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4 ある二月の雪の夜
四 大阪に帰れないらしい
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午後九時。
飲み会はお開きになって、横殴りの雪の中を、傘を差して、俺はカズ先輩と並んで歩いていく。ネットで見る限り、新幹線は運休していて、東京駅に行っても動きそうにない。
カズ先輩は言った。
「葉子にはああ言ったけど、今夜はネカフェに泊まりなよ。俺の部屋なんて、泊まりたくないでしょ」
「……はい」
だって俺とカズ先輩って、過去に肉体関係あるからさ。そういうのやめようって俺が拒否して、お互いにやめることにしたんだから。
泊まったら、きっとまた戻ってしまう。カズ先輩が約束を守ってくれているんだから、甘えないようにしないと。無自覚に傷つけるかもしれないし。
そういえば、俺は今も昔も彼女いない歴年齢で、かといって別に、男に目覚めたわけでもなく、この半年間、仕事しかしていないけど。
カズ先輩のほうはどうなんだろう。
すぐに恋人ができそうな男ではある。ちょっと見ないイケメンだし、高学歴高収入高身長という一昔前でいう三高だし。
半年も経てば、状況なんかいくらでも変わるよね。
お見合いも来てるかもしれないし。
俺を泊まらせても何もしない程度には、新しい方向に踏み出せてるのかな……。秘密主義で何も言わないんだよね。
「タキくんが元気そうでよかった。心配してたんだ」
カズ先輩は以前のように微笑んだ。
俺たちがまだ、ただの先輩と後輩だったときみたいに。
俺は泣きそうになる。ブラック企業で疲弊していたときに、この人と待ち合わせをしてこの笑顔に迎えられたときの安心感を思い出す。
いつだって優しくて、気遣ってくれた。寄り添って、話を聞いてくれた。くだらない笑い話として昇華しないとやってられないような愚痴を、いつも、心配そうにしながらも聞いてくれてた。ただ聞いてくれるだけでも、その存在に、どれほど救われてたか。
大好きだったんだ。
西さんにも話を通してくれてさ。転職するの怖かったけど、助かったんだよ。
あの関係に戻れたらいいのに。
でも俺との関係は、カズ先輩を苦しめていたわけで。
ままならないな。
「カズ先輩のおかげで、うまくやれてます。ありがとうございます」
俺はことさら明るく言って、頭を下げた。
カズ先輩は嬉しそう。
「大阪、楽しい?」
「はい! 楽しいです。遊びに行くとこたくさんありますし。文化が違って刺激的です! 西さんは優しいですし、仕事も楽しいです」
「よかった。西社長はいい人だよ。いい加減だけど」
「あのいい加減さが、楽っていうか、ほどよいというか」
かったるそうだけど、仕事はきちんとするタイプで、スタッフとの人間関係良好。派遣社員の人の事情を全員分覚えてるくらい記憶していて、細かい声掛けが多くて嬉しいし、頼りがいがある。
できない風に見せかけたできる男。それが西さん。ちょっと肥えてるけどハンサム。社長って呼ばれるのは固辞するので、やむなくさん付け。
「上司にするにはいいよね。責任取ってくれるし。西社長、もとは本社で営業やってたんだ。俺の入社当時の上司だったの」
「あ、そうだったんですか!」
「うん。おおらかで人徳がある人でね。大丈夫だとはわかってたけど。タキくんも合っているみたいでよかった。元気そうでなにより」
「カズ先輩は……あ、少し痩せました?」
「あ、うん」
少しやつれた雰囲気なのは、疲れてるからかな。夜も遅いし。
歩きながら気づく。カズ先輩のマンション、ここから近いな。そろそろ退散しないと危ないな。
「じゃあ、このへんで。俺、ネカフェ探します。おやすみなさい」
俺はそう言って片手をあげる。
カズ先輩も同じように片手をあげて、笑顔で、以前みたいに別れる。
「おやすみ。気をつけてね」
飲み会はお開きになって、横殴りの雪の中を、傘を差して、俺はカズ先輩と並んで歩いていく。ネットで見る限り、新幹線は運休していて、東京駅に行っても動きそうにない。
カズ先輩は言った。
「葉子にはああ言ったけど、今夜はネカフェに泊まりなよ。俺の部屋なんて、泊まりたくないでしょ」
「……はい」
だって俺とカズ先輩って、過去に肉体関係あるからさ。そういうのやめようって俺が拒否して、お互いにやめることにしたんだから。
泊まったら、きっとまた戻ってしまう。カズ先輩が約束を守ってくれているんだから、甘えないようにしないと。無自覚に傷つけるかもしれないし。
そういえば、俺は今も昔も彼女いない歴年齢で、かといって別に、男に目覚めたわけでもなく、この半年間、仕事しかしていないけど。
カズ先輩のほうはどうなんだろう。
すぐに恋人ができそうな男ではある。ちょっと見ないイケメンだし、高学歴高収入高身長という一昔前でいう三高だし。
半年も経てば、状況なんかいくらでも変わるよね。
お見合いも来てるかもしれないし。
俺を泊まらせても何もしない程度には、新しい方向に踏み出せてるのかな……。秘密主義で何も言わないんだよね。
「タキくんが元気そうでよかった。心配してたんだ」
カズ先輩は以前のように微笑んだ。
俺たちがまだ、ただの先輩と後輩だったときみたいに。
俺は泣きそうになる。ブラック企業で疲弊していたときに、この人と待ち合わせをしてこの笑顔に迎えられたときの安心感を思い出す。
いつだって優しくて、気遣ってくれた。寄り添って、話を聞いてくれた。くだらない笑い話として昇華しないとやってられないような愚痴を、いつも、心配そうにしながらも聞いてくれてた。ただ聞いてくれるだけでも、その存在に、どれほど救われてたか。
大好きだったんだ。
西さんにも話を通してくれてさ。転職するの怖かったけど、助かったんだよ。
あの関係に戻れたらいいのに。
でも俺との関係は、カズ先輩を苦しめていたわけで。
ままならないな。
「カズ先輩のおかげで、うまくやれてます。ありがとうございます」
俺はことさら明るく言って、頭を下げた。
カズ先輩は嬉しそう。
「大阪、楽しい?」
「はい! 楽しいです。遊びに行くとこたくさんありますし。文化が違って刺激的です! 西さんは優しいですし、仕事も楽しいです」
「よかった。西社長はいい人だよ。いい加減だけど」
「あのいい加減さが、楽っていうか、ほどよいというか」
かったるそうだけど、仕事はきちんとするタイプで、スタッフとの人間関係良好。派遣社員の人の事情を全員分覚えてるくらい記憶していて、細かい声掛けが多くて嬉しいし、頼りがいがある。
できない風に見せかけたできる男。それが西さん。ちょっと肥えてるけどハンサム。社長って呼ばれるのは固辞するので、やむなくさん付け。
「上司にするにはいいよね。責任取ってくれるし。西社長、もとは本社で営業やってたんだ。俺の入社当時の上司だったの」
「あ、そうだったんですか!」
「うん。おおらかで人徳がある人でね。大丈夫だとはわかってたけど。タキくんも合っているみたいでよかった。元気そうでなにより」
「カズ先輩は……あ、少し痩せました?」
「あ、うん」
少しやつれた雰囲気なのは、疲れてるからかな。夜も遅いし。
歩きながら気づく。カズ先輩のマンション、ここから近いな。そろそろ退散しないと危ないな。
「じゃあ、このへんで。俺、ネカフェ探します。おやすみなさい」
俺はそう言って片手をあげる。
カズ先輩も同じように片手をあげて、笑顔で、以前みたいに別れる。
「おやすみ。気をつけてね」
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