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4 ある二月の雪の夜

二 転職したらしい

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 二月初旬。木曜日。
 午後六時。

「ただいま戻りましたー」

 外回りからオフィスに戻ってきた俺に、デスクでパソコンに向かっていた西さんが顔を上げて、のんびりした声で訊ねてくる。

「相田くん、おかえりー。外どやったー?」

 西さんは俺の上司で、四十代前半男性、若干小太りだけどハンサム系の、この会社の社長。グループ会社の人材派遣部門が独立した形で子会社化していて、オフィスはここ大阪、北浜。
 雑居ビルの八階。社員は十人。内勤スタッフはすでに帰っていて、事務スペースには西さんだけ。
 半年前に中途入社して、つい先日正社員に切り替わったばかりの俺がいちばん下っ端で、西さんにいろいろ教えてもらいつつ、慣れてきたところ。
 ちなみに西さんは社長だけど社長と呼ばれるのは苦手だそうで、さん付け。
 コートを脱いでポールハンガーに掛けながら俺は答える。西さんは、仕事については訊いてない。質問は、天気だ。

「ちょっと降ってます。雪」
「ちょっとって嘘やーん。俺さっき煙草吸いに屋上出たとき、めっちゃ降っとってん」
「大阪基準だとめっちゃかもです」
「こんな降るとか寒いとか、ありえへんわ。凍ってまうわ」

 今週は大寒波が日本列島全域を襲い、大阪にも雪が降っている。といっても積もるほどではない、溶けていくだけの雪だけれど。
 西さんに言わせると、未曽有の事態らしい。

「いうて、関東はもっと寒いな」
「そうですね。あっちに比べると、大阪はまだ秋っぽいですよね」
「それな」

 大阪に来て、温暖さに驚いた。これほど気候が違うんだ。冬はいいけど、この分だと夏はしんどいかも。

「あー。こんな寒いのに明日東京やん。しんど」

 明日は、西さんと一緒に東京出張の予定だ。グループ会社と連携している内部システムの大規模な刷新がおこなわれるので、その説明会と、いくつかの関連会社が派遣社員を入れるというので、紹介ついでに企業の要望をヒアリング予定なのである。
 それにしても、東京か……。
 大阪に引っ越ししてから、一度も戻ってない。

「寒いですもんねえ。あっちはもっと降るみたいですし」
「ひとりで行ってみる?」
「こんなぺーぺーひとりでいいんですか」
「相田くんやったら大丈夫やわぁ」

 そんなふんわりした言い方に変えてもだめだよ。
 寒くて行きたくないだけだし。

「そういや、相田くん、土日はどうすんの? 実家は埼玉やっけ」
「いえ、実家は帰らないです。東京の友達も都合がつかないんで、金曜のうちに帰ります」
「俺、葉子と流れで飲みかも。まだわからんけど。相田くんは行かへん?」

 まずい。それは、場合によっては、葉子さんだけでは済まない。
 葉子さんには会いたいなとは思う。
 葉子さんが西さんの会社を紹介してくれたのは、去年の夏のことだ。
 前職で、東京から名古屋への異動希望は秒で却下された。なので退職届を出して、すったもんだの末、なんとか退職した。
 同時進行で、葉子さんが教えてくれたとおり、俺は西さんの会社の求人が出る前に応募させてもらえることになり、カズ先輩も話を通してくれて、すぐに採用となった。
 それから早くも半年が経っている。
 会社にも慣れて、大阪にも慣れて、馴染んできている。
 葉子さんには個人的にお礼をしたし、カズ先輩にもお礼の電話はしておいたけれど。一回きり。不義理だろうか。でも、これ以上は……。
 昨年の夏に名古屋駅で別れて以来、カズ先輩には一度も会っていない。
 やっぱり、カズ先輩と顔を合わせる可能性はできるだけ少なくしておきたいというか。
 俺のためじゃなくて、苦しがってたカズ先輩のためにも。
 今頃なにしてんのかな。本当は、会いたいんだけどな……。
 ただの先輩後輩として、会えるのであれば。

「あ、行きたいんですが……」
「なんか用事ー?」
「土曜にこっちでやりたいことがあって……」
「そうなーん。ま、ええわ。今日はさっさと帰りやー。明日早いし」
「ありがとうございます」

 俺は手元の仕事を終わらせて、会社を出ることにした。橋を渡る。
 西さんはゆるいし、仕事はグループ会社内の雇用調整なので、ルート営業のようなもので、あとはスタッフのサポート。スタッフは女性が多くていい子ばっかり。仕事自体はゆるい。ほぼ定時。
 そのわりに給料はそこそこ。年収は上がった。これからもきちんと上がるらしい。
 家賃がかかるからその分使える額は減るけれど、東京よりも家賃は安い。南森町のマンションは徒歩十分で近くて楽だし。
 あるところにはあるものなんだな、こういう環境って。
 それにしても、明日は東京かー……。
 雪がちらつく夜空を仰ぎながら、遠い場所と、あっという間の半年を思う。
 何もないといいけれど……。
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