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6 ある三百万円のゆくえ
十 多紀
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日曜日、午後三時。
母親に前もって連絡をして、俺は川越市の森下家を訪れていた。
義父は無事に退院し、明日から職場に復帰するほど快復したという。
和臣さんも同行。
高校のときの先輩という説明には少し不服そうな顔をしていたが、説明しづらいので割愛。親に紹介なんて、親と関係が良好なひとだけがすればいいだろ。
弟は外出しており、四人掛けのテーブルで、俺と和臣さんが並び、向かい側に義父と実母。
ミーハーの実母はスーツ姿の和臣さんに見惚れている。
和臣さんときたら、本日、俺の親に挨拶ってことでばっちり決めることにしたらしい。
ぴかぴかのイケメン。
「ご無沙汰してます。ご無事でよかったです」
向かいの義父に、俺は頭を下げる。
そして通帳と印鑑を取り出した。用件から入る。
近況を伝えるような間柄でも、なごやかな雰囲気でもないし、他に用事ないし。
和臣さんは別の意味で緊張して隣で一人そわそわしているけれど、俺は結婚の承諾を得るために来たわけではない。
「これ、お返しします。お気持ちだけ。ありがとうございました」
森下さんは、不機嫌そうに唸った。
むかしのまま。相変わらずの頑固な不機嫌オヤジ。だけど、十年以上経って、やっぱり老けたなぁ。
「持っていけ。俺は受け取らんぞ」
「置いて帰ります。俺のほうこそ受け取れません。これは俺のじゃない」
高校の学費を親に返済していることを誰かにいうと、養親なら学費ぐらい出すものだろ、と誰もに言われた気がする。俺もそう思ってた。
結果論かもしれないけれど、学費の返済があったおかげで、俺は実父とは異なる金銭感覚を身につけた。
いまでも無駄なものは買わない。毎月貯金してる。一度転職したけど、ちゃんと続いてる。いや、親父も今は続いてるみたいだけど。
俺は父親と性格が似ている。だから、なんの枷もなく世に出ていたら、父親とそっくりな易きに流れる人間になっていたんじゃないかな。
異なる人生を歩んでいるのは、スタート地点の現実が酷だったから。
会社はブラックだったし、通勤は大変だった。仕事にも忙殺されて、もし今あの頃に戻ってもこなせない。
だけど必死になって現実に喰らいついて戦ったあの頃は、俺にとって必要な時期だったんだ。今ではそう思う。
森下さんは溜息を吐いている。
「お前名義の金だ。好きに使え。だがな、有意義に使え。間違っても借金の返済には使うな」
「相田の状況、ご存知なんですね」
森下さんはさらに深い溜息を吐いた。
母親が言った。
「先週ねー、相田が、金を貸してくれってパパに泣きついてきてね。断ったら多紀に連絡するって。パパ、すっごく怒ってねー」
「おい」
「ただでさえ胃の調子が悪かったのに決定打になっちゃったのよ」
「はあ」
「パパ、あれほど多紀に連絡するなって言ったのにねぇ」
「……あいつはろくでもない馬鹿者だ!」
「ごもっともです」
あのろくでもない馬鹿者を助けようとした俺は、輪をかけて大馬鹿者に違いない。
一応、事務所に連れていくために待ち合わせたときは、申し訳ないって言って、しゅんとしてたけど。再婚相手の奥さんが厳しくてとてもじゃないが切り出せないとかなんとか。知るかよ。
森下さんは俺の表情を見ながら、険しい表情。
「いくらだ」
「え?」
「借金の額」
「……五百万円でした。総額」
「……足りないじゃないか。呆れるわ」
「ですよねぇ」
年月が経っているせいか。ふつうに話せるのは。
ぶっきらぼうなのは相変わらず。だけど、むかしはもっと怖かったな。
こういうひとだって思えるようになったのは、俺が大人になったのか。俺はやっぱりガキだったんだなぁ。
「お前は出すな。自分のことだけやってろ」
「いえ、実は、先輩に助けてもらって、債務整理をすることにしました。もう手続きは進んでます。なんとか本人に返させます」
と、先輩を手で示す。和臣さんはとびきりの笑顔を見せている。
「年明けから弁護士になります。兄も都内で弁護士をしております。責任を持って幸せにし――、お父様、お母様。多紀く、んんっ、相田さんのことは私にお任せください!」
それ当初和臣さんが予定していた『親に挨拶』が若干混じってない?
ミーハーの母さんは悲鳴のような感嘆の声をあげている。イケメン弁護士にテンション上がりすぎ。
母親に前もって連絡をして、俺は川越市の森下家を訪れていた。
義父は無事に退院し、明日から職場に復帰するほど快復したという。
和臣さんも同行。
高校のときの先輩という説明には少し不服そうな顔をしていたが、説明しづらいので割愛。親に紹介なんて、親と関係が良好なひとだけがすればいいだろ。
弟は外出しており、四人掛けのテーブルで、俺と和臣さんが並び、向かい側に義父と実母。
ミーハーの実母はスーツ姿の和臣さんに見惚れている。
和臣さんときたら、本日、俺の親に挨拶ってことでばっちり決めることにしたらしい。
ぴかぴかのイケメン。
「ご無沙汰してます。ご無事でよかったです」
向かいの義父に、俺は頭を下げる。
そして通帳と印鑑を取り出した。用件から入る。
近況を伝えるような間柄でも、なごやかな雰囲気でもないし、他に用事ないし。
和臣さんは別の意味で緊張して隣で一人そわそわしているけれど、俺は結婚の承諾を得るために来たわけではない。
「これ、お返しします。お気持ちだけ。ありがとうございました」
森下さんは、不機嫌そうに唸った。
むかしのまま。相変わらずの頑固な不機嫌オヤジ。だけど、十年以上経って、やっぱり老けたなぁ。
「持っていけ。俺は受け取らんぞ」
「置いて帰ります。俺のほうこそ受け取れません。これは俺のじゃない」
高校の学費を親に返済していることを誰かにいうと、養親なら学費ぐらい出すものだろ、と誰もに言われた気がする。俺もそう思ってた。
結果論かもしれないけれど、学費の返済があったおかげで、俺は実父とは異なる金銭感覚を身につけた。
いまでも無駄なものは買わない。毎月貯金してる。一度転職したけど、ちゃんと続いてる。いや、親父も今は続いてるみたいだけど。
俺は父親と性格が似ている。だから、なんの枷もなく世に出ていたら、父親とそっくりな易きに流れる人間になっていたんじゃないかな。
異なる人生を歩んでいるのは、スタート地点の現実が酷だったから。
会社はブラックだったし、通勤は大変だった。仕事にも忙殺されて、もし今あの頃に戻ってもこなせない。
だけど必死になって現実に喰らいついて戦ったあの頃は、俺にとって必要な時期だったんだ。今ではそう思う。
森下さんは溜息を吐いている。
「お前名義の金だ。好きに使え。だがな、有意義に使え。間違っても借金の返済には使うな」
「相田の状況、ご存知なんですね」
森下さんはさらに深い溜息を吐いた。
母親が言った。
「先週ねー、相田が、金を貸してくれってパパに泣きついてきてね。断ったら多紀に連絡するって。パパ、すっごく怒ってねー」
「おい」
「ただでさえ胃の調子が悪かったのに決定打になっちゃったのよ」
「はあ」
「パパ、あれほど多紀に連絡するなって言ったのにねぇ」
「……あいつはろくでもない馬鹿者だ!」
「ごもっともです」
あのろくでもない馬鹿者を助けようとした俺は、輪をかけて大馬鹿者に違いない。
一応、事務所に連れていくために待ち合わせたときは、申し訳ないって言って、しゅんとしてたけど。再婚相手の奥さんが厳しくてとてもじゃないが切り出せないとかなんとか。知るかよ。
森下さんは俺の表情を見ながら、険しい表情。
「いくらだ」
「え?」
「借金の額」
「……五百万円でした。総額」
「……足りないじゃないか。呆れるわ」
「ですよねぇ」
年月が経っているせいか。ふつうに話せるのは。
ぶっきらぼうなのは相変わらず。だけど、むかしはもっと怖かったな。
こういうひとだって思えるようになったのは、俺が大人になったのか。俺はやっぱりガキだったんだなぁ。
「お前は出すな。自分のことだけやってろ」
「いえ、実は、先輩に助けてもらって、債務整理をすることにしました。もう手続きは進んでます。なんとか本人に返させます」
と、先輩を手で示す。和臣さんはとびきりの笑顔を見せている。
「年明けから弁護士になります。兄も都内で弁護士をしております。責任を持って幸せにし――、お父様、お母様。多紀く、んんっ、相田さんのことは私にお任せください!」
それ当初和臣さんが予定していた『親に挨拶』が若干混じってない?
ミーハーの母さんは悲鳴のような感嘆の声をあげている。イケメン弁護士にテンション上がりすぎ。
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