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番外編3 バンコクの出来事
一日目の夜⑤*
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ふと気づいたとき、いつの間にか寝巻きを着せられて、丸まるように寝ていた。
着替えまでしてもらったのに起きなかったなんて、相当熟睡してたな。俺、普段はちょっとした物音でもすぐ起きるほうなのに。
フライト疲れにセックス疲れ。
俺が着ているのは、和臣さんの長袖の薄手のシャツとスウェットのズボン。ぶかぶか。
和臣さんの強い要望により、寝巻きは和臣さんのを着るって話だったから。
全身、和臣さんのにおい。包まれているみたいだ。
和臣さんは、上掛けを占領する俺の傍らで、クッションを背に上半身を起こして、軽く両膝を立てて、クリップタイプの読書灯で何やら分厚い本を読んでいる。
明かりにほのかに照らされている。とても整っていて、眩しいほどイケメン。柔和な雰囲気。
目を細める横顔は、絵画かポストカードか何かみたい。前髪おろすと少年っぽくなる。高校生のときを思い出す。あの頃も、横顔もきれいだなって思ってた。
鼻高くていいな。まつげ長いの、横からだとすごくわかる。透き通るような肌。
顔かたちが良いから、光につくられる陰影すらも美しい。
まだ夜だ。何時なんだろう。
ベットで扱きあって、メシ食って、風呂場でやったあと、ベッドでまたやって、イきすぎてくったくたで、寝ちゃったんだ。
和臣さんも着替えてる。同じ長袖シャツにスウェットのズボンなので、ペアルックになってる。気づいて、なんだか恥ずかしい。絶対にわざとだね。俺は知ってる。
ふと、和臣さんは、本に目を向けたまま、片手で俺の額をそろそろと探って、指先で髪を梳いてくる。
俺は目を閉じて、長い指で大切そうに撫でてくる感覚に身を任せる。
気持ちいいな……。
「ふふ」
小さな笑い声が降ってきて、俺は口を開いた。
「起きてるの、気づいてたんですか」
「え、あれ、起きてたの、多紀くん」
和臣さんは俺を軽く覗き込んでくる。
目を丸くして驚いている様子は、嘘じゃなさそう。長い指が離れていく。
俺は丸まったまま言う。
「いま起きました」
「ごめん。触ったせいだね」
「その前に、ちょっと覚醒してきて」
「灯りのせいかな。ページをめくる音がうるさかったかな。ごめんね」
「いえ」
気にしないでと思いつつ、転がったままでさらに丸くなりながら、和臣さんにすり寄っていく。
室温はちょうどいいけれど、くっついているとあたたかい。
俺は訊ねた。
「読んでるの、笑える本ですか?」
「え? どうだろう。そうでもないかな? どうして?」
「なんか笑ってたから」
というと、和臣さんは恥ずかしそうに、自分の膝に頬を寄せながら俺を見て、しあわせそうに微笑んだ。
「多紀くんが傍にいるって思ったら、つい。嬉しくて。ごめん。俺、へんだね」
へんなのは最初からだよ。どこを切り取ってもへんだよ。
「いえ……」
和臣さんはサイドテーブルに本やら読書灯を置いて、スイッチを切る。途端、部屋は薄暗くなる。ベッドのフットライトだけ。
和臣さんのほうを向いて横向きに眠る俺の背中に、和臣さんは腕を回してくる。
上掛けを引き上げて、そのうえから背中を覆うように。
引き寄せるように。力強い。
俺は瞼を閉じる。
ひとりごとみたいな声が降ってくる。低くて静かで、不思議そうで、味わうみたいな。
「多紀くんがいる……」
「はい」
俺も不思議。バンコクのマンションの十七階。見慣れないきれいな寝室。真夜中。
しんと静か、息遣い、うとうと、ふたりきり。
「多紀くん」
「はい」
「多紀くんがいる……」
和臣さんが屈んできて、額にやさしく口づけてくる。
やわらかい唇。背中の手のひら。
触れたところから、体温が伝わってくる。
〈一日目の夜 終わり〉
着替えまでしてもらったのに起きなかったなんて、相当熟睡してたな。俺、普段はちょっとした物音でもすぐ起きるほうなのに。
フライト疲れにセックス疲れ。
俺が着ているのは、和臣さんの長袖の薄手のシャツとスウェットのズボン。ぶかぶか。
和臣さんの強い要望により、寝巻きは和臣さんのを着るって話だったから。
全身、和臣さんのにおい。包まれているみたいだ。
和臣さんは、上掛けを占領する俺の傍らで、クッションを背に上半身を起こして、軽く両膝を立てて、クリップタイプの読書灯で何やら分厚い本を読んでいる。
明かりにほのかに照らされている。とても整っていて、眩しいほどイケメン。柔和な雰囲気。
目を細める横顔は、絵画かポストカードか何かみたい。前髪おろすと少年っぽくなる。高校生のときを思い出す。あの頃も、横顔もきれいだなって思ってた。
鼻高くていいな。まつげ長いの、横からだとすごくわかる。透き通るような肌。
顔かたちが良いから、光につくられる陰影すらも美しい。
まだ夜だ。何時なんだろう。
ベットで扱きあって、メシ食って、風呂場でやったあと、ベッドでまたやって、イきすぎてくったくたで、寝ちゃったんだ。
和臣さんも着替えてる。同じ長袖シャツにスウェットのズボンなので、ペアルックになってる。気づいて、なんだか恥ずかしい。絶対にわざとだね。俺は知ってる。
ふと、和臣さんは、本に目を向けたまま、片手で俺の額をそろそろと探って、指先で髪を梳いてくる。
俺は目を閉じて、長い指で大切そうに撫でてくる感覚に身を任せる。
気持ちいいな……。
「ふふ」
小さな笑い声が降ってきて、俺は口を開いた。
「起きてるの、気づいてたんですか」
「え、あれ、起きてたの、多紀くん」
和臣さんは俺を軽く覗き込んでくる。
目を丸くして驚いている様子は、嘘じゃなさそう。長い指が離れていく。
俺は丸まったまま言う。
「いま起きました」
「ごめん。触ったせいだね」
「その前に、ちょっと覚醒してきて」
「灯りのせいかな。ページをめくる音がうるさかったかな。ごめんね」
「いえ」
気にしないでと思いつつ、転がったままでさらに丸くなりながら、和臣さんにすり寄っていく。
室温はちょうどいいけれど、くっついているとあたたかい。
俺は訊ねた。
「読んでるの、笑える本ですか?」
「え? どうだろう。そうでもないかな? どうして?」
「なんか笑ってたから」
というと、和臣さんは恥ずかしそうに、自分の膝に頬を寄せながら俺を見て、しあわせそうに微笑んだ。
「多紀くんが傍にいるって思ったら、つい。嬉しくて。ごめん。俺、へんだね」
へんなのは最初からだよ。どこを切り取ってもへんだよ。
「いえ……」
和臣さんはサイドテーブルに本やら読書灯を置いて、スイッチを切る。途端、部屋は薄暗くなる。ベッドのフットライトだけ。
和臣さんのほうを向いて横向きに眠る俺の背中に、和臣さんは腕を回してくる。
上掛けを引き上げて、そのうえから背中を覆うように。
引き寄せるように。力強い。
俺は瞼を閉じる。
ひとりごとみたいな声が降ってくる。低くて静かで、不思議そうで、味わうみたいな。
「多紀くんがいる……」
「はい」
俺も不思議。バンコクのマンションの十七階。見慣れないきれいな寝室。真夜中。
しんと静か、息遣い、うとうと、ふたりきり。
「多紀くん」
「はい」
「多紀くんがいる……」
和臣さんが屈んできて、額にやさしく口づけてくる。
やわらかい唇。背中の手のひら。
触れたところから、体温が伝わってくる。
〈一日目の夜 終わり〉
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