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7 おもちゃ箱とプロポーズ(最終章)

最終話* プロポーズ

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 午後。
 湖畔を散歩しながら、教会を訪ねた。
 キリスト教式のお墓参りでどのような作法をすればいいのかやはりわからず心配していると、文弥さんは、手を合わせておけばいいよというので、手を合わせる。
 文弥さんは白いカーネーションを二本持ってきていて、一本ずつ花立に飾った。

「次に来るときは、この子も産まれてますかね」
「うん。竜ちゃん、千影ちゃん。尚くんに力をちょうだいね」

 文弥さんは真剣に手を合わせている。

「よーし、お墓参り終わり! 理事長先生いるかなー、いないかなー。たぶんいない!」

 と、文弥さんは教会に入っていく。文弥さんがいうとおり、薄暗い聖堂には誰もいなかった。
 聖堂内のステンドグラスに木漏れ日が差して、板敷きの床に色とりどりの光が揺れている。

「尚くん。こっちにおいで」

 と、文弥さんに手を差し出されて、手を取りに隣に並んだ。
 文弥さんは俺の左手を取ると、反対の手で、スラックスのポケットをごそごそとしている。
 それから、俺の左手の薬指。婚約指輪をはめている指に、もうひとつ指輪を通した。

「あ、指輪、できたんですね!」

 先日ふたりで作りに行った指輪だ。指輪の裏側にお互いの名前を彫るのに日数を要して、後日、お店に取りに行くことになっていた。

「昨日、仕事中に電話があってね。昨日のうちに取りに行ってきたよ」

 文弥さんがもうひとつを俺の手に握らせる。お揃いの結婚指輪だ。
 俺は文弥さんの左手を取って、薬指に通した。
 文弥さんは咳払い。
 それから先日切り揃えた髪を撫でつけたり、背筋を伸ばしたり、襟をきちんとして、軽く身繕い。
 深呼吸もしてる。でも緊張してる。俺も緊張してくる。
 見つめ合った。
 そんなに心配そうな目をしなくても、大丈夫です。

「尚くん。僕と結婚して、一生そばにいてください」

 俺は「はい」と頷いた。照れるように顔を見合わせて笑う。
 噛まずに言えてよかったと、文弥さんは胸を撫で下ろした。

「本当は、ハワイの教会で、サプライズ挙式しようと思ってたの」
「そうだったんですね」
「落ち着いたら、いつかしようね」
「はい。あ、俺は、この教会でも」

 文弥さんは慌てている。

「だめだめ。ここだと法外に高いもん。いまプロポーズをしたのが理事長先生にバレたらそれだけで施設使用料とか言ってお金をとられちゃうよ」
「あはは。抜かりないですね」
「挙式や披露宴をしたいなんて言おうものなら、リッツより高額になっちゃう。それに、親族もたくさん呼べってきっとうるさいよ。お祖父様も大叔母様も伯母様もみーんな連れてこいって言われる」
「ご両親のことで、仲直りしてほしいんでしょうか」
「献金だよ。頭数、それぞれガッポリ」
「ブレませんね」

 いつか、ご親族とわかり合えたらいいなと思う。ううん。わかり合える日は、きっと、そう遠くないんだ。

「別荘に帰ろうか。見つかる前に」
「はい」
「買い物に行って、ごはんを作ろうね。尚くんにはゆっくりしてもらいたいから、僕がシェフ」
「はい」
「あと、また書面を用意するから、署名捺印してほしい」
「え? またですか?」
「うん」
「あの。気になってたんですけど、あんなに紙を書かなくたって、俺、文弥さんのこと、大好きですよ?」

 俺が言うと、文弥さんはふわふわ笑う。
 秘密みたいに小声で耳打ち。

「僕、尚くんの字がすごく好き。はじめて会ったときから」
「あ、なるほど」
「書いているときの仕草も好き」
「見られてるんですね」
「書いてくれる?」
「……はい」
「ありがとう。帰ったらすぐ用意するね。尚くん。はい、手」

 俺は文弥さんが差し出してくれた手をとって、ふたりで教会を出た。
 眩しい光に目を細める。
 夏の風が吹いている。

「あ、でも印鑑を忘れました」
「と思って、僕のほうで尚くんの認印を用意してある」
「抜かりないですねぇ……」

 あまりの用意周到ぶりに、俺は笑った。



 宣誓書

 甲と乙は、相互に、
 健やかなるときも、病めるときも、
 喜びのときも、悲しみのときも、
 富めるときも、貧しいときも、
 互いを愛し、互いを敬い、
 互いを慰め、互いを助け、
 その命ある限り、
 真心を尽くすことを誓います

 以上





〈はじめての契約つがい 終わり〉

 お読みいただきありがとうございました。

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