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過去編 ある夜
ただの先輩と後輩① side多紀
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二月のある夜。
壁掛けの時計を見ると、午後十一時半過ぎ……。
あああ、頭がくらくらしてる。視界がぐるぐる回る。働きすぎだよー。
雑居ビルの三階が職場で、一階にも倉庫を借りている。持ち帰った販促物のダンボールの中身をデスクで整理し終えて、一階の倉庫に放り込んだら、いま手掛けている催事案件は一旦終了。
おかげさまで出店者の人たちには喜んでもらえたし、仲介業者としてもやりがいはあったかな。二週間の催事、会場は横浜で本日最終日、午後五時の撤収のときは達成感ある。
自社の物販もあって二週間休みなしの一日中立ちっぱなしだから、足ぱんぱんだし痛いんだけどさ。
一階の倉庫の明かりをつけて、抱えている段ボールを置いて、次の案件に使えそうなものの目星をつける。
そのとき、会社の営業事務の女子である日下ちゃんが、死んだ目をして倉庫にやってきた。俺より五つ上の二十六歳。目の下、隈がひどい。
「相田」
「日下ちゃん。どうしたの?」
「悪いこと言わないからもう帰ったほうがいい……」
「え、なに、もう帰るけど、あと物販の売上報告だけ……」
「やっとくから。社長これから帰ってくるよ。相田はまだいるかって聞かれた。さっきまでいたって答えてある。相田見つかったら絶対に捕まる」
「サンキュ。消えるわ。日下ちゃんも帰ってね」
「当然ー」
危ねー。社長も同じように催事案件で他の都市に行っている。宿泊するのかと思いきや、一回帰ってくるのか。捕まったら終電には確実に間に合わないね。それどころか気づいたら朝だよ。
ふたりでエレベーターからの猛ダッシュ。
「ごめん、あと頼む」
「りょーかい」
ばったばたでデスクに戻って最短距離。タイムカードを押して、カバンを引っ提げて慌てて事務所を飛び出す。やべっ、コート忘れた。慌てて戻って、上着掛けからコートを掴んでまた飛び出す。エレベーターが一階に行っちゃってるから階段。
コートを脇に抱えて外に出ると寒い。
けれど、このへんうろうろしてたら捕まるかもしれない、とにかく場を離れなければ……! っていうか、うわ、あのハゲ頭。社長だ。
こっちに向かって歩いてくる。
やばい、鉢合わせる。
おう、お疲れ! なんて言って快く帰してくれる人間ではないのだよ。むしろ何帰ってんだ! って叱責されるね。んで、会社に連行される。俺は無事死亡。バッドエンド確定。
俺は、どうか見つかりませんようにと、踵を返す。
慌てて振り返ったとき、すぐ後ろを歩いていた人と真正面からぶつかってしまった。
「わわっ、すみませんっ!」
完全に俺が悪い。俺が急に振り返ったせい。
だけど。
「ごめん、タキくん。俺」
頭上から柔らかい声が降ってくる。
俺は相手を振り仰ぐ。
背が高くて顔が小さい。顔立ち整いすぎ。ゆるくパーマをかけた七三分け。グレンチェックのチェスターコートが似合いすぎ。ほっそりしたモデルみたいなひと。柔らかい微笑み。にじみ出る品の良さ。おっとりしたお坊ちゃまといった雰囲気。
リュックを背負って両手が空いているので、ぶつかっていった俺を両手で受け止めてくれてる。
「カズ先輩! すみません!」
「俺の方こそごめん。タキくんに声をかけようと思って、近づきすぎたんだ」
その穏やかな声を聞くと妙にほっとするのだけれど、いまだけはちょっと焦る。
「だいじょぶです」
俺はちょっと小声で、背を丸めて縮まる。
それだけで何かを察してくれたカズ先輩は、ごく自然かつ素早く俺の背中側に回り込んで、壁になってくれた。よく気づいたなあ。
壁掛けの時計を見ると、午後十一時半過ぎ……。
あああ、頭がくらくらしてる。視界がぐるぐる回る。働きすぎだよー。
雑居ビルの三階が職場で、一階にも倉庫を借りている。持ち帰った販促物のダンボールの中身をデスクで整理し終えて、一階の倉庫に放り込んだら、いま手掛けている催事案件は一旦終了。
おかげさまで出店者の人たちには喜んでもらえたし、仲介業者としてもやりがいはあったかな。二週間の催事、会場は横浜で本日最終日、午後五時の撤収のときは達成感ある。
自社の物販もあって二週間休みなしの一日中立ちっぱなしだから、足ぱんぱんだし痛いんだけどさ。
一階の倉庫の明かりをつけて、抱えている段ボールを置いて、次の案件に使えそうなものの目星をつける。
そのとき、会社の営業事務の女子である日下ちゃんが、死んだ目をして倉庫にやってきた。俺より五つ上の二十六歳。目の下、隈がひどい。
「相田」
「日下ちゃん。どうしたの?」
「悪いこと言わないからもう帰ったほうがいい……」
「え、なに、もう帰るけど、あと物販の売上報告だけ……」
「やっとくから。社長これから帰ってくるよ。相田はまだいるかって聞かれた。さっきまでいたって答えてある。相田見つかったら絶対に捕まる」
「サンキュ。消えるわ。日下ちゃんも帰ってね」
「当然ー」
危ねー。社長も同じように催事案件で他の都市に行っている。宿泊するのかと思いきや、一回帰ってくるのか。捕まったら終電には確実に間に合わないね。それどころか気づいたら朝だよ。
ふたりでエレベーターからの猛ダッシュ。
「ごめん、あと頼む」
「りょーかい」
ばったばたでデスクに戻って最短距離。タイムカードを押して、カバンを引っ提げて慌てて事務所を飛び出す。やべっ、コート忘れた。慌てて戻って、上着掛けからコートを掴んでまた飛び出す。エレベーターが一階に行っちゃってるから階段。
コートを脇に抱えて外に出ると寒い。
けれど、このへんうろうろしてたら捕まるかもしれない、とにかく場を離れなければ……! っていうか、うわ、あのハゲ頭。社長だ。
こっちに向かって歩いてくる。
やばい、鉢合わせる。
おう、お疲れ! なんて言って快く帰してくれる人間ではないのだよ。むしろ何帰ってんだ! って叱責されるね。んで、会社に連行される。俺は無事死亡。バッドエンド確定。
俺は、どうか見つかりませんようにと、踵を返す。
慌てて振り返ったとき、すぐ後ろを歩いていた人と真正面からぶつかってしまった。
「わわっ、すみませんっ!」
完全に俺が悪い。俺が急に振り返ったせい。
だけど。
「ごめん、タキくん。俺」
頭上から柔らかい声が降ってくる。
俺は相手を振り仰ぐ。
背が高くて顔が小さい。顔立ち整いすぎ。ゆるくパーマをかけた七三分け。グレンチェックのチェスターコートが似合いすぎ。ほっそりしたモデルみたいなひと。柔らかい微笑み。にじみ出る品の良さ。おっとりしたお坊ちゃまといった雰囲気。
リュックを背負って両手が空いているので、ぶつかっていった俺を両手で受け止めてくれてる。
「カズ先輩! すみません!」
「俺の方こそごめん。タキくんに声をかけようと思って、近づきすぎたんだ」
その穏やかな声を聞くと妙にほっとするのだけれど、いまだけはちょっと焦る。
「だいじょぶです」
俺はちょっと小声で、背を丸めて縮まる。
それだけで何かを察してくれたカズ先輩は、ごく自然かつ素早く俺の背中側に回り込んで、壁になってくれた。よく気づいたなあ。
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