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2 ある聖夜のころ
十 合意がいる
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夜。
連絡があって、ふと話が途切れたときに、俺は呼びかけた。
「和臣さん」
「なぁに? 多紀くん」
そんなかわいこぶって。
「西さんがめっちゃ心配してたんですよ。小野寺は大丈夫かって」
俺は西さんから聞いたことを伝える。報復人事のこととか、いろいろ。
「あはは。西社長はさ、余計なお世話」
西さんは真面目で誠実で、明るくて楽しくて、根っからの世話焼きのいい人なんだわ。
「女嫌いなのはいじめられたからなんですか」
「そうだね」
「言いたくないならいいですけど」
「妹にね」
「あ、妹さん」
「俺は美人の母親に似てフェアリーだったけど、妹は……父親似でね……。小さい頃、妹にいじめられたの。でも、俺よりも妹のほうが嫌な思いをしてたんじゃないかな? みーんな、俺のことだけを可愛い可愛い言ってたから。自分でいうのもなんだけど、凄まじく可愛かったんだよね。嫉妬もするよね」
今もイケメンだし、高校のときも美人で、他の学校からも男女問わず見に来る生徒がいたし。
小さい頃、とんでもない可愛さだっただろうな。ほんと、自分で言うかよって感じだけど。
「あ、双子だから、妹って感じじゃないよ」
「え、双子!?」
そんなの初めて知った。
「双子って言うと怒られる。まったく似てない」
「……和臣さん、自分のこととか、状況とか、俺に全然言ってくれてないですね。会社のことだって、言ってくれたらいいのに」
知らないことが多すぎる。
西さんに訊かれたって、絶対に言えない。見合いの裏側の出来事は知ってるけど、芋づる式に全部言うことになりかねないし。
「だって、多紀くんに知られたくないもん。あと、別に、俺は気にしてないんだよね。お前の顔を見せると常務の機嫌を損ねるから、しばらく支社に行けって言われてさ。選ばないなら辞めるしかないって追い込まれて、ロスかバンコクのどっちかならバンコクじゃん? ロスだとそうそう帰ってこれないでしょ」
「う……、その会社怖いです……」
働くって過酷。西さんの下にいて俺は幸せ……。
「採用試験も圧迫面接、パワハラ横行、体育会系。調整、謝罪。酒、煙草、女、接待、宴会芸、セクハラ、全裸に土下座。学閥にも属せなくて、ぜーんぜん合わないけど、でも多紀くんの会社にいちばん近かったし、大手だし、収入は高いし、バンコク行きのときは、多紀くんは大阪行っちゃって、タイミングは悪くなかったし……」
俺には言いたくなかっただけで、いろいろあったんだな。
なんの関係もなかった頃は、俺ばっかブラック企業のことを愚痴ってたな。おたくも相当じゃん。
『カズ先輩』は、後輩の俺に弱いところを見せたくなかったのかもしれないけれど、俺は『カズ先輩』がもし弱みを漏らしたとしても、なんとも思わなかったのに。
むしろ、知りたかったかもしれないのに。
「こないだも、恋人とはしばらく結婚するなって言われてさ」
「結婚するな?」
「そうそう。帰国しまくって何やってんだ? って訊かれて。恋人に会いに帰ってきてました! って正直にいったらそれ。常務まだ俺のこと許してないから、もし結婚したらアフリカ出向だぞって。やんなっちゃうよ」
和臣さんは他人事みたいにけらけら笑っている。俺は全然笑えない。
「……正直に言うからでしょ」
「今のところ結婚は考えてないっていったら、それはそれで悪い男扱い。結婚なら、本当はしたいよ……早く男同士で結婚できるようにならないかな……大好きだからってどうにもならないもんね……」
「え……」
誰とですか???
「え? 春には付き合って二年になるんだよ? 考えてもおかしくないよね?」
え、なにこれ。何の話?
押し強すぎない?
相手の同意は?
「……お、俺たち、付き合ってるったってほとんど何もしてないじゃないですか。あ、愛情が深まるようなこと」
「いっぱいしてるよ?」
「……性的な話ですか? ていうか、それしかしてなくないですか? 俺のバンコクの記憶なんか、空港とタクシーの車窓と和臣さんちのベッドの上だけなんですけど」
「だって多紀くん、エッチ大好きじゃん?」
名誉毀損だろ。
連絡があって、ふと話が途切れたときに、俺は呼びかけた。
「和臣さん」
「なぁに? 多紀くん」
そんなかわいこぶって。
「西さんがめっちゃ心配してたんですよ。小野寺は大丈夫かって」
俺は西さんから聞いたことを伝える。報復人事のこととか、いろいろ。
「あはは。西社長はさ、余計なお世話」
西さんは真面目で誠実で、明るくて楽しくて、根っからの世話焼きのいい人なんだわ。
「女嫌いなのはいじめられたからなんですか」
「そうだね」
「言いたくないならいいですけど」
「妹にね」
「あ、妹さん」
「俺は美人の母親に似てフェアリーだったけど、妹は……父親似でね……。小さい頃、妹にいじめられたの。でも、俺よりも妹のほうが嫌な思いをしてたんじゃないかな? みーんな、俺のことだけを可愛い可愛い言ってたから。自分でいうのもなんだけど、凄まじく可愛かったんだよね。嫉妬もするよね」
今もイケメンだし、高校のときも美人で、他の学校からも男女問わず見に来る生徒がいたし。
小さい頃、とんでもない可愛さだっただろうな。ほんと、自分で言うかよって感じだけど。
「あ、双子だから、妹って感じじゃないよ」
「え、双子!?」
そんなの初めて知った。
「双子って言うと怒られる。まったく似てない」
「……和臣さん、自分のこととか、状況とか、俺に全然言ってくれてないですね。会社のことだって、言ってくれたらいいのに」
知らないことが多すぎる。
西さんに訊かれたって、絶対に言えない。見合いの裏側の出来事は知ってるけど、芋づる式に全部言うことになりかねないし。
「だって、多紀くんに知られたくないもん。あと、別に、俺は気にしてないんだよね。お前の顔を見せると常務の機嫌を損ねるから、しばらく支社に行けって言われてさ。選ばないなら辞めるしかないって追い込まれて、ロスかバンコクのどっちかならバンコクじゃん? ロスだとそうそう帰ってこれないでしょ」
「う……、その会社怖いです……」
働くって過酷。西さんの下にいて俺は幸せ……。
「採用試験も圧迫面接、パワハラ横行、体育会系。調整、謝罪。酒、煙草、女、接待、宴会芸、セクハラ、全裸に土下座。学閥にも属せなくて、ぜーんぜん合わないけど、でも多紀くんの会社にいちばん近かったし、大手だし、収入は高いし、バンコク行きのときは、多紀くんは大阪行っちゃって、タイミングは悪くなかったし……」
俺には言いたくなかっただけで、いろいろあったんだな。
なんの関係もなかった頃は、俺ばっかブラック企業のことを愚痴ってたな。おたくも相当じゃん。
『カズ先輩』は、後輩の俺に弱いところを見せたくなかったのかもしれないけれど、俺は『カズ先輩』がもし弱みを漏らしたとしても、なんとも思わなかったのに。
むしろ、知りたかったかもしれないのに。
「こないだも、恋人とはしばらく結婚するなって言われてさ」
「結婚するな?」
「そうそう。帰国しまくって何やってんだ? って訊かれて。恋人に会いに帰ってきてました! って正直にいったらそれ。常務まだ俺のこと許してないから、もし結婚したらアフリカ出向だぞって。やんなっちゃうよ」
和臣さんは他人事みたいにけらけら笑っている。俺は全然笑えない。
「……正直に言うからでしょ」
「今のところ結婚は考えてないっていったら、それはそれで悪い男扱い。結婚なら、本当はしたいよ……早く男同士で結婚できるようにならないかな……大好きだからってどうにもならないもんね……」
「え……」
誰とですか???
「え? 春には付き合って二年になるんだよ? 考えてもおかしくないよね?」
え、なにこれ。何の話?
押し強すぎない?
相手の同意は?
「……お、俺たち、付き合ってるったってほとんど何もしてないじゃないですか。あ、愛情が深まるようなこと」
「いっぱいしてるよ?」
「……性的な話ですか? ていうか、それしかしてなくないですか? 俺のバンコクの記憶なんか、空港とタクシーの車窓と和臣さんちのベッドの上だけなんですけど」
「だって多紀くん、エッチ大好きじゃん?」
名誉毀損だろ。
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