エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

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第三部 1 ある事件直後の土日

六 お呼び出しの理由

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 窓際の奥に紗英さん。その隣に倉本さん。俺は紗英さんの向かい側。
 倉本さんが俺の分のコーヒーを買ってきてくれた。
 紗英さんはなんとかフラペチーノみたいなとても甘そうな飲み物をストローで吸いつつ、俺をガン見したまま沈黙。
 俺も黙って、アイスコーヒーに口をつける。
 しばらくして、紗英さんはやっとストローから口をはなした。

「……嘘だと聞きました」
「えっ」
「小野寺さんがあなたを好きだということです」

 どういうこと??? あのひと、俺のことが好きだよ。
 そこに倉本さん。

「あ、オレも聞いたよ。小野寺係長、お紗英様からのアプローチを断るための口実に、相田を利用したって?」

 俺の立場を守るために、また、自分ひとりの責任ってことにしたんだろうな。けどさ。そういうことにしたんだったら言っておいてよ、和臣さん。どうせ日曜の夜とか月曜の朝にいうつもりだったんだろ。
 俺がパニックになっているのを楽しんでるわ。しめてやりたい。ぐいっと。
 紗英さんは泣きべそをかきながら叫んだ。

「ひどくないですか!?」

 ひどいです、はい。
 え、和臣さんのことだよね?
 あのひとはいつだってひどいよ。

「男のひとが好きだったら、諦めもつきます。だけど、そんな嘘を吐かれるなんて、わたしになんの欠点があるんですか……! ばかにしてます! だって、わたしとあなたなら、わたしでしょう!」
「いや、紗英さんに欠点があるのではないかと……」

 男が好きかはさておき、和臣さんは、女性が苦手なんだよ。
 小さいころに妹さんにいじめられて、女性に対する苦手意識を植えつけられて、それからも嫌なことがたくさんあったんだと思う。
 高校生のときにはすっかり女子嫌いができあがってた。黄色い声をあげられるのを鬱陶しそうにしていた。熱い視線を送られると逃げていた。

「小野寺係長って男が好きなの?」
「えっ、さあ……?」

 倉本さんに訊ねられて首を傾ける。
 俺のことが好きだとは知ってるけど、性的に男が好きなのか、女が好きなのか、どっちもなのかは聞いてないや。俺を抱いてるんだから男はいけるんだろ。
 あ、一度は紗英さんと結婚するつもりでいたみたいだから、女性ともできるんだよな、きっと。苦手だったとしても。
 だけど、これ絶対に言っちゃいけないやつ。

「あなた、小野寺さんとどういったご関係なんです?」
「高校のときの後輩です」
「仲が宜しいのですね」
「……そうですね……」
「後輩さんなら、協力していただけませんか」
「えっ」

 なにを???

「わたし、小野寺さんが好きなんです。諦められないんです」
「そ、そうですか……」
「自信があります。断られる理由のほうが理解できないんです。なにが悪いのか、はっきり言ってもらえないから……」

 紗英さんをまじまじと見つめる。
 美少女。同い年だけど、アラサーをちっとも感じさせない。二十歳そこそこに見える。肌もきれいで、化粧も濃すぎなくて。大切に育てられてきたお嬢様といった雰囲気。というか、本物。和臣さんとお似合い。
 紗英さんはなにひとつ悪いことはないと思うけど、しつこいのはやめたほうがいいよね。はっきりと断らない和臣さんにも問題アリだけどさ。
 この子、プライドずたずたなんじゃないのかな。
 俺がこの子として生まれたら、さっさと切り替えて次に行く。和臣さんは背が高くてイケメンで高収入で、下半身がやばいこと以外はハイスペックで最上級だけど、男なんて星の数ほどいるし。
 それでも紗英さんが和臣さんにこだわってしまうのは、恋に落ちたというのもあるだろうけれど、欠点など何一つないはずの自分があろうことか門前払いされてその事実を受け入れられないんじゃないか。
 そんなふうに思う。

「少しでも見ていただければ、断られる理由などないと思うんです。だけど、ちっとも見てくれないんです」
「そっか……」

 ある意味、気は合うんじゃないの。その諦めの悪さ。

「相田さん、でしたっけ。どちらにお勤めなんです」
「あっ、子会社です」

 俺は名刺入れから名刺を取り出して渡してみる。親会社の役員の孫娘に子会社のただの営業の俺。何の因果だろうと思いつつ……。

「西社長の」

 あ、知ってるんだ。
 変な圧力をかけられたりしたらどうしよう。西さんごめん。許して。

「どちらの大学なんです?」
「俺は高卒です」
「高卒……?」
「はい」

 紗英さんは、虫でも見るかのような目で俺を見る。

「何度も言うようですが……あなたみたいな低条件の方を口実に断られるほど、わたしは悪条件なのでしょうか……」

 紗英さんは俺を、上から下まで遠慮なく眺めて溜息。
 わかるよ。スペックは底辺で、見た目は平凡で、とくべつ優れた部分なんて何一つないです。
 見た目も声も話し方も、経歴も生まれ育ちも、紗英さんのほうが圧倒的に天使。なんで俺と紗英さんが戦ってるのかもわかんない。白旗。ぱたぱた。

「いえ、そんなことは……」

 俺が否定しようとしたとき、倉本さんがテーブルを叩いた。
 急に叩くのはやめてほしいな?

「さっきから聞いてれば、言いたい放題だけどさあ」

 そして突然、怒り始めた。

「お紗英様、素直に負けを認めたら? 相田に何があるのかなんてオレにはわからないけど、少なくとも相田のことをそこまで言うアンタは、魅力なんてないし、みっともないよ。嫌な女。オレだって今なら相田のほうを選ぶね」

 言われた紗英さんはさっと顔色を変えて、席を立った。

「あっ、紗英さん」

 椅子に置いてあった荷物をとって、店を飛び出していく。紗英さんの様子に気づいた周囲の白い目線。けっ、と不貞腐れるようにして、倉本さんは足を伸ばす。
 俺は席を立って、紗英さんを追いかけた。
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