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2 ある聖夜のころ
六 そわそわし、にやにやしている
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午後一時過ぎ。
近くの小料理屋。
昼飯に時々来る店で、値段も手頃ですごく美味しい。大阪は安くて美味しい店が多い。
おばんざいランチがいいというので、同じものにする。希望どおり、白ごはんとお味噌汁がついてる。銀だらの西京焼き、揚げ出し豆腐、たけのこの土佐煮、大根サラダ、小松菜のおひたし、かぶの千枚漬け。ちょっと京風。
たしかに俺もバンコクから戻ったとき、吸い寄せられるように和食系の店に入って、こういう定食を食べたな。
カウンター席で並んで食べながら、やっと近況を話しはじめた。
「お仕事、忙しかったんですね」
「そうなんだよ。あちこち行っててね。あっという間に年末だねー」
和臣さんは、恋人と半年くらい会わなくても、別に平気なんだろうか。以前はあんなに会いたかったっぽかったのに。
……仕事楽しいんだろうな。
海外赴任なんだから、こんなものかも。きっと一年目のほうがおかしかったんだよな。海外赴任した人が月一で帰ってくるなんて聞いたことないし。
和臣さんは美味しそうに食べながら言った。
「あ、そうだ。来年帰国するかも」
「え、早いですね?」
「丸二年かな。時期は会社次第。でもあと一年は、あっちでもいいかなーって思うんだけどさ」
「そうなんですか?」
「うん。赴任したばかりのころはとにかくおなか壊してたんだけど、いまは強くなったし……。板挟みで調整きついのはどこにいても一緒だけどね。でもあまり長いと、そのままにされるかもだから……十年以上も海外にいる人もいて、それは困るよね」
「そうなんですね」
和臣さんの口から仕事とか状況の話を聞くの、初めてかもしれない。日本にいたころ、ほとんど話さなかった。年収は聞いたけど。
なんだか、会わないうちに雰囲気が変わったなと思う。
むかしは表情も雰囲気も、今より繊細だった。ちょっとワイルドになってる。体格も良くなってる。元気そう。
「でも、多紀くんといたい……やっぱり戻りたいな。多紀くんともっと一緒にいたい……。ごめん、俺のことばかり。多紀くん、仕事はどう? 西社長にいじめられてない?」
「いじられることはありますね」
「逆にいじってやるといいよ。あの人、いじられるのこそ好きだから。いじるのは振りだから」
「あはは。えーっと、真鍋さんっていう事務の女の子が入社しまして、三つ下で、隣の席なんですが」
「ふうん」
「西さんとコントばっかやってます。ボケ倒しとか」
「どんな子?」
「見た目は清楚上品系なんですけど、思いの外しっかりめでパワフルですね。葉子さんほどじゃないですが」
「パワフルさにかけては、葉子はガチだよ。生まれる時代を間違えた、容姿に恵まれたコミュ強のオッサン商社マンだもの。今年の四月にマレーシアで会ったよ。元気かな。元気だろうな」
「ついこないだ、葉子さんと野村さんと、葉子さん関係の何人かの飲み会に呼ばれて行きました。元気でしたよ。鈴木がすっかり大きくなっちゃって」
と、カウンターの隣の席に座った人が、「相田くん」と声を掛けてきた。
そちらを見ると、佐伯さんと真鍋さん。二人で飯を食いに来たらしい。
「あっ、お疲れさまです」
咄嗟に指輪をしてある左手を隠す。
和臣さんのほうも隠している。たぶん見られてない。
上着のポケットの中で外しておく。
「お友だちとごはんだったんだ?」
真鍋さんは、和臣さんのことをやや驚いたような顔で見ている。たぶん顔がいいから。俳優みたいに顔が小さくて目鼻立ちが整っていて、雰囲気が柔らかくて、ちょっとみないイケメンのせい。
「あっ、はい。カズ先輩。会社の先輩と、事務の子です」
「こんにちは、相田くんと同じ営業で、佐伯といいます」
「真鍋です!」
和臣さんの説明難しいな……。
「小野寺です。西社長の元部下で、相田くんは高校の後輩です」
和臣さんと佐伯さんは名刺交換してる。
真鍋さんがこっそり訊ねてくる。
「相田さん。クリスマスデートは?」
「え? デートなんて一言もいってないですよ?」
「あんなにそわそわしてたから、騙されちゃった」
聞きつけた和臣さんはわざとらしく微笑みながら言った。
「多紀くん、デートだったんだ。ごめん、急に。邪魔したね」
「いえいえ。カズ先輩まで何を。単に、部屋の模様替えと大掃除をしたかっただけです」
実際、帰ってこなかったら大掃除予定だったんだよ。
食べ終えて二人に断って店を出る。散歩しようと言い出して、晴れた中之島を歩きながら。二人とも一度外した指輪をそれぞれつける。
「そわそわしてたの?」
「……」
和臣さんは隣を歩きながら訊いてくる。俺はそっぽを向いて歩く。
「デートだからそわそわしてたの?」
絶対、にやにやしてるに決まってる。俺はもやもやしてたんだよ。ばーか。
近くの小料理屋。
昼飯に時々来る店で、値段も手頃ですごく美味しい。大阪は安くて美味しい店が多い。
おばんざいランチがいいというので、同じものにする。希望どおり、白ごはんとお味噌汁がついてる。銀だらの西京焼き、揚げ出し豆腐、たけのこの土佐煮、大根サラダ、小松菜のおひたし、かぶの千枚漬け。ちょっと京風。
たしかに俺もバンコクから戻ったとき、吸い寄せられるように和食系の店に入って、こういう定食を食べたな。
カウンター席で並んで食べながら、やっと近況を話しはじめた。
「お仕事、忙しかったんですね」
「そうなんだよ。あちこち行っててね。あっという間に年末だねー」
和臣さんは、恋人と半年くらい会わなくても、別に平気なんだろうか。以前はあんなに会いたかったっぽかったのに。
……仕事楽しいんだろうな。
海外赴任なんだから、こんなものかも。きっと一年目のほうがおかしかったんだよな。海外赴任した人が月一で帰ってくるなんて聞いたことないし。
和臣さんは美味しそうに食べながら言った。
「あ、そうだ。来年帰国するかも」
「え、早いですね?」
「丸二年かな。時期は会社次第。でもあと一年は、あっちでもいいかなーって思うんだけどさ」
「そうなんですか?」
「うん。赴任したばかりのころはとにかくおなか壊してたんだけど、いまは強くなったし……。板挟みで調整きついのはどこにいても一緒だけどね。でもあまり長いと、そのままにされるかもだから……十年以上も海外にいる人もいて、それは困るよね」
「そうなんですね」
和臣さんの口から仕事とか状況の話を聞くの、初めてかもしれない。日本にいたころ、ほとんど話さなかった。年収は聞いたけど。
なんだか、会わないうちに雰囲気が変わったなと思う。
むかしは表情も雰囲気も、今より繊細だった。ちょっとワイルドになってる。体格も良くなってる。元気そう。
「でも、多紀くんといたい……やっぱり戻りたいな。多紀くんともっと一緒にいたい……。ごめん、俺のことばかり。多紀くん、仕事はどう? 西社長にいじめられてない?」
「いじられることはありますね」
「逆にいじってやるといいよ。あの人、いじられるのこそ好きだから。いじるのは振りだから」
「あはは。えーっと、真鍋さんっていう事務の女の子が入社しまして、三つ下で、隣の席なんですが」
「ふうん」
「西さんとコントばっかやってます。ボケ倒しとか」
「どんな子?」
「見た目は清楚上品系なんですけど、思いの外しっかりめでパワフルですね。葉子さんほどじゃないですが」
「パワフルさにかけては、葉子はガチだよ。生まれる時代を間違えた、容姿に恵まれたコミュ強のオッサン商社マンだもの。今年の四月にマレーシアで会ったよ。元気かな。元気だろうな」
「ついこないだ、葉子さんと野村さんと、葉子さん関係の何人かの飲み会に呼ばれて行きました。元気でしたよ。鈴木がすっかり大きくなっちゃって」
と、カウンターの隣の席に座った人が、「相田くん」と声を掛けてきた。
そちらを見ると、佐伯さんと真鍋さん。二人で飯を食いに来たらしい。
「あっ、お疲れさまです」
咄嗟に指輪をしてある左手を隠す。
和臣さんのほうも隠している。たぶん見られてない。
上着のポケットの中で外しておく。
「お友だちとごはんだったんだ?」
真鍋さんは、和臣さんのことをやや驚いたような顔で見ている。たぶん顔がいいから。俳優みたいに顔が小さくて目鼻立ちが整っていて、雰囲気が柔らかくて、ちょっとみないイケメンのせい。
「あっ、はい。カズ先輩。会社の先輩と、事務の子です」
「こんにちは、相田くんと同じ営業で、佐伯といいます」
「真鍋です!」
和臣さんの説明難しいな……。
「小野寺です。西社長の元部下で、相田くんは高校の後輩です」
和臣さんと佐伯さんは名刺交換してる。
真鍋さんがこっそり訊ねてくる。
「相田さん。クリスマスデートは?」
「え? デートなんて一言もいってないですよ?」
「あんなにそわそわしてたから、騙されちゃった」
聞きつけた和臣さんはわざとらしく微笑みながら言った。
「多紀くん、デートだったんだ。ごめん、急に。邪魔したね」
「いえいえ。カズ先輩まで何を。単に、部屋の模様替えと大掃除をしたかっただけです」
実際、帰ってこなかったら大掃除予定だったんだよ。
食べ終えて二人に断って店を出る。散歩しようと言い出して、晴れた中之島を歩きながら。二人とも一度外した指輪をそれぞれつける。
「そわそわしてたの?」
「……」
和臣さんは隣を歩きながら訊いてくる。俺はそっぽを向いて歩く。
「デートだからそわそわしてたの?」
絶対、にやにやしてるに決まってる。俺はもやもやしてたんだよ。ばーか。
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