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2 ある聖夜のころ
十三* これ以上は言わない
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久しぶりに通話しながら晩飯を食べる。向こうも俺もチャーハン。示し合わせたのではなく単に被った。と知って、和臣さんは大喜びしていた。
和臣さんが訊いてくる。
「じゃあ多紀くんはしばらくマンスリーマンションで、西社長は行ったり来たり?」
「ええ、そんな感じです」
「場所はどこ?」
「オフィスは、和臣さんの会社が貸してるビルですよ。本社と目と鼻の先。同じ駅」
「え、そうなの?」
「はい」
オフィスビルのいちばん小さい区画。小心者の俺はビジネスは小さく始めるって西さんは言ってた。
最初は俺と西さんで、机とパソコンと電話が置いてあるだけ。
「こないだ葉子さんと野村さんと、あと他の同期の方の何人かが遊びに来てました。挨拶しましたよ」
和臣さんは、たぶん電話の向こうで頭を掻きむしっている。そういう音がしてる。
「俺がいちばん多紀くんに会いたいのに、なんで俺だけが会えないの!?」
でも俺には言いたいことがある。
いや、別にいうつもりはなかったんだけど、悶々とするくらいなら、言ったほうがいいと考え直したので、いま言う。
「でも、和臣さん、俺に会いたいって言うけど、半年くらいは会ってなくても連絡しなくても平気でしょ?」
俺が会いに行ったら逃げたこともあるし、会いに行こうとしても断ってきた。
バンコクにいなかったのは本当だろうけれど。
「平気じゃないよ。なんでそうなるんだろ? 俺はいつだって多紀くんに会いたいよ」
「にわかには信じられませんねー」
「でもさ、だってさ、俺は、多紀くんに……付き合ってもらっているわけだし、あまりワガママ言うのはよくないって……反省したんだよ……」
「え?」
いまさら?
さんざんやりたい放題しておいて?
「……」
付き合ってもらってるって、そんな風に考えてたのか。
……無理もないか。
「日本にいる恋人に四六時中連絡してるっていったら、こっちの人たちに止められてさ。恋は駆け引きだから、全部見せたら飽きられるよって。多紀くんに飽きられたくないんだもん」
呆れているよ。
「はあ、はい」
「頻繁に連絡するの、多紀くんにうざがられてるのはわかってたよ。気を引きたくてやってたけど、反応薄いし、なにが正解かわからなくて……で、相談したらズタボロに言われてさ……。お前小学生? みたいな。やめても、多紀くんは変わらないし」
画が浮かぶとシュールで面白いな。現地人にキレてる恋愛指南を受けて、反省している和臣さん。まあでも、俺も小学生みたいなもの。
「べつに、たくさん送ってもらっても構わないですけど。トカゲも気になるし……」
俺がそう言うと、和臣さんは、思い出したみたいに楽しそうに言う。
「あ、そうだ。トカゲはね。このあいだ、小さかったけど、真っ白の個体を見かけたよ。アルビノ。珍しいよね。生き残れたらいいな」
くそ、見たい……!
ずるい……!
「写真は?」
「ごめん、撮り逃した。がんばって撮っておくよ!」
「お願いします!」
いや、違う。
俺は頭を抱える。
俺たちがすべきなのは、トカゲの話ではないだろ。
もっと大切なことがある。
声が震えそう。
「…………あの、お、俺だって、か、和臣さんに会いたくないわけじゃないんですけど。連絡も、定期的にあったものが突然なくなると、心配ですし、……うざいとか思ってませんし、朝晩に電話するのだって、続けてもいいっていうか……」
「あ、多紀くん。ムラムラしてる? エッチしたい? いま通話しながらする?」
「そういうのじゃないです! からかわないでください! あー、もう! 知りませんよ!」
切ってやりたい。
切ることができない。
素直にならない俺。和臣さんも、核心に触れたくなくてごまかしを言って逃げている。そんな会話。
毎日すればいいじゃん。朝晩。連絡。通話も、メッセージだって送ればいい。
俺たちのこれまでを知らない誰かに言われて考え直す前に、俺に聞くべきでしょ。
問題のあるメッセージではありませんか? ってアプリに質問されるたびに、問題はないを押しているんだって、わかってんのか、この迷惑メール野郎。
ひとりで海外に住んでいる和臣さんに何かあったとしても、俺には情報が入ってこない。だから連絡がなければ心配するに決まってる。
心配だけではなくとも、今頃どうしているんだろうかと思わないはずがない。
不安になったとしてもプライドが許さなくて訊かない俺の自業自得でもある。連絡がない時間は、次の連絡を待っている。そんなこと口が裂けても言えない。
俺の恋愛偏差値だって、小学生レベルにも至っていない。
で、ハードモードの恋愛に翻弄されてる。
メッセージが届くたびに本当は安心してる。
だけどこの安心をずっと与えてほしいとは伝えられない。いやになるような葛藤。
してほしいことを口に出せずに察してほしいなんて、考えたくもないほど女々しい。
和臣さんは言った。
「じゃあ、毎日連絡してもいい?」
「…………いいです」
「朝も、昼も、夜も。トカゲも」
「…………はい」
しばらく沈黙。
和臣さんは、遠くのほうでちょっと笑ってる。
俺は、顔が熱い。
これ以上は絶対に言わない。
「多紀くんの今の顔が見たいな……どういう表情をしているんだろう。見たい。多紀くん、テレビ通話に切り替えてもいい?」
「いいわけないでしょ」
「明日はテレビ通話にしよ……」
和臣さんは、多紀くんに会いたいなぁ、と嬉しそうに切なそうに、何度も呟いた。
<次の章に続く>
和臣さんが訊いてくる。
「じゃあ多紀くんはしばらくマンスリーマンションで、西社長は行ったり来たり?」
「ええ、そんな感じです」
「場所はどこ?」
「オフィスは、和臣さんの会社が貸してるビルですよ。本社と目と鼻の先。同じ駅」
「え、そうなの?」
「はい」
オフィスビルのいちばん小さい区画。小心者の俺はビジネスは小さく始めるって西さんは言ってた。
最初は俺と西さんで、机とパソコンと電話が置いてあるだけ。
「こないだ葉子さんと野村さんと、あと他の同期の方の何人かが遊びに来てました。挨拶しましたよ」
和臣さんは、たぶん電話の向こうで頭を掻きむしっている。そういう音がしてる。
「俺がいちばん多紀くんに会いたいのに、なんで俺だけが会えないの!?」
でも俺には言いたいことがある。
いや、別にいうつもりはなかったんだけど、悶々とするくらいなら、言ったほうがいいと考え直したので、いま言う。
「でも、和臣さん、俺に会いたいって言うけど、半年くらいは会ってなくても連絡しなくても平気でしょ?」
俺が会いに行ったら逃げたこともあるし、会いに行こうとしても断ってきた。
バンコクにいなかったのは本当だろうけれど。
「平気じゃないよ。なんでそうなるんだろ? 俺はいつだって多紀くんに会いたいよ」
「にわかには信じられませんねー」
「でもさ、だってさ、俺は、多紀くんに……付き合ってもらっているわけだし、あまりワガママ言うのはよくないって……反省したんだよ……」
「え?」
いまさら?
さんざんやりたい放題しておいて?
「……」
付き合ってもらってるって、そんな風に考えてたのか。
……無理もないか。
「日本にいる恋人に四六時中連絡してるっていったら、こっちの人たちに止められてさ。恋は駆け引きだから、全部見せたら飽きられるよって。多紀くんに飽きられたくないんだもん」
呆れているよ。
「はあ、はい」
「頻繁に連絡するの、多紀くんにうざがられてるのはわかってたよ。気を引きたくてやってたけど、反応薄いし、なにが正解かわからなくて……で、相談したらズタボロに言われてさ……。お前小学生? みたいな。やめても、多紀くんは変わらないし」
画が浮かぶとシュールで面白いな。現地人にキレてる恋愛指南を受けて、反省している和臣さん。まあでも、俺も小学生みたいなもの。
「べつに、たくさん送ってもらっても構わないですけど。トカゲも気になるし……」
俺がそう言うと、和臣さんは、思い出したみたいに楽しそうに言う。
「あ、そうだ。トカゲはね。このあいだ、小さかったけど、真っ白の個体を見かけたよ。アルビノ。珍しいよね。生き残れたらいいな」
くそ、見たい……!
ずるい……!
「写真は?」
「ごめん、撮り逃した。がんばって撮っておくよ!」
「お願いします!」
いや、違う。
俺は頭を抱える。
俺たちがすべきなのは、トカゲの話ではないだろ。
もっと大切なことがある。
声が震えそう。
「…………あの、お、俺だって、か、和臣さんに会いたくないわけじゃないんですけど。連絡も、定期的にあったものが突然なくなると、心配ですし、……うざいとか思ってませんし、朝晩に電話するのだって、続けてもいいっていうか……」
「あ、多紀くん。ムラムラしてる? エッチしたい? いま通話しながらする?」
「そういうのじゃないです! からかわないでください! あー、もう! 知りませんよ!」
切ってやりたい。
切ることができない。
素直にならない俺。和臣さんも、核心に触れたくなくてごまかしを言って逃げている。そんな会話。
毎日すればいいじゃん。朝晩。連絡。通話も、メッセージだって送ればいい。
俺たちのこれまでを知らない誰かに言われて考え直す前に、俺に聞くべきでしょ。
問題のあるメッセージではありませんか? ってアプリに質問されるたびに、問題はないを押しているんだって、わかってんのか、この迷惑メール野郎。
ひとりで海外に住んでいる和臣さんに何かあったとしても、俺には情報が入ってこない。だから連絡がなければ心配するに決まってる。
心配だけではなくとも、今頃どうしているんだろうかと思わないはずがない。
不安になったとしてもプライドが許さなくて訊かない俺の自業自得でもある。連絡がない時間は、次の連絡を待っている。そんなこと口が裂けても言えない。
俺の恋愛偏差値だって、小学生レベルにも至っていない。
で、ハードモードの恋愛に翻弄されてる。
メッセージが届くたびに本当は安心してる。
だけどこの安心をずっと与えてほしいとは伝えられない。いやになるような葛藤。
してほしいことを口に出せずに察してほしいなんて、考えたくもないほど女々しい。
和臣さんは言った。
「じゃあ、毎日連絡してもいい?」
「…………いいです」
「朝も、昼も、夜も。トカゲも」
「…………はい」
しばらく沈黙。
和臣さんは、遠くのほうでちょっと笑ってる。
俺は、顔が熱い。
これ以上は絶対に言わない。
「多紀くんの今の顔が見たいな……どういう表情をしているんだろう。見たい。多紀くん、テレビ通話に切り替えてもいい?」
「いいわけないでしょ」
「明日はテレビ通話にしよ……」
和臣さんは、多紀くんに会いたいなぁ、と嬉しそうに切なそうに、何度も呟いた。
<次の章に続く>
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