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6 ある三百万円のゆくえ
十一 多紀
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俺が使っていた二階の部屋は物置状態だったが、中身はほとんどそのままで、捨てられたと思っていた荷物はすべて残されていた。
クローゼットを開けると本当にそのままの状態。
「多紀くんのお部屋……」とぼそりと呟いて、うろうろしながらこそこそとスマホのカメラで撮影しつつクン活している不審者を横目に、俺はクローゼットを探る。
「埃っぽいから、あまり吸っちゃだめですよ」
「ん、うん」
お、見つけた。
「あった。見て、カズ先輩のネクタイ!」
俺のボロいほうは俺が捨てちゃって、卒業までずっとカズ先輩のネクタイをつけてた。新品みたいに綺麗だったんだ。赤いストライプのネクタイ。表面に『O.Kazuomi』、筆記体で黄色い刺繍が入っている。
和臣さんは俺の手の中のネクタイを見つめて、目を細めて黙っていた。
しばらくして言った。
「卒業式の日に、タキくんに告白していたら、どうなっていたんだろう」
答えはわかりきっている。
「まず間違いなく、俺は女子のリンチに遭います」
和臣さんへの告白の列の女子たち、俺が列に並ばずに声をかけに行ってネクタイをもらったときのあの突き刺さる視線。震えあがったね。
和臣さんは笑ってる。
そういう話じゃないよね。
カズ先輩に告白されていたら、俺はどうしたかなぁ。めっちゃびっくりする。まずは。
でも真剣に考えると思う。
連絡を取り合ったりしないのか、いろんな人に何度か訊ねられたな。
俺はカズ先輩がどこの大学に通っているかは知っていたものの、連絡先を交換していなくて、会おうとは思わなかった。好かれているなんて知らなかったし。
丸四年会わなかったんだ。
俺は女子が好きだったけども、好きな子がいたわけではないから、カズ先輩を意識するようになったりして。まさかね。
でも高校でいちばん美人だったのは間違いなくカズ先輩。
俺の荷物はさほどなくて、持てるものは紙袋に入れていく。
一階に降りて、母親に声を掛ける。
「俺の荷物、残しておいてくれて、ありがと。邪魔になると思うから、持って帰るよ。また取りに来ていい?」
「置いておいてもいいわよ」
「サンキュ。今日は帰るね」
和臣さんは気を利かせてくれて、母親にお邪魔しましたと会釈した後、先に外に出て行った。
俺も玄関で靴を履く。
「説得しておいてよ。通帳」
結局、森下さんは通帳も銀行印も受け取ってくれなかった。
そのうえ、和臣さんに対して、「弁護士さん、他人名義の通帳と銀行印を使って金をおろしたらどうなりますか」などと質問していた。
和臣さんは「詐欺、窃盗、横領……親族相盗例も適用されません」などと答えていた。なんか試されてた。
したがって、通帳と銀行印は俺が持っている。勝手に振り込んじゃおうかとも思っている。
せめて五十万円だけでも返しておきたい。残りの三百万円は話し合い。
「強情ねー。お互い」
「だねー」
「お夕飯、食べていったらいいのに」
「あ、和臣さんと食べにいくからさ」
「仲良しなのねぇ」
「うん」
「ねえ、多紀。パパとのわだかまりも解けたでしょ」
「どうかな。この間、親父に会ったんだけど、相変わらず俺はあいつ似だし、苛つかせるんじゃないの」
「もー。そんな減らず口。ねえ、それでね。パパとも相談したんだけど、一度、うちに帰ってこない?」
俺は顔をあげた。
母親は微笑んでいる。
「もちろん、多紀が嫌なら、断ってくれてもいいの。でもね、お母さん、少しでいいから、もう一度多紀と――みんなで暮らしたいなって。そうでなくても、これからはここを実家だと思って、顔を見せてほしいな」
「それは……するけど……」
「パパもねー。ほら、わたしと相田って、結婚が早かったでしょ? パパ、小さい頃から多紀のこと見てて、多紀の父親になりたかったんだって。パパ、いつも相田に負けてるから。正反対の幼なじみで、むかしからライバル視してるのよ。言うなよって言われてるけど言っちゃう」
「おしゃべりだなぁ……。叱られるよ」
俺は少し考えて言った。
「あのさ、俺、森下さんのこと、恨んでないよ。オヤジはちゃらんぽらんだし、森下さんのほうが人としてマトモなのはわかってるし。お金返したいのも、今、お金に困ってないからだよ。拒否してるんじゃないんだ」
お金を残しておいてくれていたこと、気持ちだけでも有り難いと思う。
オヤジの問題が解決して、俺が無事に進学できるだけでも御の字なんだ、今は。
母親は言った。
「じゃあ、よかったら考えておいて」
もう一度、ここで暮らすってこと。
いくらなんでも急な話だし、現実的じゃないような気がするし。
でも、そう言ってもらえるのは、嬉しかった。
実家なんて、便宜上そう呼んではいたものの、存在しないものだと思っていたから。
だけど。
「それにしても、すっかり立派になって、元気にしていてくれてよかった。あんまり嫌がらないで、また連絡ちょうだいね。返事聞かせて」
「うん」
「あと今はあんまりお父さんには似てないよ。お母さんに似てるんじゃない? 兄弟も似るものねぇ」
「あのさ、母さん」
「ん?」
「…………俺、言ってないことがあってさ。聞いてくれる?」
クローゼットを開けると本当にそのままの状態。
「多紀くんのお部屋……」とぼそりと呟いて、うろうろしながらこそこそとスマホのカメラで撮影しつつクン活している不審者を横目に、俺はクローゼットを探る。
「埃っぽいから、あまり吸っちゃだめですよ」
「ん、うん」
お、見つけた。
「あった。見て、カズ先輩のネクタイ!」
俺のボロいほうは俺が捨てちゃって、卒業までずっとカズ先輩のネクタイをつけてた。新品みたいに綺麗だったんだ。赤いストライプのネクタイ。表面に『O.Kazuomi』、筆記体で黄色い刺繍が入っている。
和臣さんは俺の手の中のネクタイを見つめて、目を細めて黙っていた。
しばらくして言った。
「卒業式の日に、タキくんに告白していたら、どうなっていたんだろう」
答えはわかりきっている。
「まず間違いなく、俺は女子のリンチに遭います」
和臣さんへの告白の列の女子たち、俺が列に並ばずに声をかけに行ってネクタイをもらったときのあの突き刺さる視線。震えあがったね。
和臣さんは笑ってる。
そういう話じゃないよね。
カズ先輩に告白されていたら、俺はどうしたかなぁ。めっちゃびっくりする。まずは。
でも真剣に考えると思う。
連絡を取り合ったりしないのか、いろんな人に何度か訊ねられたな。
俺はカズ先輩がどこの大学に通っているかは知っていたものの、連絡先を交換していなくて、会おうとは思わなかった。好かれているなんて知らなかったし。
丸四年会わなかったんだ。
俺は女子が好きだったけども、好きな子がいたわけではないから、カズ先輩を意識するようになったりして。まさかね。
でも高校でいちばん美人だったのは間違いなくカズ先輩。
俺の荷物はさほどなくて、持てるものは紙袋に入れていく。
一階に降りて、母親に声を掛ける。
「俺の荷物、残しておいてくれて、ありがと。邪魔になると思うから、持って帰るよ。また取りに来ていい?」
「置いておいてもいいわよ」
「サンキュ。今日は帰るね」
和臣さんは気を利かせてくれて、母親にお邪魔しましたと会釈した後、先に外に出て行った。
俺も玄関で靴を履く。
「説得しておいてよ。通帳」
結局、森下さんは通帳も銀行印も受け取ってくれなかった。
そのうえ、和臣さんに対して、「弁護士さん、他人名義の通帳と銀行印を使って金をおろしたらどうなりますか」などと質問していた。
和臣さんは「詐欺、窃盗、横領……親族相盗例も適用されません」などと答えていた。なんか試されてた。
したがって、通帳と銀行印は俺が持っている。勝手に振り込んじゃおうかとも思っている。
せめて五十万円だけでも返しておきたい。残りの三百万円は話し合い。
「強情ねー。お互い」
「だねー」
「お夕飯、食べていったらいいのに」
「あ、和臣さんと食べにいくからさ」
「仲良しなのねぇ」
「うん」
「ねえ、多紀。パパとのわだかまりも解けたでしょ」
「どうかな。この間、親父に会ったんだけど、相変わらず俺はあいつ似だし、苛つかせるんじゃないの」
「もー。そんな減らず口。ねえ、それでね。パパとも相談したんだけど、一度、うちに帰ってこない?」
俺は顔をあげた。
母親は微笑んでいる。
「もちろん、多紀が嫌なら、断ってくれてもいいの。でもね、お母さん、少しでいいから、もう一度多紀と――みんなで暮らしたいなって。そうでなくても、これからはここを実家だと思って、顔を見せてほしいな」
「それは……するけど……」
「パパもねー。ほら、わたしと相田って、結婚が早かったでしょ? パパ、小さい頃から多紀のこと見てて、多紀の父親になりたかったんだって。パパ、いつも相田に負けてるから。正反対の幼なじみで、むかしからライバル視してるのよ。言うなよって言われてるけど言っちゃう」
「おしゃべりだなぁ……。叱られるよ」
俺は少し考えて言った。
「あのさ、俺、森下さんのこと、恨んでないよ。オヤジはちゃらんぽらんだし、森下さんのほうが人としてマトモなのはわかってるし。お金返したいのも、今、お金に困ってないからだよ。拒否してるんじゃないんだ」
お金を残しておいてくれていたこと、気持ちだけでも有り難いと思う。
オヤジの問題が解決して、俺が無事に進学できるだけでも御の字なんだ、今は。
母親は言った。
「じゃあ、よかったら考えておいて」
もう一度、ここで暮らすってこと。
いくらなんでも急な話だし、現実的じゃないような気がするし。
でも、そう言ってもらえるのは、嬉しかった。
実家なんて、便宜上そう呼んではいたものの、存在しないものだと思っていたから。
だけど。
「それにしても、すっかり立派になって、元気にしていてくれてよかった。あんまり嫌がらないで、また連絡ちょうだいね。返事聞かせて」
「うん」
「あと今はあんまりお父さんには似てないよ。お母さんに似てるんじゃない? 兄弟も似るものねぇ」
「あのさ、母さん」
「ん?」
「…………俺、言ってないことがあってさ。聞いてくれる?」
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