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2 ある七月の暑い夜
十二* 何が何でも
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くたくたになって全裸のまま、気を失うように寝ていた。
ふと気づいて、ベッドで顔を上げる。時計は昼過ぎだ。はあ。
悪夢見てた。すごい悪夢。
追いかけられてむしゃむしゃ食われるみたいなやつ。
カズ先輩はまだ隣で寝ている。そして俺の手首をしっかりと掴んでいる。
逃げないようにかな。逃げられるくらいのことはしたよね。俺は逃げるべきだったよね。
それにしてもよく寝るな。この人。疲れてるのかな。
俺もなんかだるくて眠い。力入らない。
外、暑いんだろうなあ。
「んん……、いま何時……?」
カズ先輩が目を覚ました。
訊ねられて、俺はもう一度、目覚まし時計を見る。
「十二時五分です」
俺が答えると、カズ先輩は気持ちよさそうに伸びをしながらおもむろに転がってきて、俺の肩に腕を回してくる。
「タキくん。お昼行かない? 昨日ステーキだったから、今日はお寿司でもいいし、焼肉でもいいし、ラーメンでも、中華でも、なんでも、タキくんが好きなものを食べさせてあげる」
「餌付けですか」
と言いながらも、俺の腹は勝手にぐうと返事をする。腹減ったな……。
カズ先輩はいつもみたいに、くすくす笑う。
「うん。タキくんが餌付けされてくれるなら、いくらでも餌付けしたい」
遠慮ないな。
俺はふと気づく。
「うわ、朝飯! 食ってない! どこ!? 廊下? 洗面所?」
慌てて上半身を起こす。いやだ。ぜったい傷んでる。もったいない。
帰りたいけどエネルギーがなくて動けない。
「たぶん玄関。もったいないけど仕方ないよ。食べちゃだめだよ。おなか壊すよ」
「食べ物を無駄にするとか最低だ俺……」
「怒った顔も、慌てる顔も、落ち込む顔もいいね……」
カズ先輩は、肩を掴んでくる。俺を引き倒しながら上になってキスしてくる。優しいキスだ。
カズ先輩は、俺のことが好きらしい。
だからなのか。その表情の幸福そうな雰囲気か。
こんなのってないくらい、散々な目にあわされてるのに。なんで許してるんだろ。いや、全然許してはないんだけど、事実上許容してる。
俺、雰囲気に飲まれすぎじゃない?
今までの積み重ねを全部壊すようなことされたのに、それでも憎めない。
俺が信じていた、柔和で、優しくて、いいところのお坊ちゃんで、幸せそうに笑うカズ先輩は、猫かぶりの猫にすぎない、偽物だったのに。
触れるだけのキスがやたらと気持ちいい。つい目を閉じてしまう。
「タキくん、好き」
「知ってます」
べつに知りたくなかった。
「九年分、言わせてほしい……君が好きで、好きで好きで……夢みたいなんだ。過去の自分に、言って回りたい。いま、タキくんとこうしてることが信じられない」
「俺もにわかには信じられないです……」
ぜんぜん違う意味だけど。
頬や唇をなめてきて、なぞられて、舌が入ってくる。
「勃ってきた。エッチしていい?」
もう嫌だ、この人。
やりたい放題すぎないか。
「カズ先輩、俺、昼飯食いたいです」
「あっ、先にお昼に行こうか。何がいい? 何が食べたい?」
と、二人で起き上がる。
俺は頭を掻きながら呟く。
「じゃあ焼肉……」
カズ先輩はくすくす笑う。
「タキくん、お肉好きだねぇ。わかった。せっかくだから、いいお店に行こうよ。ほら、前に行きたいっていってたお店、ランチ始めたの知ってる? 行ってみない?」
「え、そうなんですか? やった!」
「予約しておくから、シャワー浴びておいで」
「はーい」
絶対、食ったら帰るんだ。
食ったら……何が何でも帰らなくちゃ……。帰らないと、食われる……。
〈次の章に続く〉
ふと気づいて、ベッドで顔を上げる。時計は昼過ぎだ。はあ。
悪夢見てた。すごい悪夢。
追いかけられてむしゃむしゃ食われるみたいなやつ。
カズ先輩はまだ隣で寝ている。そして俺の手首をしっかりと掴んでいる。
逃げないようにかな。逃げられるくらいのことはしたよね。俺は逃げるべきだったよね。
それにしてもよく寝るな。この人。疲れてるのかな。
俺もなんかだるくて眠い。力入らない。
外、暑いんだろうなあ。
「んん……、いま何時……?」
カズ先輩が目を覚ました。
訊ねられて、俺はもう一度、目覚まし時計を見る。
「十二時五分です」
俺が答えると、カズ先輩は気持ちよさそうに伸びをしながらおもむろに転がってきて、俺の肩に腕を回してくる。
「タキくん。お昼行かない? 昨日ステーキだったから、今日はお寿司でもいいし、焼肉でもいいし、ラーメンでも、中華でも、なんでも、タキくんが好きなものを食べさせてあげる」
「餌付けですか」
と言いながらも、俺の腹は勝手にぐうと返事をする。腹減ったな……。
カズ先輩はいつもみたいに、くすくす笑う。
「うん。タキくんが餌付けされてくれるなら、いくらでも餌付けしたい」
遠慮ないな。
俺はふと気づく。
「うわ、朝飯! 食ってない! どこ!? 廊下? 洗面所?」
慌てて上半身を起こす。いやだ。ぜったい傷んでる。もったいない。
帰りたいけどエネルギーがなくて動けない。
「たぶん玄関。もったいないけど仕方ないよ。食べちゃだめだよ。おなか壊すよ」
「食べ物を無駄にするとか最低だ俺……」
「怒った顔も、慌てる顔も、落ち込む顔もいいね……」
カズ先輩は、肩を掴んでくる。俺を引き倒しながら上になってキスしてくる。優しいキスだ。
カズ先輩は、俺のことが好きらしい。
だからなのか。その表情の幸福そうな雰囲気か。
こんなのってないくらい、散々な目にあわされてるのに。なんで許してるんだろ。いや、全然許してはないんだけど、事実上許容してる。
俺、雰囲気に飲まれすぎじゃない?
今までの積み重ねを全部壊すようなことされたのに、それでも憎めない。
俺が信じていた、柔和で、優しくて、いいところのお坊ちゃんで、幸せそうに笑うカズ先輩は、猫かぶりの猫にすぎない、偽物だったのに。
触れるだけのキスがやたらと気持ちいい。つい目を閉じてしまう。
「タキくん、好き」
「知ってます」
べつに知りたくなかった。
「九年分、言わせてほしい……君が好きで、好きで好きで……夢みたいなんだ。過去の自分に、言って回りたい。いま、タキくんとこうしてることが信じられない」
「俺もにわかには信じられないです……」
ぜんぜん違う意味だけど。
頬や唇をなめてきて、なぞられて、舌が入ってくる。
「勃ってきた。エッチしていい?」
もう嫌だ、この人。
やりたい放題すぎないか。
「カズ先輩、俺、昼飯食いたいです」
「あっ、先にお昼に行こうか。何がいい? 何が食べたい?」
と、二人で起き上がる。
俺は頭を掻きながら呟く。
「じゃあ焼肉……」
カズ先輩はくすくす笑う。
「タキくん、お肉好きだねぇ。わかった。せっかくだから、いいお店に行こうよ。ほら、前に行きたいっていってたお店、ランチ始めたの知ってる? 行ってみない?」
「え、そうなんですか? やった!」
「予約しておくから、シャワー浴びておいで」
「はーい」
絶対、食ったら帰るんだ。
食ったら……何が何でも帰らなくちゃ……。帰らないと、食われる……。
〈次の章に続く〉
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