39 / 49
6 親族会議と解約
六* 解約しない
しおりを挟む
運転手さんに、リムジンではなく、ごくふつうのセダン車で送ってもらい、俺は文弥さんと二人でマンションに帰ってきた。
なんだか、すごく色んなことがあって、長かったなぁ。おうちに安心して、帰宅した瞬間にほっと息を吐く。
文弥さんは泣き止んでいるものの、目を腫らしていて、赤く充血して、表情はつらそう。
何も言わず、黙っていて、手を繋いで一歩先を歩く俺に連れられている。そんな感じ。
俺はお風呂を沸かして、文弥さんに先に入ってもらって、入っていてもらう間に洗濯をしたり、お湯を沸かして、いつも文弥さんが俺に淹れてくれるみたいにお茶を淹れた。
そうだ、晩御飯の買い出し、してない。スーパーに入ったところで連行されたから。
文弥さんがお風呂から出てきたら行こうかな。いつもひとりで行くけれど、ふたりで行けるかな。出かけたくないかな。
できれば、文弥さんをひとりにしたくないな。
「ごめんね。ありがと」
「いえ」
文弥さんが寝間着姿でリビングにふらふらやってくる。俺はお茶を出しながら、文弥さんのとなりに座る。
テレビもつけずに、何も話さずに。
ただ、肩を寄せて、座っていた。
文弥さんは、どんなに疲れていてもいつも元気で明るくて楽しいのに、いまは何も言わない。考えごとをしているのか、何も考えたくないのか、どこか上の空。
でもあたたかかった。
こんなふうに弱っている文弥さんも、ありだよ。
「どうしたの、尚くん。そわそわして」
「えっ、すみません」
「ううん」
「すみません、なんていうか、俺、文弥さんのことを、なんにも知らなくて」
「うん。ごめん。へんなことに巻き込んだ」
「そうじゃなくて……」
巻き込まれるのは平気。
知らないほうがいやだ。
文弥さんが俺を上目遣いに見る。俺も文弥さんを見つめる。
どちらからともなく抱き合って、口付けた。触れるだけのキス。
知りたいんだ。
隠し事とか秘密、それそのものを知りたいんじゃない。そんな野次馬根性じゃない。
文弥さんが傷ついたり、孤独なときを知りたい。そのときに、俺が傍にいてもいいのかを知りたい。
文弥さんが、自分の弱いところをさらけだしてもいいと思える存在になりたい。
隣にいてもいいのなら、隣にいたい。
「尚くん」
「……うまくいえなくて、ごめんなさい」
「尚くん、いつもごめんなさいっていうけど、こういうときは、謝らないで」
「でも、なんていうか、ちゃんと言葉にできないんです。伝えられなくて、もどかしいのに」
「言葉なんかなくったって、わかるよ」
それからは、説明はしなかった。
文弥さんも言葉少なで、しばらく、唇を通してそっと触れ合うみたいに口付けあっていた。
文弥さんは、くすくす笑いながら、訊ねてくる。
「解約しないね?」
「しません」
「もう噛んじゃったもんね」
「噛まれたし、指輪もつけていますし、入籍してるし、一緒に暮らしていますし……文弥さんがいいので……」
「僕、尚くんじゃないとだめ」
文弥さんは、俺の左手をとってその甲に口づけた。
「僕も指輪がほしい。結婚指輪、明日ふたりで買いに行かない?」
「行きます」
「仕事はさぼっちゃおー」
文弥さんは、いつもと違う笑みを浮かべている。
明日の約束。
結婚指輪。
ふたりを繋ぐものがまたひとつ増える。そんなふうに、俺たちは、積み重ねていくのだと思う。
〈6 親族会議と契約解除 終わり〉
なんだか、すごく色んなことがあって、長かったなぁ。おうちに安心して、帰宅した瞬間にほっと息を吐く。
文弥さんは泣き止んでいるものの、目を腫らしていて、赤く充血して、表情はつらそう。
何も言わず、黙っていて、手を繋いで一歩先を歩く俺に連れられている。そんな感じ。
俺はお風呂を沸かして、文弥さんに先に入ってもらって、入っていてもらう間に洗濯をしたり、お湯を沸かして、いつも文弥さんが俺に淹れてくれるみたいにお茶を淹れた。
そうだ、晩御飯の買い出し、してない。スーパーに入ったところで連行されたから。
文弥さんがお風呂から出てきたら行こうかな。いつもひとりで行くけれど、ふたりで行けるかな。出かけたくないかな。
できれば、文弥さんをひとりにしたくないな。
「ごめんね。ありがと」
「いえ」
文弥さんが寝間着姿でリビングにふらふらやってくる。俺はお茶を出しながら、文弥さんのとなりに座る。
テレビもつけずに、何も話さずに。
ただ、肩を寄せて、座っていた。
文弥さんは、どんなに疲れていてもいつも元気で明るくて楽しいのに、いまは何も言わない。考えごとをしているのか、何も考えたくないのか、どこか上の空。
でもあたたかかった。
こんなふうに弱っている文弥さんも、ありだよ。
「どうしたの、尚くん。そわそわして」
「えっ、すみません」
「ううん」
「すみません、なんていうか、俺、文弥さんのことを、なんにも知らなくて」
「うん。ごめん。へんなことに巻き込んだ」
「そうじゃなくて……」
巻き込まれるのは平気。
知らないほうがいやだ。
文弥さんが俺を上目遣いに見る。俺も文弥さんを見つめる。
どちらからともなく抱き合って、口付けた。触れるだけのキス。
知りたいんだ。
隠し事とか秘密、それそのものを知りたいんじゃない。そんな野次馬根性じゃない。
文弥さんが傷ついたり、孤独なときを知りたい。そのときに、俺が傍にいてもいいのかを知りたい。
文弥さんが、自分の弱いところをさらけだしてもいいと思える存在になりたい。
隣にいてもいいのなら、隣にいたい。
「尚くん」
「……うまくいえなくて、ごめんなさい」
「尚くん、いつもごめんなさいっていうけど、こういうときは、謝らないで」
「でも、なんていうか、ちゃんと言葉にできないんです。伝えられなくて、もどかしいのに」
「言葉なんかなくったって、わかるよ」
それからは、説明はしなかった。
文弥さんも言葉少なで、しばらく、唇を通してそっと触れ合うみたいに口付けあっていた。
文弥さんは、くすくす笑いながら、訊ねてくる。
「解約しないね?」
「しません」
「もう噛んじゃったもんね」
「噛まれたし、指輪もつけていますし、入籍してるし、一緒に暮らしていますし……文弥さんがいいので……」
「僕、尚くんじゃないとだめ」
文弥さんは、俺の左手をとってその甲に口づけた。
「僕も指輪がほしい。結婚指輪、明日ふたりで買いに行かない?」
「行きます」
「仕事はさぼっちゃおー」
文弥さんは、いつもと違う笑みを浮かべている。
明日の約束。
結婚指輪。
ふたりを繋ぐものがまたひとつ増える。そんなふうに、俺たちは、積み重ねていくのだと思う。
〈6 親族会議と契約解除 終わり〉
656
お気に入りに追加
1,205
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。
無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。
そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。
でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。
___________________
異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分)
些細なお気持ちでも嬉しいので、感想沢山お待ちしてます。
現在体調不良により休止中 2021/9月20日
最新話更新 2022/12月27日
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる