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3 ある八月の熱帯夜
五 価値観が合わない
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起きたら昼前だった。あー。何時までヤってたっけ。なんか明け方だったな……。
「タキくん。食事ついでに、買い物に行かない?」
「買い物ですか? いいですけど……」
俺はカズ先輩に誘われて、カズ先輩の私服を着せられて、中華屋に行ったあと、百貨店に行った。
フロアを目的もなく回っていく。
「カズ先輩、何か欲しいものでもあるんですか?」
「ビジネスリュックかな」
カズ先輩、リュック派だよね。まだ新しいの持っているのに、好きなんだな。そう思いながらも付き合って、紳士用の売り場を歩く。ブランドばかり。
「両手空くから楽だよ」
といって、カズ先輩は手近の平台にあった黒いレザーのリュックを俺に背負わせた。
「どう?」
「たしかに楽ですね」
リュックいいな。次は俺もリュックにしようかな。
「デザインは?」
「こういうのいいですよね、シンプルで、スタイリッシュで」
「好みはある?」
「これ好きですよ」
「じゃあこれにしようか」
「カズ先輩の好みで選んでくださいよ。カズ先輩のなんだし」
「タキくんのだよ」
やっぱり、そうだと思った。
俺は言う。
「……俺にとって、これは手が出ない値段です。かといって、カズ先輩に買ってもらう理由はないです」
「俺が与えたいだけなんだけど。俺の自己満足に付き合ってほしいな」
「よくないです」
「まさかと思うけど、あのカバン、まだ使う気? ぼろぼろでしょ」
「こういうことされるの困ります」
俺は徹底的に固辞する。背負わされたリュックをおろして、台に戻す。
俺がカバンを買えるのは、百貨店じゃない。驚安の殿堂。
「じゃあ俺のお下がりを使う?」
「結局やりたいことは一緒でしょ」
カズ先輩はくすくす笑う。
「俺のこと、財布だと思えばいいんだよ。年収九百万円の財布。どう?」
「前に聞いたときより、年収上がってるし……」
「なんかね。先月、夏の賞与が出たけど、使い道ないんだよね。だから、ぱあっとさ、この土日に使い切っちゃわない?」
なんでそんな刹那的なの? 宵越しの銭は持たない江戸っ子なの? 出身は仙台でしょ?
こっちは羨ましすぎて憤死するかも。
俺の会社も、一応、夏の賞与は支給されるよ。八月下旬なのに、現時点でまだ未定だけど。
社長は賞与と言い張って、従業員は満場一致で寸志だと思っている程度の金額がね。
「食事もおごってもらってるんで、それだけで」
「あ、中華、美味しかった?」
「ええ、はい。美味しかったです……」
でも、なんか雰囲気が違うというか。なんだろ。
午後八時とか九時くらいまでになんとか仕事をばたばたっと終わらせて、待ち合わせ場所に駆けつけて、テキトーに入った定食屋でからあげ食ったりさ。
ファミレスでドリンクバーのコーラをガブ飲みして、冷めたポテトを食ったりしながら、カズ先輩に、ブラック会社の愚痴を言っていたときが、いちばん楽しかったな。
疲れた疲れたなんて、わめきながらさ。
カズ先輩は、大変だねえなんて言って、優しく、困ったみたいに笑っていて。
もちろん他人の金で食べる肉は美味しいんだけど、向かい合って、俺のことを嬉しそうに目を細めて見てくるカズ先輩の目を、今の俺はそらしてしまう。
困るんだよ。
カズ先輩の瞳が、俺のことを好きだって言ってるから。それに気づいたから。
たしかにリュックはいいけど。俺の寸志全額でも買えない金額だし、きっとカズ先輩だったら四つくらいは余裕で買えるんだろうけど。
そんなの受け取れない。食事をおごってもらうのが限界。
これ以上はいけない。そう思う。
「タキくん、遠慮しないでね。見返りがほしいわけじゃない。あ、現金にしようか? 好きなの自分で買っておいでよ」
と本物の方の財布を取り出して、札入れに指を入れはじめた。
俺は必死で止める。
「待ってください。嫌です。そんなことされる理由ないです。俺、はっきり言って、そういうの大嫌いです」
「プレゼント。受け取ってはくれない?」
「誕生日でもクリスマスでも正月でも何でもないです」
ついでに、恋人同士でもない。
え? 付き合ってないよね? 一致してるよね。そこ。
訊くの怖いんだけど。
でもおそらく、カズ先輩のほうも、俺にその点を話すのは避けている。という感じがする。そうじゃないってことはわかってる。
だから俺たちは、会うのに理由が必要なんだ。以前は、理由なんか必要ではなかったのに。
まあ、それもそうか。俺、めちゃくちゃ無理矢理やられたもんな……。
なんであれからも、流れとはいえ、何度も何度もエッチして、飯食って、喋ったりして、いま二人で並んで買い物してるんだろう。首を傾げざるを得ない。
「現金くらい受け取っておけばいいじゃん。俺は気にしないよ」
「本気で言ってます? 軽蔑するんですけど」
「蔑むような目もいいね……」
だめだ、話通じない系。
価値観がぜんぜん合わない。カズ先輩って高校の理事長の親戚だって聞いたことあるし、いいところのお坊ちゃんだと思う。食事や所作に育ちが表れてる。
それで今はそんな高収入のサラリーマンなわけでしょ。
底辺這いつくばってなんとか生きてきて、今も底辺の俺とは、そりゃ違うよね。
とにかく百貨店を出て、街を散歩することにした。こちらは新しくできた都会という雰囲気だ。東京よりも密度が低い。空が広い。雰囲気の違う、夏の午後の雑踏の中を歩く。暑いなあ。
「あ、GPSを勝手につけてたお詫びって手もあったな……」
「それ先に言ってくださいよ」
俺は笑って、カズ先輩も笑った。
「タキくん。いつ戻るの? いつもよりも出張長いね?」
「あ、なんか怪我した人がいて、一ヶ月入院らしくて、その人の応援なんで。あと一週間くらいですかね。場合によりますけど」
「そうなんだ」
「そうですね」
と軽く答えておいた。
こちらに引っ越したいという話、いつ切り出そうかな。いくらなんでも、言わないという選択肢はないだろうし。
「タキくん。食事ついでに、買い物に行かない?」
「買い物ですか? いいですけど……」
俺はカズ先輩に誘われて、カズ先輩の私服を着せられて、中華屋に行ったあと、百貨店に行った。
フロアを目的もなく回っていく。
「カズ先輩、何か欲しいものでもあるんですか?」
「ビジネスリュックかな」
カズ先輩、リュック派だよね。まだ新しいの持っているのに、好きなんだな。そう思いながらも付き合って、紳士用の売り場を歩く。ブランドばかり。
「両手空くから楽だよ」
といって、カズ先輩は手近の平台にあった黒いレザーのリュックを俺に背負わせた。
「どう?」
「たしかに楽ですね」
リュックいいな。次は俺もリュックにしようかな。
「デザインは?」
「こういうのいいですよね、シンプルで、スタイリッシュで」
「好みはある?」
「これ好きですよ」
「じゃあこれにしようか」
「カズ先輩の好みで選んでくださいよ。カズ先輩のなんだし」
「タキくんのだよ」
やっぱり、そうだと思った。
俺は言う。
「……俺にとって、これは手が出ない値段です。かといって、カズ先輩に買ってもらう理由はないです」
「俺が与えたいだけなんだけど。俺の自己満足に付き合ってほしいな」
「よくないです」
「まさかと思うけど、あのカバン、まだ使う気? ぼろぼろでしょ」
「こういうことされるの困ります」
俺は徹底的に固辞する。背負わされたリュックをおろして、台に戻す。
俺がカバンを買えるのは、百貨店じゃない。驚安の殿堂。
「じゃあ俺のお下がりを使う?」
「結局やりたいことは一緒でしょ」
カズ先輩はくすくす笑う。
「俺のこと、財布だと思えばいいんだよ。年収九百万円の財布。どう?」
「前に聞いたときより、年収上がってるし……」
「なんかね。先月、夏の賞与が出たけど、使い道ないんだよね。だから、ぱあっとさ、この土日に使い切っちゃわない?」
なんでそんな刹那的なの? 宵越しの銭は持たない江戸っ子なの? 出身は仙台でしょ?
こっちは羨ましすぎて憤死するかも。
俺の会社も、一応、夏の賞与は支給されるよ。八月下旬なのに、現時点でまだ未定だけど。
社長は賞与と言い張って、従業員は満場一致で寸志だと思っている程度の金額がね。
「食事もおごってもらってるんで、それだけで」
「あ、中華、美味しかった?」
「ええ、はい。美味しかったです……」
でも、なんか雰囲気が違うというか。なんだろ。
午後八時とか九時くらいまでになんとか仕事をばたばたっと終わらせて、待ち合わせ場所に駆けつけて、テキトーに入った定食屋でからあげ食ったりさ。
ファミレスでドリンクバーのコーラをガブ飲みして、冷めたポテトを食ったりしながら、カズ先輩に、ブラック会社の愚痴を言っていたときが、いちばん楽しかったな。
疲れた疲れたなんて、わめきながらさ。
カズ先輩は、大変だねえなんて言って、優しく、困ったみたいに笑っていて。
もちろん他人の金で食べる肉は美味しいんだけど、向かい合って、俺のことを嬉しそうに目を細めて見てくるカズ先輩の目を、今の俺はそらしてしまう。
困るんだよ。
カズ先輩の瞳が、俺のことを好きだって言ってるから。それに気づいたから。
たしかにリュックはいいけど。俺の寸志全額でも買えない金額だし、きっとカズ先輩だったら四つくらいは余裕で買えるんだろうけど。
そんなの受け取れない。食事をおごってもらうのが限界。
これ以上はいけない。そう思う。
「タキくん、遠慮しないでね。見返りがほしいわけじゃない。あ、現金にしようか? 好きなの自分で買っておいでよ」
と本物の方の財布を取り出して、札入れに指を入れはじめた。
俺は必死で止める。
「待ってください。嫌です。そんなことされる理由ないです。俺、はっきり言って、そういうの大嫌いです」
「プレゼント。受け取ってはくれない?」
「誕生日でもクリスマスでも正月でも何でもないです」
ついでに、恋人同士でもない。
え? 付き合ってないよね? 一致してるよね。そこ。
訊くの怖いんだけど。
でもおそらく、カズ先輩のほうも、俺にその点を話すのは避けている。という感じがする。そうじゃないってことはわかってる。
だから俺たちは、会うのに理由が必要なんだ。以前は、理由なんか必要ではなかったのに。
まあ、それもそうか。俺、めちゃくちゃ無理矢理やられたもんな……。
なんであれからも、流れとはいえ、何度も何度もエッチして、飯食って、喋ったりして、いま二人で並んで買い物してるんだろう。首を傾げざるを得ない。
「現金くらい受け取っておけばいいじゃん。俺は気にしないよ」
「本気で言ってます? 軽蔑するんですけど」
「蔑むような目もいいね……」
だめだ、話通じない系。
価値観がぜんぜん合わない。カズ先輩って高校の理事長の親戚だって聞いたことあるし、いいところのお坊ちゃんだと思う。食事や所作に育ちが表れてる。
それで今はそんな高収入のサラリーマンなわけでしょ。
底辺這いつくばってなんとか生きてきて、今も底辺の俺とは、そりゃ違うよね。
とにかく百貨店を出て、街を散歩することにした。こちらは新しくできた都会という雰囲気だ。東京よりも密度が低い。空が広い。雰囲気の違う、夏の午後の雑踏の中を歩く。暑いなあ。
「あ、GPSを勝手につけてたお詫びって手もあったな……」
「それ先に言ってくださいよ」
俺は笑って、カズ先輩も笑った。
「タキくん。いつ戻るの? いつもよりも出張長いね?」
「あ、なんか怪我した人がいて、一ヶ月入院らしくて、その人の応援なんで。あと一週間くらいですかね。場合によりますけど」
「そうなんだ」
「そうですね」
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