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番外編13 リクエストなどなど
初恋小話 前編 被害者の会(多紀視点)
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午後八時。
今晩は和臣さんが同期会で遊びに行っているので、こちらはヒロと紗英ちゃんと三人で飲み会。ヒロ母に作ってもらった夕飯とビール。
いつものヒロんち。居酒屋は開いてて混雑してるので、居間のコタツ。
「そういや、多紀って、課長が初めての付き合いなんだっけ」
隣のヒロから訊ねられて俺は頷きたくはなかったが頷いた。どうせ知られてるし。
「そうだね」
向かいの紗英ちゃんは恋する乙女みたいに両手で頬杖をついている。このポーズ、和臣さんもわりとするなぁ。可愛いんだよね。
「いいなぁ。初めてのひとと結婚」
「そんなもん?」
「劇作家のオスカー・ワイルドによれば、『男は初めての男になりたがり、女は最後の女になりたがる』」
「誰でもいいから最後の女になりたいのよ……」
紗英ちゃんは拳を握りしめる。
俺たちはだんまり。
白状したところによれば、ヒロはバイだけど男が好き寄りのネコだとか。んで、こんなに可愛い紗英ちゃんでも、ちっとも好みじゃないらしい。
ままならないな。時々喧嘩してるけど本音のぶつかり合いで、大学からの友達で仲良し。お似合いだけど余計なお世話か。
紗英ちゃんのご質問。
「ふたりとも、初恋っていつだった?」
「幼稚園の園長先生だな」
と、ヒロ。どんなひとだったのか訊くのが躊躇われるね。
「お紗英様は?」
「わたしも幼稚園のときかな。親戚の男の子。秀才で将来有望だったのよね。いまは官僚。あのとき捕まえておけば……!」
「今からじゃ遅いんだ?」
「三児の父」
そりゃ捕まえちゃだめだ。
「多紀ちゃんは?」
「えー、初恋? ってさ、覚えてないんだよねぇ」
「覚えてないの?」
「クラスにいた可愛い子にぽーっとしたりさ。その程度じゃん?」
「男の子って単純ね。ちょっと優しくされたら目で追っちゃうんでしょ」
侮蔑の目してるけど、紗英ちゃんってぽーっとされる側のヒエラルキートップだったんじゃないの? そういうの嫌いで選り好みしてたのかな。追われる恋より追う恋がしたい、みたいな。
そういや、不毛な男を長く追ってたな。合掌。
俺は言った。
「…………こんなこと言うのどうかと思うんだけど、小学生のころ、すっげー美少女を見かけて、それ以来、女子にも種類があるんだなって思った」
「おお! 美少女!」
「小学生だったし、一瞬だったんで、見た目は思い出せないんだけど」
「一瞬って、すれ違っただけ、みたいな? 都心だと芸能人、ときどき見かけない?」
「いるよなー。あと、知り合いでも、芸能活動してる子、わりといるし。お紗英様もワンチャンあったんじゃないの。スカウト」
「あったけど……みんなに見られたいわけじゃないもの」
「そーですかい」
「それで? 多紀ちゃんの初恋は?」
「そういうんじゃなくて、なんていうんだろ」
俺は、転校したての東京の公園で、いま思えば熱中症になりかけの状態で倒れていた女の子を、親戚のお屋敷に連れて行った話をしてみる。
初恋ではないんだけど、あの出来事のせいで、クラスの女子は、むしろ男子に近いのではないかと思ったものだ。
男子は猿で、女子は男子に比べると大人でませていたものの、あの真夏の女の子の雰囲気はずば抜けていた。体格は変わらなかったけど、少し年上だったのかな。
もちろん、街を歩けば芸能人とすれ違ったりするけれど、俺にとっては人生で初めての遭遇で、インパクトがあった出来事っていうのかな。
「深窓の令嬢って感じでさ」
「多紀ってそーいう趣味だったんだ」
「でも別に、初恋っていうのじゃないよ」
ただなんとなく、自分の中にある女子のハードルがあがってしまって、そのへんの女子と友達になる程度は躊躇いがなくなった気がする。
あのころの男子と女子ってクラスで対立してた。そこで俺は転校生でどっち寄りでもなくて、ありがたくもいじめられることもなくて、むしろ調整役を担うようになった。同じ人間じゃん? 仲間じゃん? 友達じゃん? みたいな。
だって世の中には、本物の天使とか物語の中の妖精さんみたいな女子がいるって知っちゃったんだもん。弱ってるところに出くわして、かぼそい声でお礼なんて言われたら、なおさら。
いわば、守ってあげなくちゃいけない存在?
「その子と会ったら、どうする?」
ヒロはニヤニヤしてる。俺がもともと男は対象外って知ってる。
「残念。既婚者なんでねー」
俺は新しい指輪をした左手をひらひら。紗英ちゃんはまた頬杖をついてうっとり見てくる。
「いいなぁ、結婚指輪……。結婚パーティー、冬よね」
「うん。来てね」
「楽しみだなー」
「白いドレス着ていっちゃいそう……」
「お紗英様……化けて出た怨念かよ。白装束ついでに成仏して」
「紗英ちゃん……誰ともかぶらないから着てきていいよ……花嫁いないし……。参加者、会社関係者ばっかりになるんだけど、周りのドン引きを覚悟してくれたら……」
「着ていかないわよ! 自分の! 結婚式で! 着るもん!」
俺とヒロは合掌。
「んで、課長が初めてってことは、課長が初恋か」
結局、俺の初恋は和臣さんってことになっちゃうのかなぁ?
「好きになったきっかけってなぁに?」
「なんだろうね。いまだにわかんない」
恋に落ちたっていうより、体が落ちたって感じ。初恋などという甘酸っぱさとかピュアさは一切ない、とにかくセックスで無理やり気持ちよくされるうちに、離れられなくなった。以上。
「結婚パーティーでは、秘密の馴れ初めが聞けそうだな」
「どうかな……?」
和臣さんのせいだよ。説明できないの。恨み言。
今頃なにしてるんだろ。
同期会、盛り上がってるんだろうなぁ。端っこでちびちび飲んでるかな。
今晩は和臣さんが同期会で遊びに行っているので、こちらはヒロと紗英ちゃんと三人で飲み会。ヒロ母に作ってもらった夕飯とビール。
いつものヒロんち。居酒屋は開いてて混雑してるので、居間のコタツ。
「そういや、多紀って、課長が初めての付き合いなんだっけ」
隣のヒロから訊ねられて俺は頷きたくはなかったが頷いた。どうせ知られてるし。
「そうだね」
向かいの紗英ちゃんは恋する乙女みたいに両手で頬杖をついている。このポーズ、和臣さんもわりとするなぁ。可愛いんだよね。
「いいなぁ。初めてのひとと結婚」
「そんなもん?」
「劇作家のオスカー・ワイルドによれば、『男は初めての男になりたがり、女は最後の女になりたがる』」
「誰でもいいから最後の女になりたいのよ……」
紗英ちゃんは拳を握りしめる。
俺たちはだんまり。
白状したところによれば、ヒロはバイだけど男が好き寄りのネコだとか。んで、こんなに可愛い紗英ちゃんでも、ちっとも好みじゃないらしい。
ままならないな。時々喧嘩してるけど本音のぶつかり合いで、大学からの友達で仲良し。お似合いだけど余計なお世話か。
紗英ちゃんのご質問。
「ふたりとも、初恋っていつだった?」
「幼稚園の園長先生だな」
と、ヒロ。どんなひとだったのか訊くのが躊躇われるね。
「お紗英様は?」
「わたしも幼稚園のときかな。親戚の男の子。秀才で将来有望だったのよね。いまは官僚。あのとき捕まえておけば……!」
「今からじゃ遅いんだ?」
「三児の父」
そりゃ捕まえちゃだめだ。
「多紀ちゃんは?」
「えー、初恋? ってさ、覚えてないんだよねぇ」
「覚えてないの?」
「クラスにいた可愛い子にぽーっとしたりさ。その程度じゃん?」
「男の子って単純ね。ちょっと優しくされたら目で追っちゃうんでしょ」
侮蔑の目してるけど、紗英ちゃんってぽーっとされる側のヒエラルキートップだったんじゃないの? そういうの嫌いで選り好みしてたのかな。追われる恋より追う恋がしたい、みたいな。
そういや、不毛な男を長く追ってたな。合掌。
俺は言った。
「…………こんなこと言うのどうかと思うんだけど、小学生のころ、すっげー美少女を見かけて、それ以来、女子にも種類があるんだなって思った」
「おお! 美少女!」
「小学生だったし、一瞬だったんで、見た目は思い出せないんだけど」
「一瞬って、すれ違っただけ、みたいな? 都心だと芸能人、ときどき見かけない?」
「いるよなー。あと、知り合いでも、芸能活動してる子、わりといるし。お紗英様もワンチャンあったんじゃないの。スカウト」
「あったけど……みんなに見られたいわけじゃないもの」
「そーですかい」
「それで? 多紀ちゃんの初恋は?」
「そういうんじゃなくて、なんていうんだろ」
俺は、転校したての東京の公園で、いま思えば熱中症になりかけの状態で倒れていた女の子を、親戚のお屋敷に連れて行った話をしてみる。
初恋ではないんだけど、あの出来事のせいで、クラスの女子は、むしろ男子に近いのではないかと思ったものだ。
男子は猿で、女子は男子に比べると大人でませていたものの、あの真夏の女の子の雰囲気はずば抜けていた。体格は変わらなかったけど、少し年上だったのかな。
もちろん、街を歩けば芸能人とすれ違ったりするけれど、俺にとっては人生で初めての遭遇で、インパクトがあった出来事っていうのかな。
「深窓の令嬢って感じでさ」
「多紀ってそーいう趣味だったんだ」
「でも別に、初恋っていうのじゃないよ」
ただなんとなく、自分の中にある女子のハードルがあがってしまって、そのへんの女子と友達になる程度は躊躇いがなくなった気がする。
あのころの男子と女子ってクラスで対立してた。そこで俺は転校生でどっち寄りでもなくて、ありがたくもいじめられることもなくて、むしろ調整役を担うようになった。同じ人間じゃん? 仲間じゃん? 友達じゃん? みたいな。
だって世の中には、本物の天使とか物語の中の妖精さんみたいな女子がいるって知っちゃったんだもん。弱ってるところに出くわして、かぼそい声でお礼なんて言われたら、なおさら。
いわば、守ってあげなくちゃいけない存在?
「その子と会ったら、どうする?」
ヒロはニヤニヤしてる。俺がもともと男は対象外って知ってる。
「残念。既婚者なんでねー」
俺は新しい指輪をした左手をひらひら。紗英ちゃんはまた頬杖をついてうっとり見てくる。
「いいなぁ、結婚指輪……。結婚パーティー、冬よね」
「うん。来てね」
「楽しみだなー」
「白いドレス着ていっちゃいそう……」
「お紗英様……化けて出た怨念かよ。白装束ついでに成仏して」
「紗英ちゃん……誰ともかぶらないから着てきていいよ……花嫁いないし……。参加者、会社関係者ばっかりになるんだけど、周りのドン引きを覚悟してくれたら……」
「着ていかないわよ! 自分の! 結婚式で! 着るもん!」
俺とヒロは合掌。
「んで、課長が初めてってことは、課長が初恋か」
結局、俺の初恋は和臣さんってことになっちゃうのかなぁ?
「好きになったきっかけってなぁに?」
「なんだろうね。いまだにわかんない」
恋に落ちたっていうより、体が落ちたって感じ。初恋などという甘酸っぱさとかピュアさは一切ない、とにかくセックスで無理やり気持ちよくされるうちに、離れられなくなった。以上。
「結婚パーティーでは、秘密の馴れ初めが聞けそうだな」
「どうかな……?」
和臣さんのせいだよ。説明できないの。恨み言。
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