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一 来訪者
しおりを挟む階下で爆発音がした。
え!?
いま、開発途中に爆発を起こしそうな魔道具、あったっけ?
いや、心当たりがない。
僕は二階にある研究室を飛び出して、階段を駆け下りようとし、玄関ホールの人影に気づく。
この第八魔術研究所は、かつて貴族が建てた私設図書館を改築した、小さな研究施設だ。
六つの領地が集まる公国の北の辺境、国内最大の魔術アカデミーを擁して十三の学院が集まってできた学術都市ウィリスの端っこにある。
少数の研究員が在籍し、魔道具の開発実験をしている。が、来客はめったにない。
両開きの扉は全開となっていた。研究補助員とは名ばかりのお茶汲み係メイドが慌てている。
どうやら、扉を思い切り開ける音だったらしい。爆発したかと思った……。
見覚えのある人物の姿に驚いて、僕は階段を踏み外して転げ落ちた。
叫び声をあげたのは彼のほうだった。
「先生! 危ない!」
僕を受け止めたのはーーかつての教え子であり、公国を統治する元首公爵の長男ヴィンセント殿下だ。いまは軍属の身である。
美しい赤銅色の髪が見えた瞬間、すぐにわかった。
すらりとした長身で細く見えるが、軍服の下は鍛え上げられている。
「殿下……申し訳ございません!」
僕は平謝りし、慌ててその腕の中から逃れようとしたが、ヴィンセント殿下は僕の腕をとったまま、離さなかった。
「ロイ先生! なぜあなたのようなお人が、アカデミーを追われたというのです!」
ヴィンセント殿下は怒っている。
僕は慌てて、数ヶ月前の事情を説明した。
「追われたというと語弊が……隣国の国家魔術師が招へいされるので、授業の枠がなくなったんですよ。僕が担当していた魔道具設計応用は科目廃止になりまして……」
「しかし、力学だろうと設計学だろうと、先生ならば必修科目を受け持つことはできるはずです」
「いえいえ。やはり僕の専門は魔道具にありますし、必修は忙しいですし」
「しかし……! なんだってこんな小さな研究所に。アカデミー出身ならば、出世コースの第一研究所や第二研究所への道もあったでしょう」
「これくらい小規模のほうが精神的に楽で……」
「先生は無欲すぎます!」
どうしてこんなに怒ってるんだろう。温厚なヴィンセント殿下にしては珍しい。
僕の処遇に憤ってくれているとしたら、誤解させて申し訳ないと同時に、くすぐったくて嬉しかった。ヴィンセント殿下は、真面目で優しい。
若くして出世すると軋轢が生じるものだ。上としては、僕の経歴的に、平研究員というわけにはいかない。
だが、チームプレーの百人規模の研究所に入ると、最年少研究員となってしまう。
国内最高峰のアカデミーでも、やっかみはひどかった。それでも、才能がものをいう大規模な研究所よりは幾分かマシだ。
とにかく、そういうあれこれに僕は疲れてしまったのです、殿下。
「いろいろ……あって……」
それにしてもほんの数ヶ月見ないうちに、ヴィンセント殿下はさらに逞しくなった。あと、美しさに拍車がかかった。
つやつやの赤銅色の髪はきれいに切り揃えられ、透き通るような白磁の肌に、燃えるような紅の瞳。
公爵家の血筋の特徴をすべて備え、これ以上ないほど、次期元首として相応しい。
僕の1.3倍近くある背丈。大人と子どもみたいだ。
ヴィンセント殿下は、同い年だ。お互いに十八歳である。
商売熱心な田舎貴族の生まれの僕は、幼いころから、自らのアイディアで、少ない魔力でも動作する魔道具を発明し、家の商売に役立ててきた。
十歳にもなると、地方に天才発明家少年魔術師がいると噂され、首都にお呼び出しされ、城付きの魔術師として魔道具開発をしていた。
その頃に出会ったのが、ヴィンセント殿下だ。
初めて会ったとき、この世には宝石のように美しい人間が存在するのだと、あまりにも驚いた。
眉目秀麗な上、成績優秀、文武両道。何をしてもすぐに上達する柔軟さまで持ち合わせ、性格は温厚でストイック、妙なプライドの高さなどはなく、これが次期元首の品格だと感嘆したものだ。幼くして、人間としての格が違う。
次期公爵は、同い年だからか、ひよわな僕をことさら気に入ったらしい。僕は彼の家庭教師のひとりになり、魔道具について教えた。
といっても優秀すぎて、本の内容は一読で記憶してしまい、どんな問いも専門家顔負けの答えを即座に導き出し、途中からは生徒というより対等に討議をする相手で、僕のほうが勉強させてもらった。
十二歳となった僕は任期満了を機に、国内最大の魔術アカデミーで研究開発をしながら授業を受け持つこととなった。
ヴィンセント殿下は首都の士官学校に入学するものだとばかり思っていたのだが、僕のいる魔術アカデミーに入学した。
それから六年。
数ヶ月前の秋、僕はアカデミーを退職した。
半官半民の第八魔術研究所の所長が空席となったので、一時的に研究員兼所長としておさまり、つかの間の研究開発に勤しんでいる。
なんの不満もない生活だ。
「先生がアカデミーに居続けるものだと思って、隣に士官学校を設立したのに……」
「ああ、学校はいかがですか、殿下」
もともとこの街には、士官学校や軍大学は一校もなかった。
だがヴィンセント殿下の卒業に合わせて、魔術アカデミーの隣に、臨時士官学校が開校した。
ヴィンセント殿下はそこでこれから二年学び、首都に戻るはずである。
「先生がいません……」
「えっ、教員の数が足りてないんですか。たしかに急なことでしたから、一期生は手探りですよね」
「そうではなくーーロイ先生がいないのです」
「???」
ヴィンセント殿下は目を伏せる。なんだか寂しそうな様子に、僕は慌てて、二階を案内した。
「こんなところではなんです。二階にどうぞ」
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