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7 おもちゃ箱とプロポーズ(最終章)

五 おもちゃ箱

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 ひとしきり、名前を呼んでみたあと、文弥さんは、リビングの隅っこに置いてあった木箱を引き寄せて、蓋を開けた。
 なかには積み木、プラレール、人形、飛行機。文弥さんのおもちゃ箱だ。ぬいぐるみもある。

「あ、カステくんとステラちゃん」

 パペット人形があって、文弥さんは右にカステ、左にステラをはめた。
 ゆきの製菓のマスコットキャラクターで、定番のカステラ菓子をモチーフにしている。カステが茶猫、ステラが白うさぎだ。

「こんなグッズがあったんですね」
「ううん。これは手作り」
「そうなんですか」

 胸のボタンや、耳のリボンなど、細部へのこだわりが感じられ、丁寧な縫製だ。年月が経ち、布地は黄ばんでいるものの、ほつれはない。

「僕のお父さん……竜ちゃんって呼んでたんだけど。竜ちゃんが縫ったんだ。器用で、こういうの得意だったから」
「お父さんが」
「うん。実は、キャラクターを作ったのも、両親。四十年以上前……ゆきの製菓の創業何十周年記念のときに、小学生がキャラクターデザインをするって公募企画があって、当時小学生だった竜ちゃんのデザインが採用になったんだって」
「えっ、すごい……!」
「それがカステくん。それに合わせて、お母さん……千影ちゃんが描いたのがステラちゃん」
「なんだか運命的です」
「おじいさまや、おばさまたちは、覚えてなかったんだけど、両親はお互いに名前を覚えていて、でも顔は知らなくて」
「会ったことはなかったんですか?」
「うん。東京と京都にそれぞれ住んでいて、高校の修学旅行で一目みて——運命の番、ってやつ」
「運命の……」

 文弥さんは懐かしむように目を細めている。

「『出会って五分でキスしちゃった!』って。千影ちゃんがあんまりにも運命運命いうから、竜ちゃんは『恥ずかしいからやめて!』って真っ赤になってたなぁ」

 俺は笑った。

「ぜんぜん、みなさんに聞いてた話と違いますね」

 文弥さんも笑った。

「だって、お祖父様や大叔母様たちには知られたくないんだ。べつに、そこまで悪いひとたちじゃないし、僕を育ててくれた感謝もしてる」
「はい」
「でもね」
「はい」
「でもね……」

 文弥さんが言葉にできなさそうなので、俺はステラちゃんのパペットを文弥さんにもらって、手にはめて、カステくんに口付けた。

「俺、ステラちゃんのボールペン持ってます」
「知ってるよ」
「残念ながらご縁が……あっ」
「ん?」
「そっか、あのときの受付のお兄さん、文弥さん……!」

 俺は声をあげた。
 企業説明会で、ゆきの製菓を案内してくれた受付の男性。
 はじめての参加でめちゃくちゃ緊張してがちがちだった。
 長机で受付をしていたスーツの男性が、大きなカステくんがくっついた使い古したボールペンを使っていて、和んだ。
 柔らかい声音で気さくに対応してくれて、一瞬にして、緊張が解けたんだ。
 あのときの。
 文弥さんの右手で、パペットのカステくんは、信じられないと言わんばかりに口をあんぐりと開けながら、ゆーっくり、くるぅりと回ってこちらを見つめ、ぱかぱかして言った。

「それ、いま気づいたの?」

 文弥さんは唇を尖らせている。
 俺は笑った。
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