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3 あるひとりぼっちの夜

十 約束したい

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 夜。細かい雪が降ってる。積もってはいないけれど強い雪のにおいがする。
 甲府駅。午後九時十五分。
 最終電車まで、あと二十一分。いまは、一緒にいられる時間は少ない。
 駅の外の壁沿いの、人目につかないあたりで、俺は和臣さんと並んでくっついて、こっそり片手を繋いでいる。
 人通りは少ないし、手元まで見ている人はもっと少ないだろうけれど。
 いいのかよ。こんなコンパクトな街で、仕事で来ているようなものなのに。男同士で付き合っているなんて知られたら、どうするの。
 でも和臣さんは、何も気にしていなさそう。俺しか見てない。
 俺は、和臣さんの手が俺の手をしっかり握っていることに、泣きたいような気持ち。

「多紀くん、せっかく準備したけど、あしたの始発で帰ろうよ。今日はこのまま、二人でご飯でも食べてさ。部屋でエッチして寝よ」

 またするのかよ。仕方ないひとだな。
 でも、現実は迫ってる。現実っていうのは、俺の今の生活。和臣さんのいない、ひとりぼっちの日々に戻らないといけない。

「あした仕事早いし、終電のほうがいいですね」

 東京オフィスもスタッフが増え始めて、管理する派遣スタッフも増えてきて、軌道に乗っている。企画を手掛けるようになって、色々忙しくなってる。新しいシステムの導入もあるし。
 どうせ家に帰ってもひとりだし、会社に居残って残業ばっかりしてる。
 和臣さんは呟いた。

「じゃあ、今夜は、俺が一緒に帰っちゃおうかなー……」
「二人で東京に戻って、和臣さんが始発で甲府に帰るってことですか?」
「…………『帰る』なのは、多紀くんと暮らしてる部屋だけだよ。東京駅朝五時半発なら間に合うんだ」

 配属が甲府に決まったとき、似たようなことを言ってたなあ。
 東京から通勤しようとしてさ。経験者として言うけど、毎朝四時台起きって辛いよ。和臣さん、しっかり睡眠とらないと稼働できないタイプだし。

「今日のところは大人しくしておいてください」
「なかなか戻れなくて、悲しいな……二回試験に落ちるわけにはいかないし、就活もしなきゃだし、いろいろすることあって、多紀くんといられないし……。こうして多紀くんが来てくれたこと以外、良いことないなぁ。なにか良いことがあるといいのに。ね、多紀くん」

 どうやらご褒美が欲しいようだな。

「じゃあ、戻ってきたら……我慢したご褒美あげますから」

 和臣さんは、目を輝かせる。

「本当?」
「何がいいんですか?」
「多紀くん!」
「いつもでしょ」

 和臣さんは、なにも言わなくなった。
 俺は隣に立つ和臣さんを見上げる。和臣さんも、俺を真剣な顔で見つめている。
 目が訴えてくる。
 ずっと一緒にいたいって。
 約束したいって。

「多紀くんはわかってないんだ。俺に多紀くんがどんなに必要なのか。多紀くんのことをどれほど好きなのか」
「けっこうわかってるつもりなんですけどね……」

 俺はその眼差しから、目をそらした。
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