上 下
104 / 366
5 ある休み明け(多紀視点)

三 山手線ゲーム

しおりを挟む
 何回やってたんだろ。
 くたくた。やっと抜いてお互いにシャワーを浴びて、シャツや下着やハーフパンツをはいて、寝ようと横たわる。
 和臣さんの腕の中。
 こうやって寝るのはずっと慣れなかったけど、最近はやっと慣れてきた。人肌は気持ちいいし、包み込まれるみたいで優しい。
 とくにエッチした後は、体を気遣ってくれて下にも置かない扱い。
 和臣さん、ずいぶん変わったな。前みたいな必死さがなくて、精神的に安定してる。俺の記憶がないのは、やっぱり安心なのか。まあそうだよな。何も気にせず恋人同士ができる。
 時々俺が腕枕をしてあげると、和臣さんはめちゃくちゃ喜ぶ。肩を抱いて額にキスするとさらに喜ぶ。俺は変わってないよ。嬉しいならそうしてあげる。

「寒くない?」
「ないです」
「暑くない?」
「ないです」

 いい季節。暑くもなく寒くもなく、くっついているとあったかい。
 和臣さんは呟いた。

「離れたくない……」
「はい……」
「あったかくて気持ちいいね」
「はい」

 胸に頬を寄せる。重たいかなと思ったけれど、和臣さんは俺の額に頬ずりして、肩を抱いてくる。

「多紀くん、俺しあわせすぎて……いま死にたいくらい」

 なにいってんだろ。
 俺は笑いながら言う。

「まだ幸せなこと、これからもたくさんありますよ。いちばん上じゃないですよ。死んじゃっていいんですか?」
「いちばん幸せなときに死にたいな……」

 この人、根は暗いんだな。

「俺は、オッサンとかジイさんになって、昔のこと思い出して人生の幸せランキングを作りたい派です」

 それを聞いて、和臣さんはわくわくしてる。嬉しそう。

「どんなことをする?」
「一緒に暮らしはじめたばかりでしょ? ごはんも作らないとですし、料理できるようになりたいし」

 一応、簡単な晩飯を用意するようにはなったけれど、休日にふたりで副菜を作り置きしてあって、あとは汁物、肉や魚を焼くだけ。
 ちなみにごはんは和臣さんが朝のうちに準備してくれている。
 生活力あげたいなあ。

「料理、教えてあげる。一緒に料理動画を観ながら、作ってみようね」
「先輩、和食好きですよね」
「うん」
「和食も作れるように、がんばりますね」
「ありがと。でも、多紀くんの好きなものから始めようよ。そのほうがいいよ」
「でも俺は焼いた肉が好きなだけですからねえ」
「わかりやすくていいね。そうだ、世界中の肉料理を全部作ってみるのはどう?」
「おっ、いいですね。面白そう」

 世界中の肉料理か。
 どんなのがあるんだろう。

「世界の肉料理……なんだろ。焼肉以外思い浮かばないです」
「ローストビーフは好き? 表面しか焼いてないけど」
「好きです。何枚でもいけちゃう。バーベキューとか?」
「ガイヤーン。タイの焼きとり」
「んー、ステーキ」
「トンポーロー。角煮のこと」

 これは山手線ゲームだな。
 俺たちはうつ伏せて枕を抱え、胸を起こして肘を突いて、『世界の肉料理』というお題に思いを馳せる。

「ケバブ!」
「シュラスコ。ブラジルの串焼き」
「……フォアグラ?」
「モツもありにする? 幅が広くなるね。ハギス」
「とんかつ!」
「サムギョプサル」
「ソーセージはどうですか?」
「ありかな。北京ダック」
「ハム!」
「キドニーパイ」
「チキンナゲット……!」
「シュクメルリ。ジョージア料理」
「ファミチキ!」
「パテ・ド・カンパーニュ」

 絶対に勝てない気がしてきた。
 和臣さんって海外赴任していないときにも営業時代には海外出張に頻繁に行っていたし、世界の肉料理には相当詳しいだろうな。
 俺と違って一度聞いたら覚えていそうだし。俺不利じゃない?
 プロ野球選手の名前とか、ファストフードのメニューとか、アニメキャラの名前にすべきだったな。次はそうしよう。

「ねえ、多紀くん」
「うう……つくね……」
「アロスティチーニ。イタリアのラム肉の串焼き。ねえ、罰ゲームはどうする?」
「えええ! 罰ゲームありですか? あ、ハンバーグ! 忘れてました!」
「シュバイネハクセ。ドイツ料理」
「なにそれえ……」
「豚の脚のロースト。ザワークラウトと一緒に食べた。ミュンヘンで」
「ななチキ!」

 和臣さんはくすくす笑いながら許してくれる。

「スペアリブ」
「このままじゃ負けちゃう……マンガ肉はどうですか……」
「えー……、あ、食べてみたいからアリかな。フリカッセ」
「ベーコン!」
「ターフェルシュピッツ。ウィーンで食べた、オーストリアの牛肉料理」
「見たことも聞いたこともないです……」
「じゃあ、しゃぶしゃぶ」
「それ俺にください!」
「いいよ?」
「しゃぶしゃぶ!」
「すき焼き」
「それもください~!」
「いいよ。ビーフストロガノフ」
「すき焼き!」
「からあげ」
「かっ、からあげクンのレッド!」
「さすがにナシ」
「ああああ」
「あはは!」

 俺が負けを認めて頭を抱えていると和臣さんは嬉しそうに笑っている。俺もひとしきり叫んで笑う。

「これ以上思いつかないです!」
「チャーシュー、サラミ、ルンダン、グヤーシュ、馬刺し、ジンギスカン、ポルケッタ、レチョン……」
「絶対勝てない……!」
「多紀くんが……俺に勝つ?」
「あっ! 本音ですねそれ!」
「えへへ」

 罰ゲーム代わりだと言って、和臣さんは俺の肩にすり寄ってくる。引き寄せられる。重なって笑い合っていると楽しい。
 気持ちよくてうつらうつらしながら俺は言った。

「……ここ、ベランダから花火が観れるらしいですよ。こないだエントランスで下の階の人に聞きました」
「ちょっとひらけてるもんね」
「一緒に観ましょ。ビールでも呑みながら」
「明日にでも夏になればいいのに……」
「あっという間ですよ。夏までに、さっきの肉料理作りましょ。ビールに合うやつ。からあげは鉄板」

 俺がそう言うと、和臣さんはうんと頷いて、俺の名前を呼びながら、俺の髪を撫でながら、強く抱きしめてくる。
 俺はその背を柔らかく抱いて、とんとんしたり、同じように髪に触れて撫でてみたり。
 しばらくして離れて、どちらからともなく口づけた。
しおりを挟む
感想 316

あなたにおすすめの小説

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

執着男に勤務先を特定された上に、なんなら後輩として入社して来られちゃった

パイ生地製作委員会
BL
【登場人物】 陰原 月夜(カゲハラ ツキヤ):受け 社会人として気丈に頑張っているが、恋愛面に関しては後ろ暗い過去を持つ。晴陽とは過去に高校で出会い、恋に落ちて付き合っていた。しかし、晴陽からの度重なる縛り付けが苦しくなり、大学入学を機に逃げ、遠距離を理由に自然消滅で晴陽と別れた。 太陽 晴陽(タイヨウ ハルヒ):攻め 明るく元気な性格で、周囲からの人気が高い。しかしその実、月夜との関係を大切にするあまり、執着してしまう面もある。大学卒業後、月夜と同じ会社に入社した。 【あらすじ】  晴陽と月夜は、高校時代に出会い、互いに深い愛情を育んだ。しかし、海が大学進学のため遠くに引っ越すことになり、二人の間には別れが訪れた。遠距離恋愛は困難を伴い、やがて二人は別れることを決断した。  それから数年後、月夜は大学を卒業し、有名企業に就職した。ある日、偶然の再会があった。晴陽が新入社員として月夜の勤務先を訪れ、再び二人の心は交わる。時間が経ち、お互いが成長し変わったことを認識しながらも、彼らの愛は再燃する。しかし、遠距離恋愛の過去の痛みが未だに彼らの心に影を落としていた。 更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl 制作秘話ブログ: https://piedough.fanbox.cc/ メッセージもらえると泣いて喜びます:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

きみをください

すずかけあおい
BL
定食屋の店員の啓真はある日、常連のイケメン会社員に「きみをください」と注文されます。 『優しく執着』で書いてみようと思って書いた話です。

処理中です...