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過去編 ある四月から九月の話(カズ視点)

五 午前六時半

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 次の月曜日の朝、午前六時半。
 俺が倉庫からホースを出していると、背後から声を掛けられたので、驚いた。
 グラウンドでは部活の朝練すらも始まったばかりの時間だ。
 振り返ると、やってきた森下も、眠い顔で驚いている。戸惑いながら訊いてくる。

「あの、あ、おはようございます。……え、小野寺先輩って、まさかいつもこの時間に来てるんですか?」
「いや……今朝は……森下くんは、なんでこんな早くに?」

 俺は挨拶も忘れたまま訊ねた。
 森下には、これからは七時半でいいと伝えようと、そして今朝は自分がすべて終わらせてしまおうと思っていたのに。
 そうしたら、教室で寝る時間が増えるだろうし。だけど、それは言わない。
 森下にとって知られたくないから、通学時間を言わなかったのだろうし、神崎先生の沽券に関わる。
 森下はやや得意げに言う。

「たまには先に来て、小野寺先輩を驚かそうと思いついたんですよ。いつも先輩のほうが先なので。でも小野寺先輩、お早いですねえ」
「今朝は、偶々、早く起きたから……」

 俺は、高校の敷地の隣地にある学生寮に住んでいる。正門まで直線距離で三十メートル。
 起きたのは六時だ。起きようと思っていた時間より遅れた。おそらく今朝だって、森下のいつもの起床時間よりも遅い。
 馬鹿だな。登校時間の差に不公平を感じないのだろうか。

「朝って気持ちいいですよね……目ぇ覚めますね……」

 と森下は言った。だがその顔はまだ寝ている。
 俺は苦笑した。

「まだ寝てるよね」

 すると森下はぼんやりしつつ言う。

「だって、眠いですし。せっかく驚かせようと思ったのに、失敗しちゃうし。思いつきだったのに、タイミングがかぶるなんて、信じられないです。こっちがびっくりさせられるなんて」
「いや、成功でしょ。俺だって驚いたよ」
「え、ほんとですか? じゃあ大成功ですね」
「うん。でもさ、七時半でいいよ。十五分に来なくても。半にしなよ。早く来たいなら止めないけど、つらそう」
「お気遣いありがとうございます。来週はお言葉に甘えて……。あ、この時間でも、もう朝練やってんですね。すごいなあ、みんな」

 俺は校庭のまばらな生徒たちの姿を見る。

「大変だよね」
「ね。すごいな……。頑張ってるの見てると、元気出ますね。俺、いつも勝手にチャージさせてもらってます」

 何が嬉しいのかわからないが、森下はとにかく嬉しそうにしながら、散水ホースを抱える。

「俺、いつもどおり、あっちのほうからしていきますね」

 そう言って去っていく背中を、俺はしばらくの間、眺めていた。
 
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