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第二部 1 ある三月の春の夜
一 迷惑メール野郎
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「来月なんだけどさ」
和臣さんは、電話越しにそう切り出した。
何かを食べる音がする。たぶんいつもの屋台で買ったパッタイ。タイの焼きそば。こちらも帰宅して持ち帰った中華飯を食べているので、一緒に食事をしている感じ。晩飯はいつもこう。
バンコクと大阪を雑音まじりにつないでいる。
「あ、はい」
「最後の週の金土日で帰るんだけど、会える?」
「俺、その土曜は東京で、高校のときの友達の結婚式がありますね。一泊して日曜日に帰る予定です」
「そっか。それは行かないとね。だけど、どうしようかな。週をずらすことができそうになくって……」
「あー……日曜だけでよければ会いますか? たとえば東京で、とか」
「……ああ、そうしようかな」
「そういえば、いつも帰ってくるとき、行き帰りともに関空ですけど、ご実家って帰ってます? 帰らなくていいんですか?」
と水を向ける。
彼の実家は仙台のはずなので、関西国際空港では遠すぎるし、帰ってくるときはいつも俺のワンルームに入り浸りなので、俺が知る限り、実家には帰っていない。
「別にいいよ。実家なんてどうでも」
やっぱり。
和臣さんが海外赴任して、一年が経つ。実家には一度も帰っていないに違いない。
俺だって高校卒業して以来、親と連絡を取ってないから、本人がいいなら別にいいんだけど。
でもせっかくなんだから、俺とばっか過ごすんじゃなくて、他のこともしたらいいよ。
「俺はさ、多紀くんに会いに日本に帰ってるんだよ。付き合って一年でしょ。あれから月一回ちょっとでしか会えてないけど、もう一年経つんだよ……?」
なんだか不満そうな口振り。だけどさあ。
毎日毎日飽きもせず、一日中、一方的に、大量のメッセージを送りつけてくる。
あまりに多すぎるんで時々アプリから「問題のあるメッセージではありませんか?」って親切に訊かれるし。おたくはスパムメールか何か?
スパムメールっていうのは、受信者の意向を無視して一方的に送り付けられる迷惑メールのことだよ。
悔しいことに、内容がちょっと面白いんだよな。タイの異国情緒あふれる空気感がありありと表現されてる。象使いがいたり、突然のスコールに町の人がビニール袋被ってたり。
仕事の関係っぽい現地人と楽しそうに食事してる、色彩豊かな写真や動画付き。
街に生息する巨大トカゲを尾行する実況とか。現地時間何時何分、ミズオオトカゲ発見、追尾開始、何時何分、水辺に到着、とか。
何やってんのこの人と呆れつつ、この後、衝撃の展開が……! なんて引っ張られたら、巨大トカゲの動向からもう目が離せないじゃん。
ちゃんと仕事してるのかな。心配になる。毎朝毎晩電話してくるし。タイ語をそこそこ話せるようになった! っていうけど、語学留学だっけ?
それに、月一回て。海外赴任した人と月1で会うって、頻度高くない?
しかも月一回っていうのは、和臣さんが帰国した回数。
それとは別に、俺、バンコクに四回も行ったんだけど。魅力的な異国情緒につられて。
これもさあ……。
空港で会った瞬間に捕まえられて離してくれなくて和臣さんちに直行。二泊三日、ずっと家の中。っていうかほぼベッドの上。
観光したかったのに、くったくたで動けないし。
再渡航もやっぱりベッドの上。面白実況におびきだされたといつも後悔。
俺だってあの恐竜みたいな巨大トカゲ、一目見たいよ。四回も行ったのにまだ見てない。
でも、俺が行くと和臣さんは特に嬉しいらしくて、やたら優しく甘く愛撫されるから、溶けるみたいに気持ちよくて……。だめな俺。
いずれにせよ、付き合う前よりベッタリなのは明らかでしょ。
これの何が不満やねん。
「結構会ってると思うんですけどね……」
月一ちょっとっていうか、三週間に一度は会ってない?
今月だって和臣さんきっちり二泊三日で帰ってきてたし。
日で割ったら街を歩いてるそのへんのカップルより会ってるって絶対。
「足りない……。それに、去年はできなかったけど、多紀くん、3月31日、お誕生日でしょ? プレゼント買いに行こうよ。何がいい? 考えておいて。なんでも買うから遠慮しないでね。なんでも手に入れてあげる」
誕生日、言ってないけどなー。どうして知ってるの? 俺の個人情報、いったいどこから漏れてるの?
なんでもっていうからには、マジでなんでも買う気なんだろうな。何を望ませるつもりなんだろ。逆に怖いわ。
まあでも、それくらいはしてもらってもいいか。やりたいんだろうし。俺も誕生日に何かあげればいいわけだし。
たしか四月だったな。日までは知らないけど。すぐじゃん。
「多紀くん。金曜日は仕事だよね? 結婚式はいつ移動?」
「土曜の午前です。金曜は仕事です」
「やっぱり、金曜の朝にそっちに行くから、多紀くんの仕事が終わったら合流して、多紀くんちに泊まって、一緒に東京に行きたいな……バタバタするかな。でも多紀くんと一緒にいたい……」
「和臣さんがそれで大丈夫ならいいですよ」
なんでもいいよ。好きにしなよ。どうせ最大限、好きにするでしょ。
「親にも言われてるし、土曜日は大人しく実家に帰る……初めてだな。仕方ないか」
言われてるんじゃん。一回くらい帰ればいいよ。日本にいたとき、実家には月一回帰ってたって聞いた気がする。月一回帰国してるのにさ。
「土曜の夜は実家に泊まって……。日曜日に東京で落ちあって、そのまま一緒に大阪に帰るのはどうかな? 関空で日曜日の夜の便」
「いいですよ」
「金土日、日本にいる五十八時間、ずっと一緒にいたかったな……」
ぶつくさ言ってる。その過密スケジュールでもまだ納得いかないってどういうことなんだろ。
まあ、せっかく来るっていうなら、金曜日の午後、有給休暇とれたらとろうかな。一日は無理だけど半日ならいけそう。明日、西さんに聞いてみるか。即OK出るだろうな。
それにしても。俺、誰かと付き合うのって初めてなんだけど、付き合うってこんななの? 圧がすごい。束縛がひどい。
もしかして和臣さんもまともな交際経験なかったりしない?
怖すぎて訊けないな……。
和臣さんは、電話越しにそう切り出した。
何かを食べる音がする。たぶんいつもの屋台で買ったパッタイ。タイの焼きそば。こちらも帰宅して持ち帰った中華飯を食べているので、一緒に食事をしている感じ。晩飯はいつもこう。
バンコクと大阪を雑音まじりにつないでいる。
「あ、はい」
「最後の週の金土日で帰るんだけど、会える?」
「俺、その土曜は東京で、高校のときの友達の結婚式がありますね。一泊して日曜日に帰る予定です」
「そっか。それは行かないとね。だけど、どうしようかな。週をずらすことができそうになくって……」
「あー……日曜だけでよければ会いますか? たとえば東京で、とか」
「……ああ、そうしようかな」
「そういえば、いつも帰ってくるとき、行き帰りともに関空ですけど、ご実家って帰ってます? 帰らなくていいんですか?」
と水を向ける。
彼の実家は仙台のはずなので、関西国際空港では遠すぎるし、帰ってくるときはいつも俺のワンルームに入り浸りなので、俺が知る限り、実家には帰っていない。
「別にいいよ。実家なんてどうでも」
やっぱり。
和臣さんが海外赴任して、一年が経つ。実家には一度も帰っていないに違いない。
俺だって高校卒業して以来、親と連絡を取ってないから、本人がいいなら別にいいんだけど。
でもせっかくなんだから、俺とばっか過ごすんじゃなくて、他のこともしたらいいよ。
「俺はさ、多紀くんに会いに日本に帰ってるんだよ。付き合って一年でしょ。あれから月一回ちょっとでしか会えてないけど、もう一年経つんだよ……?」
なんだか不満そうな口振り。だけどさあ。
毎日毎日飽きもせず、一日中、一方的に、大量のメッセージを送りつけてくる。
あまりに多すぎるんで時々アプリから「問題のあるメッセージではありませんか?」って親切に訊かれるし。おたくはスパムメールか何か?
スパムメールっていうのは、受信者の意向を無視して一方的に送り付けられる迷惑メールのことだよ。
悔しいことに、内容がちょっと面白いんだよな。タイの異国情緒あふれる空気感がありありと表現されてる。象使いがいたり、突然のスコールに町の人がビニール袋被ってたり。
仕事の関係っぽい現地人と楽しそうに食事してる、色彩豊かな写真や動画付き。
街に生息する巨大トカゲを尾行する実況とか。現地時間何時何分、ミズオオトカゲ発見、追尾開始、何時何分、水辺に到着、とか。
何やってんのこの人と呆れつつ、この後、衝撃の展開が……! なんて引っ張られたら、巨大トカゲの動向からもう目が離せないじゃん。
ちゃんと仕事してるのかな。心配になる。毎朝毎晩電話してくるし。タイ語をそこそこ話せるようになった! っていうけど、語学留学だっけ?
それに、月一回て。海外赴任した人と月1で会うって、頻度高くない?
しかも月一回っていうのは、和臣さんが帰国した回数。
それとは別に、俺、バンコクに四回も行ったんだけど。魅力的な異国情緒につられて。
これもさあ……。
空港で会った瞬間に捕まえられて離してくれなくて和臣さんちに直行。二泊三日、ずっと家の中。っていうかほぼベッドの上。
観光したかったのに、くったくたで動けないし。
再渡航もやっぱりベッドの上。面白実況におびきだされたといつも後悔。
俺だってあの恐竜みたいな巨大トカゲ、一目見たいよ。四回も行ったのにまだ見てない。
でも、俺が行くと和臣さんは特に嬉しいらしくて、やたら優しく甘く愛撫されるから、溶けるみたいに気持ちよくて……。だめな俺。
いずれにせよ、付き合う前よりベッタリなのは明らかでしょ。
これの何が不満やねん。
「結構会ってると思うんですけどね……」
月一ちょっとっていうか、三週間に一度は会ってない?
今月だって和臣さんきっちり二泊三日で帰ってきてたし。
日で割ったら街を歩いてるそのへんのカップルより会ってるって絶対。
「足りない……。それに、去年はできなかったけど、多紀くん、3月31日、お誕生日でしょ? プレゼント買いに行こうよ。何がいい? 考えておいて。なんでも買うから遠慮しないでね。なんでも手に入れてあげる」
誕生日、言ってないけどなー。どうして知ってるの? 俺の個人情報、いったいどこから漏れてるの?
なんでもっていうからには、マジでなんでも買う気なんだろうな。何を望ませるつもりなんだろ。逆に怖いわ。
まあでも、それくらいはしてもらってもいいか。やりたいんだろうし。俺も誕生日に何かあげればいいわけだし。
たしか四月だったな。日までは知らないけど。すぐじゃん。
「多紀くん。金曜日は仕事だよね? 結婚式はいつ移動?」
「土曜の午前です。金曜は仕事です」
「やっぱり、金曜の朝にそっちに行くから、多紀くんの仕事が終わったら合流して、多紀くんちに泊まって、一緒に東京に行きたいな……バタバタするかな。でも多紀くんと一緒にいたい……」
「和臣さんがそれで大丈夫ならいいですよ」
なんでもいいよ。好きにしなよ。どうせ最大限、好きにするでしょ。
「親にも言われてるし、土曜日は大人しく実家に帰る……初めてだな。仕方ないか」
言われてるんじゃん。一回くらい帰ればいいよ。日本にいたとき、実家には月一回帰ってたって聞いた気がする。月一回帰国してるのにさ。
「土曜の夜は実家に泊まって……。日曜日に東京で落ちあって、そのまま一緒に大阪に帰るのはどうかな? 関空で日曜日の夜の便」
「いいですよ」
「金土日、日本にいる五十八時間、ずっと一緒にいたかったな……」
ぶつくさ言ってる。その過密スケジュールでもまだ納得いかないってどういうことなんだろ。
まあ、せっかく来るっていうなら、金曜日の午後、有給休暇とれたらとろうかな。一日は無理だけど半日ならいけそう。明日、西さんに聞いてみるか。即OK出るだろうな。
それにしても。俺、誰かと付き合うのって初めてなんだけど、付き合うってこんななの? 圧がすごい。束縛がひどい。
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