エリート先輩はうかつな後輩に執着する

過去編 ある四月から九月の話（カズ視点）

六 ちょっとした事故

　九月下旬。土曜日。午前九時。
　美化委員だけで、花壇の植え替えのために集まっている。全員、上下ジャージだ。
　なんとなく、俺は森下と並んでいたのだが、森下のところには委員会のメンバーが次々やってきて、森下は楽しそうに絡まれている。

「森下、まだ寝てるじゃん」
「眠いっすよ。土曜なのにぃ」
「いっつも眠そうだよな。起きろ起きろ」
「うわっ、くすぐるのやめて！　弱いから！」
「弱いってきいたらやるだろ」
「ちょっとぉ！　卑怯でしょ！　あっはっは」

　楽しげだ。隣でうるさい。森下はあまり俺に話しかけてはこない。絡んでいる生徒も、俺のほうには声をかけてはこない。
　眠いなら寝ていたらいいのに。この場にいるメンバーの、誰よりも遠いはずなのに。おそらく、先生と俺以外は知らないことではあるが。
　集合して、花壇の周りに集まる。ビオラを植え替えるらしい。業者がすればいいのにと思う。早く帰って他のことをしたい。勉強したい。
　推薦はとれているものの、筆記試験はあるし、どこで何があるかわからない。
　次に失敗すれば終わりだ。俺は、自分の中にあるトラウマを払拭できない。何せ、高校受験どころか、実は中学受験も失敗したのだから。
　一通り植え替えたあと、散水栓からホースを引いて、水をまいていく。
　森下が俺を呼びにきた。

「小野寺先輩、俺、しますよ。三年生はもう帰っていいみたいですよ」
「そう。でも別にいいよ。あと少しだし」

　ここまできたら、どうせ五分もかからない。
　とそのとき、少し離れた花壇で作業をしていた女子生徒の手元が狂ったらしく、ホースが水を大量噴出しながら宙を描いた。

「きゃっ」

　空にまかれた水が、こちらに落ちてくる。思わず顔を覆う。俺も、森下も水を被った。

「うわ」
「冷たっ」
「す、すみません小野寺先輩！　すみません、すみません！　すみません！」

　二年生の女子が駆けてきて、真っ青な顔で謝罪してくる。

「別に」

　俺は森下を見た。俺は大した量ではない。少し髪が濡れただけだ。森下のほうが水を被っている。水の殆どは森下がかぶったらしい。
　俺は内心、苛々する。俺に謝るよりも、森下のほうが濡れているんだから、被害の大きい森下に謝るのが先だろうと思う。
　森下は女子に対して、のんびり言った。

「センパイは大丈夫でしたー？」
「ごめん、森下くん。私は大丈夫。森下くん、ずぶ濡れじゃん、ごめん」

　森下はジャージの上着を脱ぎながら明るく笑った。

「わはは！　ほんとだ。今日これだけで来ちゃったんで、このまま帰るとめっちゃ見られそうです！　これってすぐ乾きますかねえ？」
「どうだろ？」
「しばらく干しておこうかな？」

　首にかけていた手拭きのタオルで頭を拭きながら、上着をぱたぱたとさせる。
　そんな風で乾くはずがない。

「……森下くん、部室棟に乾燥機あるから、行こう」

　俺は呆れつつ言った。