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3 ある八月の熱帯夜

十二 自分には何もない(※)

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 シャワーを浴びたあとに布団に戻って、深く口づけられて応えた。
 優しいのに力強い。心から求めているみたいなキスだ。
 薄明りの中で真剣に見つめられて、本当に不思議な気分。あ、この男とまた体の関係になるんだなと思う。
 つい昨日まで無茶苦茶やられたのに、あらためて緊張してくる。舌を絡めたりなぞったり吸ったり。気持ちいい。カズ先輩はキスが上手い。
 俺は言った。

「絶対にもったいなかったですよ。かわいくておしとやかで家柄がよくて、いい学校出てて習い事してて、仕事もちゃんとしてて、出世もついてくる。そんな二十四歳女子。あ、俺と同い年だ。俺、全部ないです。それどころじゃない。俺には何もない。そのうえ男だし。マイナス」

 カズ先輩は、そんな百二十点満点の女の子を奥さんにできるほど、何でも揃った男なのにさ。代わってあげたいくらいだよ。
 カズ先輩は笑いながらちょっと怒った。

「マイナスなんて言わないでね。君は、俺の好きな人だよ。タキくんは、いつも自虐的で卑屈で、それでお笑いばかり取りにいってるけど、あんまり俺の好きな人を悪く言うと俺は怒るよ」

 口づけながら押し倒される。肌が熱い。カズ先輩は俺の首筋や、鎖骨のあたりに口づけて、舐めたりする。キスを落としてくる。胸に触れて、先端を親指で潰されると、思わず喘ぎ声が漏れる。

「んん……」
「可愛い……」

 そう言いながら、下半身を押しつけてくる。少し勃起した俺のそれに、カズ先輩の重たいものが圧し掛かる。
 俺は両手を伸ばして、まとめて握って擦り合わせた。
 カズ先輩は苦笑しながら、体を浮かせて、俺の前髪をかきわけて額にキスをしてくる。

「タキくんにされるの、すぐイきそう」
「一回イってもいいんですけど、時間ない感じ……」
「そうだね。ああ、時間がないんだった……。ごめん、腰浮かせて」

 握る手をほどいて、両足をあげる。言われるがままに腰を浮かせて、カズ先輩は腰の下にクッションを入れて嵩上げして、俺のそこを開く。ローションに濡れた指が入ってくる。

「っ……あ……ああ、先輩、あっ、あ……」
「可愛いな、すごく可愛い。タキくん」

 快感にすっかり慣れた身体は、指が入ってくるとたちまちその後のことを期待する。
 カズ先輩は丁寧にほぐして、押し当てた。先端でなぞって少しだけ入れたあとに、上から俺を見つめてくる。

「入れていい?」
「……ください……」

 そう答えると、カズ先輩は困ったように笑った。

「タキくんってサービス精神旺盛というか、過剰だよね……俺みたいな悪い奴が現れちゃったら嫌だな……」
「いや、こんなこと、カズ先輩以外とするつもり、一切ありませんから」
「うん。悪い男に引っかかっちゃだめだよ」
「いないと思いますけどね」
「タキくんのことを好きになる人は、当然いるよ」

 できれば女の子がいいな……。俺って中学生の時から『THE友達』って異名があって、女の子と友達以上の関係になれないけど。

「タキくん……、ん……」

 カズ先輩が入ってくる。

「あ……カズ先輩、あ、あ……」

 カズ先輩は、全部を挿入して、マーキングみたいに奥を擦る。浅くされながら、やさしく突かれる。その甘い緩急に、すべてを知られているという感じがする。
 俺の身体の気持ちいいところをすべて。

「うう……ああ、あ……」

 こらえようと思っても、揺さぶられると、電流のような快感が走って、どうしても濡れた声が出る。カズ先輩は両足を抱えながら優しくキスをしてきて、目を閉じながら舌を絡めて、上も下も犯される。

「んう、ん、ふ、あ、あう」

 汗が流れてくる。熱い。お互いに夢中になって全身を擦り合っているみたいで、気持ちいい。
 必死になってしがみつく。

「カ、カズ先輩、気持ちいい、あっ、あっ、あっ」
「タキくん、俺も気持ちいい……」
「そこ、されると、イく……」

 強い刺激に慣らされた身体に、執拗なまでに優しくされる。
 挿入さえ気持ちいいのだから、やっぱり俺はもうだめかも。
 身体はたぶん作り変わって、乱れて、カズ先輩なしじゃいられないようになっている気がする。俺、今後大丈夫なのかな……。
 カズ先輩の手が優しく俺を扱く。

「っ、カズ先輩、もっと、もっと強くして、もうイく……」

 限界を口にした俺の唇を奪いながら、カズ先輩は扱く速度と、突く速度をあげた。
 急激に追い詰められていく。唇が離れて唾液が糸を引く。
 俺はカズ先輩に縋りつく。

「んん、カズ先輩、せんぱい、あ、あ、気持ちいい、先輩の、大きい、気持ちい、あ、イく、あっ、いい、イく」
「タキくん、俺も、俺もイく、あ、あっ」
「先輩っ、あっ」

 同時に射精して、強張った身体を撫でながら、カズ先輩が圧し掛かってくる。
 片方の手で頬に触れられて、俺はその手に、自分の手を重ねた。
 俺の肩に頭を寄せて、鎖骨に唇を当てながら呼吸を整えているカズ先輩が、ふとうつろな視線をあげたのを捉えて、俺のほうから、カズ先輩の額に口づける。
 髪の毛を梳くように片手で撫でてみる。頭の形がよくて、小さい。ひとしきり撫でたあとにまた、少し汗ばんだ額にキスをした。

「恋人同士っぽいのなんて、わからないんですけど……」

 カズ先輩は、照れたように笑う。

「わからないくせに、センスあると思うよ」
「褒めてます?」
「すごく。でも、あんまり褒めたくないなぁ。そういうこと、できちゃうんだもんね……。ねえ、タキくん。今の好き。もっとしてほしい。いちゃいちゃしたい……」
「うん……」

 カズ先輩の肩を抱いて、額に唇を押しつけながら、ゆっくりと髪を撫でてみる。

「ああ、好きだ。タキくんが好き。夢みたい」

 でも夢は覚めるものなんだよね、とカズ先輩は、幸せそうに悲しそうに笑った。

「こんなに好きなのに、一方通行で寂しいな……。タキくんにとっては悪夢だったかもしれないけど、でも俺にとっては……覚めたくないほどの、天国みたいな夢だ……」
「何があるんですかね。カズ先輩みたいな、誰のことでも好きなように選べる男が、そんなにのめり込むほどのものが、よりにもよってこの俺に。後学のために教えてくれませんか」

 それを前面に売り出していったらもう少しモテるだろうか。

「成績が……」

 カズ先輩は、何かを言いかけた。
 だけど、続きは言わなかった。

「自慢じゃないけど成績もよくないですよ。営業成績の話。学校の成績もだったけど」
「そういうのじゃないよ……」

 と、カズ先輩は、身を起こしながらゆっくりと引き抜く。
 身体が離れていく。

「タキくんは柔軟だから、順応性高いから、こっちでも上手くやれるよ。がんばりすぎないように、がんばってね。幸せになってくれると嬉しいな……」

 カズ先輩は、俺が何も知らなかった頃のカズ先輩に戻ったみたいに、優しい笑顔でそう言った。
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