44 / 49
7 おもちゃ箱とプロポーズ(最終章)
五 おもちゃ箱
しおりを挟む
ひとしきり、名前を呼んでみたあと、文弥さんは、リビングの隅っこに置いてあった木箱を引き寄せて、蓋を開けた。
なかには積み木、プラレール、人形、飛行機。文弥さんのおもちゃ箱だ。ぬいぐるみもある。
「あ、カステくんとステラちゃん」
パペット人形があって、文弥さんは右にカステ、左にステラをはめた。
ゆきの製菓のマスコットキャラクターで、定番のカステラ菓子をモチーフにしている。カステが茶猫、ステラが白うさぎだ。
「こんなグッズがあったんですね」
「ううん。これは手作り」
「そうなんですか」
胸のボタンや、耳のリボンなど、細部へのこだわりが感じられ、丁寧な縫製だ。年月が経ち、布地は黄ばんでいるものの、ほつれはない。
「僕のお父さん……竜ちゃんって呼んでたんだけど。竜ちゃんが縫ったんだ。器用で、こういうの得意だったから」
「お父さんが」
「うん。実は、キャラクターを作ったのも、両親。四十年以上前……ゆきの製菓の創業何十周年記念のときに、小学生がキャラクターデザインをするって公募企画があって、当時小学生だった竜ちゃんのデザインが採用になったんだって」
「えっ、すごい……!」
「それがカステくん。それに合わせて、お母さん……千影ちゃんが描いたのがステラちゃん」
「なんだか運命的です」
「おじいさまや、おばさまたちは、覚えてなかったんだけど、両親はお互いに名前を覚えていて、でも顔は知らなくて」
「会ったことはなかったんですか?」
「うん。東京と京都にそれぞれ住んでいて、高校の修学旅行で一目みて——運命の番、ってやつ」
「運命の……」
文弥さんは懐かしむように目を細めている。
「『出会って五分でキスしちゃった!』って。千影ちゃんがあんまりにも運命運命いうから、竜ちゃんは『恥ずかしいからやめて!』って真っ赤になってたなぁ」
俺は笑った。
「ぜんぜん、みなさんに聞いてた話と違いますね」
文弥さんも笑った。
「だって、お祖父様や大叔母様たちには知られたくないんだ。べつに、そこまで悪いひとたちじゃないし、僕を育ててくれた感謝もしてる」
「はい」
「でもね」
「はい」
「でもね……」
文弥さんが言葉にできなさそうなので、俺はステラちゃんのパペットを文弥さんにもらって、手にはめて、カステくんに口付けた。
「俺、ステラちゃんのボールペン持ってます」
「知ってるよ」
「残念ながらご縁が……あっ」
「ん?」
「そっか、あのときの受付のお兄さん、文弥さん……!」
俺は声をあげた。
企業説明会で、ゆきの製菓を案内してくれた受付の男性。
はじめての参加でめちゃくちゃ緊張してがちがちだった。
長机で受付をしていたスーツの男性が、大きなカステくんがくっついた使い古したボールペンを使っていて、和んだ。
柔らかい声音で気さくに対応してくれて、一瞬にして、緊張が解けたんだ。
あのときの。
文弥さんの右手で、パペットのカステくんは、信じられないと言わんばかりに口をあんぐりと開けながら、ゆーっくり、くるぅりと回ってこちらを見つめ、ぱかぱかして言った。
「それ、いま気づいたの?」
文弥さんは唇を尖らせている。
俺は笑った。
なかには積み木、プラレール、人形、飛行機。文弥さんのおもちゃ箱だ。ぬいぐるみもある。
「あ、カステくんとステラちゃん」
パペット人形があって、文弥さんは右にカステ、左にステラをはめた。
ゆきの製菓のマスコットキャラクターで、定番のカステラ菓子をモチーフにしている。カステが茶猫、ステラが白うさぎだ。
「こんなグッズがあったんですね」
「ううん。これは手作り」
「そうなんですか」
胸のボタンや、耳のリボンなど、細部へのこだわりが感じられ、丁寧な縫製だ。年月が経ち、布地は黄ばんでいるものの、ほつれはない。
「僕のお父さん……竜ちゃんって呼んでたんだけど。竜ちゃんが縫ったんだ。器用で、こういうの得意だったから」
「お父さんが」
「うん。実は、キャラクターを作ったのも、両親。四十年以上前……ゆきの製菓の創業何十周年記念のときに、小学生がキャラクターデザインをするって公募企画があって、当時小学生だった竜ちゃんのデザインが採用になったんだって」
「えっ、すごい……!」
「それがカステくん。それに合わせて、お母さん……千影ちゃんが描いたのがステラちゃん」
「なんだか運命的です」
「おじいさまや、おばさまたちは、覚えてなかったんだけど、両親はお互いに名前を覚えていて、でも顔は知らなくて」
「会ったことはなかったんですか?」
「うん。東京と京都にそれぞれ住んでいて、高校の修学旅行で一目みて——運命の番、ってやつ」
「運命の……」
文弥さんは懐かしむように目を細めている。
「『出会って五分でキスしちゃった!』って。千影ちゃんがあんまりにも運命運命いうから、竜ちゃんは『恥ずかしいからやめて!』って真っ赤になってたなぁ」
俺は笑った。
「ぜんぜん、みなさんに聞いてた話と違いますね」
文弥さんも笑った。
「だって、お祖父様や大叔母様たちには知られたくないんだ。べつに、そこまで悪いひとたちじゃないし、僕を育ててくれた感謝もしてる」
「はい」
「でもね」
「はい」
「でもね……」
文弥さんが言葉にできなさそうなので、俺はステラちゃんのパペットを文弥さんにもらって、手にはめて、カステくんに口付けた。
「俺、ステラちゃんのボールペン持ってます」
「知ってるよ」
「残念ながらご縁が……あっ」
「ん?」
「そっか、あのときの受付のお兄さん、文弥さん……!」
俺は声をあげた。
企業説明会で、ゆきの製菓を案内してくれた受付の男性。
はじめての参加でめちゃくちゃ緊張してがちがちだった。
長机で受付をしていたスーツの男性が、大きなカステくんがくっついた使い古したボールペンを使っていて、和んだ。
柔らかい声音で気さくに対応してくれて、一瞬にして、緊張が解けたんだ。
あのときの。
文弥さんの右手で、パペットのカステくんは、信じられないと言わんばかりに口をあんぐりと開けながら、ゆーっくり、くるぅりと回ってこちらを見つめ、ぱかぱかして言った。
「それ、いま気づいたの?」
文弥さんは唇を尖らせている。
俺は笑った。
681
お気に入りに追加
1,205
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。
無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。
そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。
でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。
___________________
異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分)
些細なお気持ちでも嬉しいので、感想沢山お待ちしてます。
現在体調不良により休止中 2021/9月20日
最新話更新 2022/12月27日
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
総長の彼氏が俺にだけ優しい
桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、
関東で最強の暴走族の総長。
みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。
そんな日常を描いた話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる