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過去編 ある四月から九月の話(カズ視点)

三 水やり当番

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 午前七時二十分。
 朝練中の部活動の声。
 校庭は、さわやかな朝の光に満ちている。俺は校庭の隅にある、清掃用具の入っている倉庫を開けて、散水ホースを用意する。自分用ともう一人用の二つ、倉庫の前に出しておく。
 校舎の下をぐるりと取り囲む花壇と、正門の周辺の花壇。散水栓はそこここにある。
 結構広いけれど、ふたりが真面目に取り組んで、シャワーのコツをつかめば、三十分以内に作業を終えられるらしい。
 前に使った人のホースの巻取りがずさんだったのでしゃがみこんでほどいていると、声を掛けられた。

「小野寺先輩。おはようございます」

 しゃがんだまま振り返る。仰ぐ。
 森下。顔を洗っていないような顔。髪の毛も梳かしていない。四方八方にはねているし、一部、鳥の巣のように絡まっている。とにかく眠そうにしている。どこかから走ってきたのか、息が少しあがっている。
 この時間に来たことを意外に思いつつ、俺は言った。

「おはよう、森下くん」
「すみません、七時半に集合だと思ってました……」
「七時半集合だから、大丈夫だよ」
「ホース、出してもらって、ありがとうございます」

 森下はぺこりとお辞儀をして、梳いていない頭を上げる。
 目が合った。
 だが森下はまだなんとなく焦点があってない様子。

「構わないよ。さっそく端からやっていこう。人も増えてくるしね」

 と言って、俺は、校庭の土の上に、指で校舎と、正門を描く。森下は隣にしゃがんで、図を覗き込む。
 俺は指で、方向を示していく。

「俺はこっちからこう。森下くんはこっちから、こう。これでいいかな?」
「わかりました」
「森下くんの範囲の散水栓は、ここと、ここと、こことここ」
「ありがとうございます」

 森下は短く言って、顔をあげて実際の位置を確認したあと、大人しく散水ホースを抱えて、指示通りの位置へ向かった。
 どうやら朝は苦手で、うるさくないらしい。口数が少ない。
 とぼけたお調子者は鳴りを潜めているようで、俺は拍子抜けしつつ、うるさくなくてよかったと安堵する。
 正直、来ないか、遅刻すると思っていた。委員会では舟を漕いでいたし、決まったときにはあんなに嫌がっていたし。月曜日の朝だなんて誰だって嫌だろうが。
 俺だって嫌だ。嫌いなものを凝縮したみたいな一日だ。いいことはひとつしかない。
 この時間は、生徒が少ない。それだけ。
 十分前に来るのだから、森下は一応、常識はあるんだとは思う。意外なことに。
 どうせ続かないだろうけど。と思いつつ、俺も作業を始めていく。
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