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6 ある三百万円のゆくえ

三 和臣

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「お父さん?」

 俺が訊ねると、多紀くんは小さく頷いた。通話の切れたスマホを眺めながら緊張した面持ちで目を伏せている。暗い瞳。

「……はい」
「実のお父さん?」
「はい」
「珍しいね。何の用だったの?」
「いえ、なんにも。元気? みたいな」

 下手くそ。なんにも? そんなわけがない。先ほどまで明るくて元気だったのに、短い通話が終わった途端、元気じゃなくなった。作り笑い。
 通話の内容は残念ながら聞こえなかった。ぴったりくっついて、耳を澄ませていたんだけどな。
 父親ね。多紀くんにこんな表情をさせる多紀くんの父親が憎い。すごく憎い。
 実父。多紀くんに見た目が似ていると聞いたことがある。借金まみれで、浮気性の浪費家でどうしようもないクズで、多紀くんの母親は何度も泣かされたと。
 性格は明るくて朗らかで人好きするものの、仕事が続かず、昼間から酒を飲んで自宅に女性を連れ込み、離婚後は不倫相手と再婚したとか。
 性格はいいというけれど、信じがたいな。性格がいい人物が、妻子を裏切って悲しませるという矛盾がね。
 多紀くんが義父にひどい扱いを受けていた原因でもある。森下家を追い出されて実父の戸籍に入れてもらい、相田姓に戻ったはいいが、成人後は分籍したと。
 多紀くんは、俺のことだけを一番に考えていてくれたらいいんだ。せっかくのお休みなのに、この先しばらく、実父の事情で頭がいっぱいになっちゃうんでしょ。そんなの許せない。
 ひとりでは解決できないことでも、ふたりならきっと糸口が見つかるよ。話してくれたらいいのに、どうしてすぐに話してくれないの。俺、問題解決能力はあるほうだよ。多紀くんの味方になりたいよ。
 もやもやしながら、俺は率直に訊ねてみる。

「多紀くん。俺って、頼りにならないかな」

 多紀くんは顔色を変えて、首をぶんぶん横に振る。

「そんなことないです」
「悩みがあるなら言ってほしいよ。多紀くんを苦しませたくない。悩んでほしくない。多紀くんのこと、一緒に考えたい」

 でも言えないって表情をしている。わかるよ。多紀くんはいつもそう。自分で解決しないと、とひとりで背負いこんでしまう。頼ることに慣れていない。
 俺、頼りになる先輩だったはずなのに。家庭の事情だってある程度わかっているのに。

「……考えさせてください」

 多紀くんは苦しそうに俯いて、スマホを握りしめている。
 こうやって、事情を言う言わないで板挟みにさせてしまうのも、多紀くんの負担になるのかなぁ。
 多紀くんに頼ってもらえなくて悲しい……。だがやはり俺は待つしかない。

「何があっても味方だから、遠慮しないでね」

 俺は、多紀くんに降りかかる不幸から多紀くんを守る力を持っている。あとは、多紀くんに頼ってもらうだけ。でもそれがもっとも難しいね。
 どんな言葉で気持ちを伝えたら、多紀くんに心をひらいてもらえるんだろう。

「気分転換に、散歩に行こうか」
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