エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

文字の大きさ
上 下
43 / 366
過去編 ある四月から九月の話(カズ視点)

一 眠れない

しおりを挟む
 数学。二週目の問2を同じ箇所で間違えたことに気づいて、つい力が入って鉛筆の芯が折れた。根元のほうが折れたので、だいぶ削らないといけない。
 自分が情けない。無駄なことをする時間など、一分一秒たりとも、ないのに。
 午前三時。
 男子学生寮はしんと静かだ。起きている人がいなくなり、もう少し経てば起きる人がいる、途切れるような時間に差し掛かる。
 この時間に電動の鉛筆削りは使えない。隣室に響く。
 学生寮は通常は二人部屋のところ、特進科と普通科の大学進学予定者は一人部屋を与えられる。隣も進学予定者の一人部屋だ。
 勉強机の端に置いてあるペン立てのカッターナイフを取る。銀色の刃をかちかちと出していく。
 ノートの上で、左手に持った鉛筆を、右手のカッターナイフで削ぎ落していく。薄くめくれた木くずと黒鉛の粉が落ちていく。
 俺は、中国史上もっとも残酷といわれる処刑方法を思い浮かべる。
 凌遅刑。一九〇五年廃止。光緒帝。伯母は西太后。傀儡。最後は毒殺。ほどなく西太后も崩御。最後の皇帝、愛新覚羅溥儀が即位……。満州事変、関東軍……。
 黒鉛は鉛ではなくて炭素。……これはいらない。第一志望の大学は、英語、国語、地歴または数学。ボローデール山。日本で最初に鉛筆を使ったのは徳川家康。普及したのは明治維新後……。ウィーン万国博覧会。一八七三年……。
 二年生最後の模試で第一志望がC判定だったのは、また体調が悪かったせい。緊張すると胃腸が悪くなる。医者からは精神的なものだといわれている。
 高校受験で全滅したなんて、後にも先にも俺だけだ。滑り止めを含むすべての志望校がA判定だったのに、すべての本番で体調を崩した。トラウマを身体が強烈に覚えている。薬なしに眠れない。
 だが、そろそろ寝なければならない。これ以上は脳の回転に差し障る。人体は繊細かつ合理的にできている。無理を押せばどこかに皺寄せがくる。
 引き出しから薬を出して、机の端のペットボトルの水で飲む。十五分で効く。
 カッターナイフの刃に、勉強机の明かりが鋭く反射する。少しだけ手首の血管に当ててみる。冷たい。
 刃を舌で舐めてみる。唇で挟んでみる。金属の味。ひたひたと刃を味わいながら、取り留めなく考える。体を削られていく感覚に思いを馳せる。縦に刺したり、薄くめくったり。
 もうやめたい。
 月曜日。月曜日は嫌いだ。大嫌いだ。考えるだけで息ができなくなる。最初の失敗が月曜日だったから。
 早く、今すぐにでも人生が終わればいいのに。毎晩眠る前に考えている。二年間考え続けてきた。カッターナイフの刃をかちかちと戻しながら思う。
 実行するなら、日曜日がいい。月曜日が永遠に来ないように。
 やがて朝が来る。来なくてもいいのに。
しおりを挟む
感想 319

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...