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3 ある八月の熱帯夜

八 誰とも付き合わない

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 アイスコーヒーを受け取って店を出ようとすると、会計を終えたばかりの葉子さんに、呼び止められた。

「ねえ、和臣の後輩なんだ?」

 俺は足を止めて、頷く。

「あ、はい。昔の……」
「仲良さそうだねー」
「えー、そう見えますか? こんな美人の彼女さんがいたこと、先輩、教えてくれなかったんですけど」

 カズ先輩、何やってんの? マジで。
 呼び捨てとか、カズ先輩のガラじゃないんだから、この葉子さんってカズ先輩にとって特別な人でしょ。
 俺、葉子さんに合わせる顔なくない?
 美人の彼女といわれた葉子さんは朗らかに笑った。葉子さんもアイスコーヒーを受け取って、促されて、近くの空いている二人掛けの席で向かい合う。

「ただの同期だよ、同期。わたし恋人いるし」
「あ、同期なんですか」

 なんだ、同期か。
 ちなみに俺の同期は五人いたけど、入社三ヶ月で俺以外全滅した。
 前後二年、俺以外残ってない。俺だけ。

「和臣、ずっとフリーらしいよ。誰とも付き合う気がないみたい」

 よかった。
 ……まあ、よかったのかな。そうだな、カズ先輩の本性とか行動を知ったら傷つく人がいないってことはいいことだな。
 カズ先輩って、ストーカーだし、通勤リュックに恐ろしくいかがわしいアダルトグッズを入れてる変態さんだし……。

「えー、こんなにきれいな人ばっかなのにですか? 信じられないです」
「お。君、素直でいい子だねー!」

 葉子さんは明るい。ぐいぐいくる系のコミュ強。友達の友達は友達って感じ。面倒見もよさそう。
 俺は後輩力が高めなので、なんならすでに先輩と後輩。

「え、ほんとですよ? 眩しすぎてさっきからすごい緊張してます」
「和臣の後輩のわりに言うね。なんて名前? いくつ?」

 女性と会話って癒されるな……。声高いし。
 俺、やっぱり女の子が好きだ。別にこの手のキャリアウーマンと付き合いたいとは思わないけどさ。釣り合わないし。好みじゃないし。

「相田です。二個下で」
「こっちの子?」
「いえ、俺も東京で、こっちの営業所に応援に来てるんです。異動できたらこっちに異動するんですけど。本社がブラックなんですよ」
「おー、大変だね」

 本社がいかにブラックなのかは俺の鉄板ネタなので、どのネタを使おうかと思案していると、カズ先輩がすぐに戻ってきた。

「あ、カズ先輩」

 店内に入ってくると、周りの女性に視線で追われてる。
 遠目に見てると、背の高さが際立って、注目を浴びる理由がわかる。
 けっして華やかにしようとはしていなくて、むしろ服装は地味なのに、やっぱり目立つ。立ち姿が他人と違う。背中や肩の広さや、体のバランスに、色気がにじみ出てる。
 背筋が伸びていて、隙がなくて、仕事できそう。たぶん、仕事できるんだろうな。社内の評価高そう。
 甘いマスクだけど、無表情だと少しミステリアスな感じ。
 昔はあんまり笑わなかったことを思い出した。再会してから、よく笑うようになったんだよな。
 周りの女性たちは相当ハイレベル。その人たちがカズ先輩を熱く見てる。なのにカズ先輩は俺だけ見てる。意味わかんない。
 男しかだめなのかな。あんまりその手の話、しないな。いや、一回聞いたけど、途中から、タキくんが好き、しか言わない生き物になって、誤魔化されたんだわ。

「ごめん、お待たせ。何の話してたの?」

 カズ先輩はテーブルの隣に立って、眉をひそめている。
 別に、へんなことなんか何も言わないよ。カズ先輩の名誉にかかわるし、俺だってカズ先輩のおもちゃにされてるなんて、誰にも言えないし。

「内緒。ねー、相田くん」
「……はい」

 葉子さん、やめて。
 カズ先輩、俺を睨まないで。

「和臣、こっちにおつかいに来るの珍しいじゃん。普段、なかなか来ないのに」
「ついでだったから」
「ついで? 何か用事だったんだ」
「そんなところ」

 仕事のついでにストーカーなのか、ストーカーのついでに仕事なのか。

「和臣は今日帰るの? これから浩人と飲むんだけど、一緒にどう? 相田くんもよかったら」

 あ、いいな。大勢。俺は人数が多いほうが好きだからすぐに乗り気になるけれど、カズ先輩はすぐに拒否。

「ごめん、今度にしていい? 二人で話したいことがあって」
「残念。じゃあまた今度ね」

 葉子さんはあっさりと引き下がってしまった。
 もっともっと粘ってほしかったのに。
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