法で諦めたほうがいいのではないか。
俺が片想いしていることを、会社の一定の層に知られている。面接のときに言ったせいだ。
採用されたのが不思議でならず、俺なら俺を雇用しないと言ったら、同じ能力なら意欲の高い者より意欲の低い者を採る局面だったと言われたのはまた別の話である。
恋が叶わないならば他の人と交際してはどうかという声を掛けられることは多く、当初は断固として拒否していた。まだ片想いなのかと笑われながら数年が過ぎた。
そして、気づけば連行され、見合いを強行された。昨日のことだ。
見合い相手に不服があるのではない。女性は一律で苦手である。特に独身女性は苦手だ。だから、誰であっても同じことだ。
そうなったとき、実家が裕福で、美人で教養もある彼女に、なんの不満があるというのだろう。見合いをする相手として彼女には一点の曇りもない。
俺は彼女と結婚し、一男一女をもうけ、会社では出世していずれ執行役員にでもなり、誰もが羨む幸福で完璧な結婚生活を送るのである……という青写真を描いたのは直属の上司だったか。放っておいてほしいという希望は、贅沢だと一蹴された。
俺自身もよくわかっている。ほとんど上司の弁の通りになるだろうと思う。
正解だとわかっている。
彼女との結婚は、特別車両の切符に違いない。喉から手が出るほど欲しいひとが他にたくさんいる、一握りのひとだけが座ることのできる席だ。
給油をして帰ろう。
帰るしかない。一人暮らしの部屋に。好きなものを集めた部屋に。
そして近いうちにすべてを処分しなければならない。彼の写真も何もかも捨てなければならない。言えなかった好きだという気持ちも。
結婚後、バイクは続けられるんだろうか。嫌なことや考えごとをするとき、走っている。辛い現実から目を背けて逃げたいという願望の表れだとわかっている。
バイクは、もともと長兄が乗っていた。お前も乗るかと勧められたときは、寿命が短くなりそうだと思って断った。
しばらくして考えをあらためた。寿命なんて長くなくても構わない。何度も死にたいと思い、実行しようとしてきたのだ。いまさらだ。乗ってみたら心地良かった。
いつもは横浜あたりまでなのに、今夜は海老名まで来てしまった。
食べ終わった食器を片付け、カフェでコーヒーを買おうとする。並んでいる列の進みに身を任せていたが、なかなか進まない。仕方ないか。
俺はスマホを見た。
最近ログインしていなかったからか、メールで、SNSの新着の通知が届いていた。
第一部第一章第一話「先輩と寝ることになった理由」の、数時間前。
見合いの翌日の夜の出来事です。
後輩と寝ることになった理由
サービスエリアは混雑していた。
人混みはうんざりだ。誰もいない場所に行きたい。誰にも会いたくなくてバイクで走り出したのに。
誰もいない場所に行きたい。
疲れた……。
平日、月曜日。午後八時。
仕事を終えて帰宅し、着のみ着のまま出てきた。最寄りの高速入口から入り、気づけば海老名までたどり着いた。五十キロメートルに迫る距離を走っても、まだ気分は晴れない。
だが、自宅にひとりでいると気が狂いそうだと思ったんだ。
部屋に大量に溜め込んである好きな子の写真に囲まれていると、胸が締め付けられて痛い。
この写真も、アルバムも、何もかも、近いうちに手放さなければならないと思うと、たまらなくなって、逃げ出したくなった。
だから逃げた。
ふと我に返って少し休憩をすべくサービスエリアに入ったのは、大失敗だった。わざわざ目的地に設定されるほど巷で人気のサービスエリアは、平日の夜にもかかわらず混雑している。
がやがやとやかましい人混みにスーツ姿のまま入っていくと、浮いて目立つ。
見られるのは苦手で嫌いだ。身長と見た目のせいでどこにいっても目立ってしまう。
せめて私服に着替えて出てくるべきだった。スーツなので余計に、悪目立ちする。サービスエリアにビジネスマンは少ない。
声をかけてくるようなひとはいないが、きわめて無遠慮な視線にさらされる。すると緊張してくる。緊張には慣れたものの、生理的嫌悪感にはいつまで経っても慣れない。
近頃、周囲の人間や環境に対して嫌だと感じることが増えた。それは周りが変わったのではなく、俺が過敏になっているのだと理解している。
なにしろ、日に日に眠れなくなっている。寝酒が増えた。よくない傾向だ。だが自力では対処しようがない。考えれば考えるほど悪化する一方である。
過去には心療内科にかかっていた。現時点では医者にかかるほどひどくはないものの、時間の問題だと思う。
睡眠導入剤は処方箋が要る。胃薬は市販薬でもいいのだが、市販の睡眠改善薬は合わない。
立ち止まらないように、どこにも視線を合わせないように、足早に抜ける。
フードコートは比較的空いていた。うどんを注文して受け取り、二人掛けのテーブル席に掛ける。
どこもかしこも、旅行者、トラック運転手、配信者、バイカー、友達、家族連れ。
隣の四人掛けテーブルに四人組が座った。お母さんに抱かれてうとうとしている小さな子どもと、園児くらいの子と、運転手のお父さん。
俺の隣に掛けた園児くらいの女の子が、親に借りたスマホで、テレビを見ている。
ふとこちらを見、得意げに、俺に画面を向けてきた。
「見てみて!」
俺が頷いていると、親のほうがすみませんと言って、子どもからスマホを取り上げた。
バラエティ番組がやっていた。結婚相手を探す、恋愛バラエティらしい。対象年齢としては、少し早いのではなかろうか。
家族の食卓を視界の端でぼんやり眺めながら思う。
これが結婚することで、その先にある家族というもの。
俺は、結婚したいと思ったことがない。
だが――明日、昨日の見合いの返事をすれば、来年の今頃には俺は妻帯者となり、家族を得ることになるのだろう。
そう思って周りを見回すと、家族連ればかりが目に入る。楽しそうだ。
このような光景は、別世界の出来事だと思っていた。飾ってある絵画に描かれた空白を埋めるための色のように、あるいは、何万光年と離れた六等星のように、肉眼で捉えられるものの決して届くことも交わることもない、風景の一部に過ぎないと。
このような、意識の外にあるものは、少し目をそらせば、簡単に死角に入ってしまう。
生きているだけで精一杯で、平穏で幸せでどこにでもある家族のカタチを手に入れる日が来ることを望んだことなど、一度もないのにな……。
早くここから離れようと、俺はうどんをかきこむ。さっさと食べ終えて、帰ろう。
もういい。もういいんだ。
どれだけ逃げようとしても、自分の気持ちからは逃げられない。向き合って折り合いをつけるしかない。
俺の好きなひとは、二学年下の男の子だ。
二十四歳のサラリーマンで、今日もきっとブラック企業で身を粉にして働いている。
今夜も帰りは遅くなるのだろうか。
以前、彼がどこにいるのか常に知りたいと思い、GPSタグを彼のビジネスバッグの内ポケットに押し込んだ。彼の鞄の中にまだ入っている。位置情報を眺めては、偶然を装って会ったり、遠目に見に行ったりしていた。
最近は、位置情報を見ていない。見ないように努力している。
入社後から、ある女性に強くアプローチを受けている。逃げていたが、逃げ切れなくなっていた。
会社で俺に彼女との見合いの話を強く勧める上司がいて、話しを聞くうちに、身を固めたほうがいいのではないかと心が揺れ動いていたのは事実だ。
俺自身は永遠に現状を維持していたいと思っているが、タキくんはどうだろう。
タキくんは俺を恋愛対象にしない。今はひとりで生きていても、いつか誰かと付き合うに違いない。
タキくんは変わっていく。その未来に耐えられるのだろうか。
自分の意思で諦められるうちに、後戻りできない方法で諦めたほうがいいのではないか。
俺が片想いしていることを、会社の一定の層に知られている。面接のときに言ったせいだ。
採用されたのが不思議でならず、俺なら俺を雇用しないと言ったら、同じ能力なら意欲の高い者より意欲の低い者を採る局面だったと言われたのはまた別の話である。
恋が叶わないならば他の人と交際してはどうかという声を掛けられることは多く、当初は断固として拒否していた。まだ片想いなのかと笑われながら数年が過ぎた。
そして、気づけば連行され、見合いを強行された。昨日のことだ。
見合い相手に不服があるのではない。女性は一律で苦手である。特に独身女性は苦手だ。だから、誰であっても同じことだ。
そうなったとき、実家が裕福で、美人で教養もある彼女に、なんの不満があるというのだろう。見合いをする相手として彼女には一点の曇りもない。
俺は彼女と結婚し、一男一女をもうけ、会社では出世していずれ執行役員にでもなり、誰もが羨む幸福で完璧な結婚生活を送るのである……という青写真を描いたのは直属の上司だったか。放っておいてほしいという希望は、贅沢だと一蹴された。
俺自身もよくわかっている。ほとんど上司の弁の通りになるだろうと思う。
正解だとわかっている。
彼女との結婚は、特別車両の切符に違いない。喉から手が出るほど欲しいひとが他にたくさんいる、一握りのひとだけが座ることのできる席だ。
給油をして帰ろう。
帰るしかない。一人暮らしの部屋に。好きなものを集めた部屋に。
そして近いうちにすべてを処分しなければならない。彼の写真も何もかも捨てなければならない。言えなかった好きだという気持ちも。
結婚後、バイクは続けられるんだろうか。嫌なことや考えごとをするとき、走っている。辛い現実から目を背けて逃げたいという願望の表れだとわかっている。
バイクは、もともと長兄が乗っていた。お前も乗るかと勧められたときは、寿命が短くなりそうだと思って断った。
しばらくして考えをあらためた。寿命なんて長くなくても構わない。何度も死にたいと思い、実行しようとしてきたのだ。いまさらだ。乗ってみたら心地良かった。
いつもは横浜あたりまでなのに、今夜は海老名まで来てしまった。
食べ終わった食器を片付け、カフェでコーヒーを買おうとする。並んでいる列の進みに身を任せていたが、なかなか進まない。仕方ないか。
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