エリート先輩はうかつな後輩に執着する

３ ある長期休暇の頃

三 ルームシェアをしている

　どうやら、カズ先輩とルームシェアをしはじめた、初日だったらしい。
　帰宅して、部屋を眺める。
　東京の一等地の賃貸としてかなり広い。建物は古いものの、内装はリフォームしたのか新しくてきれい。俺も引っ越し当日なわけだから、見覚えがないのは当たり前か。
　思い出せることはなさそう。
　少し歩き疲れて、作ってあったコーヒーにできあがったばかりの氷を入れて、ふたりでカウンターテーブルに並んで掛けて飲む。
　それにしても……ルームシェアというよりは、二人暮らしという雰囲気だな？？？
　それぞれの部屋はなくて、寝室もひとつ。
　ベッドはダブルサイズのマットレスひとつ。
　どうやって男二人で寝るつもりだったんだろ？　のびのびできないんじゃないのかな……。後で買い足すつもりなんだろうけど。今夜どうするんだろ。
　まさか一緒に寝るとか？
　一晩くらい、別にいいか。
　それにしても、四年も経つと、色々変化してるものなんだなあ。

「カズ先輩、雰囲気が違いますね」
「そう？」
「がっしりしたっていうか」

　西社長も言ってたけど、首や肩、腕が逞しくなって、体つきが変わってる。

「そうだね。あ、俺、二年間、バンコクに海外赴任してたんだよ」
「へー！　バンコクですか！」
「うん。ちょうど戻ってきたんだ」

　カズ先輩はそう言って、いつもみたいに微笑んだ。
　俺は胸を撫でおろす。

「なんか安心しました」

　するとカズ先輩は不思議そうな顔をしてる。

「なにが？」
「四年経っても、カズ先輩と仲良いの、すごく嬉しいんです」

　だってさ、俺はむかしから友達作りには苦労しないほうなんだけど、両親の離婚で小学校のとき転校することになったんで人間関係がそこで一旦リセットされちゃったし、高校は本命の公立に受かってたら友達がいっぱいいたんだけど、落ちちゃって、ちょっと遠い私立に行くことになってしまったし。
　高校入学直前に親が再婚して引っ越して、高校への通学がものすごく遠くなって、通学時間だけで毎日往復四時間になっちゃったし。
　学校にいるときはクラスの友達と仲良く話せたとしても、放課後に遊ぶ時間がないのもあって、深い付き合いの人はあんまりいなかったんだよな。
　しかも、俺が社会人になったら疎遠になった。
　高校を卒業してブラック企業勤務の俺と、大学や専門学校に進学した他の人たちでは、かなり違う人生を歩んでいくものだ。
　年賀状とＳＮＳでゆるーく繋がってる程度。
　カズ先輩は、会社が近くて、カズ先輩が就職してすぐの頃に道端でバッタリ会って、それから月一回ペースで晩飯に行ったり飲みに行ったりしてたんだよな。
　そういう存在って俺にとって貴重というか。
　高校のとき、カズ先輩の交友関係の中では俺は仲良しなほうだったと思うけれど、かといって別に密な付き合いがあったわけじゃないし。
　三十前後になるまでこういう関係でいられるのがカズ先輩だなんて思いもよらないじゃん。
　大人になってまた仲良くなって三十近くなっても仲良いって、素敵じゃない？
　俺は、そんな風に思っているんだけど……。
　カズ先輩は、目をそらした。

「そうだね……」

　もう、どう評価しても暗いとしか言いようのない、深海くらいまで沈んだ返事。
　なんかまずいこといったかな……？