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再会編 ある夜(多紀視点)
四 家庭の事情
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小料理屋の暖簾をくぐる。
ここは俺が今の会社に入社したときに、入社祝いってことで社長に連れてきてもらった店で、取引先でもある。
自分では手が出せない価格帯で、もっぱらいいことがあったときにランチで来る店。
店内は半数ほど埋まっている。食事どきを過ぎて落ち着いてきたという様子。
テーブル席についてメニュー表を眺める。
カズ先輩、メニュー迷ってるのかな。
ふと見ると、目が合った。
「迷ったら日替わり定食ですよ。俺は天丼にします」
天ぷらが美味しい店。
日替わり定食は、かきあげと季節の野菜の天ぷらと、ごはん味噌汁、茶碗蒸しと季節の野菜の小鉢がついたもの。天ぷらの種類と茶碗蒸しの具と野菜の小鉢が日替わり。
天丼はディナーではサービスメニューで、単品の丼ものでいちばん安価。それでも日替わり定食と同じで千五百円もするんだけどさ……。
入社時に初めて食べて感動したのもあって俺にとって天丼は特別なメニュー。大海老天二本と色々乗ってる。かなり豪華で祝い飯。再会記念にぴったりかも。
店員さんが水を置きに来る。ついでに注文を取ろうとする。
「天丼いいね」
「カズ先輩も天丼にしますか? 美味しいんですよ」
単品でいいのかな。
「うん。天丼二つお願いします。タキくん、よく来るの?」
店員さんが去っていって、俺たちは話し始める。
まさか、一生再会なんてしないと思っていたカズ先輩と、道端でバッタリで今こうして晩飯だなんて、思いもよらなかったな。非日常な気分。
「昼飯に何度か。取引先でもあります。俺の会社、イベントの企画とかイベント出店の手伝いとか、什器レンタルや、販促品を作ったり、フリーペーパーのデザインやら印刷をやってるんです。こういう個人飲食店がお客さんなんですよ」
「なるほど」
「会社はブラックなんですけどね。残業代とかつかないですし、朝まで働かせられたりするし、休みもろくにないし、理不尽なことばっかりで。社長はハゲだし。社会って厳しいですね~」
「仕事、忙しくて、大変なんだね」
あ、だめだ。もっと笑い話にしないと。カズ先輩、真面目に受け止めてくれちゃう。
ブラックの愚痴なんて聞いてても楽しくないもんね。できれば楽しく明るく、笑い飛ばせるほうがいいな。湿っぽいのなんかガラじゃないし。
「ま、楽しいこともあるんですけどね! 時々はこういう美味しい店に昼メシ連れてきてもらえますし、社宅だから学費も返せますし」
「社宅なんだ?」
「はい! 大宮にある築四十年超えのアパートなんですよ。もーオンボロ! 台風のときとか吹っ飛んじゃうんじゃないかって布団の中でぷるぷる震えてます。風で揺れるんですよ」
というと、カズ先輩は笑った。
でもこれはガチだよ。ちょっとした風で揺れる木造アパート。台風のときはマジ恐怖。吹き飛びそうだし雨漏りするし。しかも毎日満員電車にスシ詰め。
「それは怖いね。ところで、学費って?」
「あ、はい。高校の学費を返済してるんです」
カズ先輩はきょとんとしている。
まあ、カズ先輩にはあんまり関係ない話だよ。いいとこのお坊ちゃんだもの。っていうかあの学校の理事長の親戚だったよね、カズ先輩。
親が子どもの学費を出せないなんて、想像したこともないんじゃないかな。
ま、本命の公立に落ちた俺のせいだけどね。
「あ、そうだ。俺いま苗字変わって、相田っていいます」
「そうなんだ」
「実は元々いまの相田姓だったんです。高校入学直前に森下に変わりまして」
「卒業して戻したの?」
「はい。あ、ちょっとややこしくてですね、両親は俺が小学生のときに離婚してまして、母についてったんです。母の再婚相手と折り合いが悪くて」
「……そっか」
「なんかすみません、こんな個人的なこと」
「ううん。聞かせて」
「就職したときに親権者を父に変えてもらったんです」
「そうなんだね」
学費を一旦出してくれたのは、その再婚相手なんだけどね。
俺の実の父親は借金まみれで母親はちょっと頭弱くて経済力なんてなくて、義父は堅実な公務員。
義父は、父母の昔からの知り合いというか、三人とも幼馴染。義父は長年俺の母親に片思いしていたらしい。父母が十代でデキ婚して、んで俺が小学生のときに離婚したので、義父は俺の母親と付き合って再婚することにしたのだとか。
俺は見た目も中身も父親似だから、義父からはとっても嫌われ者。暴力はなかったけど、基本無視。話すときは怒鳴られるし超不機嫌。
まあ、俺の父親が浮気性の浪費家でどうしようもないクズだったんで、仕方ないけど。母親は何度も泣かされたし。
義父が言うには、幼馴染だけに、俺の成長はむかしの親父の成長記録の再放送でも観ているみたいで、虫唾が走るらしいよ。
それでも学費は立て替えてくれたし、義父は俺の母親と自分の実子はめちゃくちゃ大切にしているし、別にいいけど。
俺は実父みたいにはならないようにしなきゃね。反面教師として。今のところ大丈夫。性格は良くて、明るくて朗らかで人好きするんだけど、仕事が続かなくて昼間から酒飲んで家に女を連れ込んでいたやべーやつ。
あと実父の今の奥さんは元不倫相手。
俺、家庭環境ひどすぎじゃん。
カズ先輩、ドン引きしてるし。
ここは俺が今の会社に入社したときに、入社祝いってことで社長に連れてきてもらった店で、取引先でもある。
自分では手が出せない価格帯で、もっぱらいいことがあったときにランチで来る店。
店内は半数ほど埋まっている。食事どきを過ぎて落ち着いてきたという様子。
テーブル席についてメニュー表を眺める。
カズ先輩、メニュー迷ってるのかな。
ふと見ると、目が合った。
「迷ったら日替わり定食ですよ。俺は天丼にします」
天ぷらが美味しい店。
日替わり定食は、かきあげと季節の野菜の天ぷらと、ごはん味噌汁、茶碗蒸しと季節の野菜の小鉢がついたもの。天ぷらの種類と茶碗蒸しの具と野菜の小鉢が日替わり。
天丼はディナーではサービスメニューで、単品の丼ものでいちばん安価。それでも日替わり定食と同じで千五百円もするんだけどさ……。
入社時に初めて食べて感動したのもあって俺にとって天丼は特別なメニュー。大海老天二本と色々乗ってる。かなり豪華で祝い飯。再会記念にぴったりかも。
店員さんが水を置きに来る。ついでに注文を取ろうとする。
「天丼いいね」
「カズ先輩も天丼にしますか? 美味しいんですよ」
単品でいいのかな。
「うん。天丼二つお願いします。タキくん、よく来るの?」
店員さんが去っていって、俺たちは話し始める。
まさか、一生再会なんてしないと思っていたカズ先輩と、道端でバッタリで今こうして晩飯だなんて、思いもよらなかったな。非日常な気分。
「昼飯に何度か。取引先でもあります。俺の会社、イベントの企画とかイベント出店の手伝いとか、什器レンタルや、販促品を作ったり、フリーペーパーのデザインやら印刷をやってるんです。こういう個人飲食店がお客さんなんですよ」
「なるほど」
「会社はブラックなんですけどね。残業代とかつかないですし、朝まで働かせられたりするし、休みもろくにないし、理不尽なことばっかりで。社長はハゲだし。社会って厳しいですね~」
「仕事、忙しくて、大変なんだね」
あ、だめだ。もっと笑い話にしないと。カズ先輩、真面目に受け止めてくれちゃう。
ブラックの愚痴なんて聞いてても楽しくないもんね。できれば楽しく明るく、笑い飛ばせるほうがいいな。湿っぽいのなんかガラじゃないし。
「ま、楽しいこともあるんですけどね! 時々はこういう美味しい店に昼メシ連れてきてもらえますし、社宅だから学費も返せますし」
「社宅なんだ?」
「はい! 大宮にある築四十年超えのアパートなんですよ。もーオンボロ! 台風のときとか吹っ飛んじゃうんじゃないかって布団の中でぷるぷる震えてます。風で揺れるんですよ」
というと、カズ先輩は笑った。
でもこれはガチだよ。ちょっとした風で揺れる木造アパート。台風のときはマジ恐怖。吹き飛びそうだし雨漏りするし。しかも毎日満員電車にスシ詰め。
「それは怖いね。ところで、学費って?」
「あ、はい。高校の学費を返済してるんです」
カズ先輩はきょとんとしている。
まあ、カズ先輩にはあんまり関係ない話だよ。いいとこのお坊ちゃんだもの。っていうかあの学校の理事長の親戚だったよね、カズ先輩。
親が子どもの学費を出せないなんて、想像したこともないんじゃないかな。
ま、本命の公立に落ちた俺のせいだけどね。
「あ、そうだ。俺いま苗字変わって、相田っていいます」
「そうなんだ」
「実は元々いまの相田姓だったんです。高校入学直前に森下に変わりまして」
「卒業して戻したの?」
「はい。あ、ちょっとややこしくてですね、両親は俺が小学生のときに離婚してまして、母についてったんです。母の再婚相手と折り合いが悪くて」
「……そっか」
「なんかすみません、こんな個人的なこと」
「ううん。聞かせて」
「就職したときに親権者を父に変えてもらったんです」
「そうなんだね」
学費を一旦出してくれたのは、その再婚相手なんだけどね。
俺の実の父親は借金まみれで母親はちょっと頭弱くて経済力なんてなくて、義父は堅実な公務員。
義父は、父母の昔からの知り合いというか、三人とも幼馴染。義父は長年俺の母親に片思いしていたらしい。父母が十代でデキ婚して、んで俺が小学生のときに離婚したので、義父は俺の母親と付き合って再婚することにしたのだとか。
俺は見た目も中身も父親似だから、義父からはとっても嫌われ者。暴力はなかったけど、基本無視。話すときは怒鳴られるし超不機嫌。
まあ、俺の父親が浮気性の浪費家でどうしようもないクズだったんで、仕方ないけど。母親は何度も泣かされたし。
義父が言うには、幼馴染だけに、俺の成長はむかしの親父の成長記録の再放送でも観ているみたいで、虫唾が走るらしいよ。
それでも学費は立て替えてくれたし、義父は俺の母親と自分の実子はめちゃくちゃ大切にしているし、別にいいけど。
俺は実父みたいにはならないようにしなきゃね。反面教師として。今のところ大丈夫。性格は良くて、明るくて朗らかで人好きするんだけど、仕事が続かなくて昼間から酒飲んで家に女を連れ込んでいたやべーやつ。
あと実父の今の奥さんは元不倫相手。
俺、家庭環境ひどすぎじゃん。
カズ先輩、ドン引きしてるし。
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