同僚の裏の顔

みつきみつか

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3 送達先調査

5* 退職

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 三日後のことである。
 復帰した俺を待っていたのは、シマが退職したという衝撃の事実だった。
 職場に行ったらシマの姿がなく、それだけならよくあることだが、スタッフ欄にも水嶋という名前がなくなっていて、不思議に思って隣の席の後輩に訊ねたのである。

「なぁ、シマって今日なに? どこ?」
「え!? フジ先輩、シマなら昨日付けで退職しましたよ!?」

 退職……。

「退職!?」

 結局この三日間、シマは仕事帰りにうちに俺の世話をしにきていた。なのに、退職のことは一切言わなかった。
 俺があまりに粗末なメシを食っているのでお節介にもメシ作りをしたり。頭の傷が塞がったので、俺のシャンプーをしたり。
 怪我の痛みが落ち着いてきた昨夜は、セックスは無理だと思ったけど、精子が溜まっていたので抜いてくれて、しかも腰が砕けるほど舐られ、最終的には俺がねだって挿入もされた。
 頭の傷が開くとだめなので、激しくはなかった。というより、初めて、めちゃくちゃ優しくされた。
 シマは無言で、俺の体をあらためるみたいに丁寧で、優しい手つきで……。
 嬉しそうに微笑んでいて、俺の頬を撫でながら、無事でよかったですと呟いて、何度もキスをしてーー。
 俺も、やっと自分の身に起きたことのひとつひとつを振り返って、来てくれてよかっただとか言って、自分からシマの名前を呼んで、縋りついて、俺からもキスをしてーー。
 思い出すとまずいな。やめとこ。

「てか、シマ、例の事件で、フジ先輩の安否のために駆けつけたんですよね? なのになんで退職のこと、聞いてないんです?」
「調査の件、なんで知ってんの……」

 後輩に言わせると、こうだった。
 俺に降ってきたあの調査の仕事は、そもそも相手が危険な人物だという情報があったらしい。
 単に詐欺師というだけではなく、むかしから何をするかわからないと遠巻きにされていたことや、周囲に行方不明者が続発していること、さいきん送達先の住所の周辺で目撃されていることも。
 リスク回避のため二人一組のほうがよいだろうとシマは進言したのに、ケチの社長が人件費削減のため、他の人と二人で行かせると騙して、俺ピンで行かせたんだとか。
 入社二年で仕事を振る側に立つシマ、いったい何者なんだよ。俺はいつまで経っても平社員だってのに。
 とにかく俺の単独行と知ったシマは、すぐに俺を追い、俺のもとに駆けつけた。
 案の定、危険に陥っていた。それで俺は、九死に一生を得たわけだ。

「治療費を出すように迫って、社長が折れたみたいですよ」

 俺の治療費は全額会社負担にしてもらっている。
 仕事上の怪我なんだから当たり前だろ、と思うが、そうは問屋がおろさないのが我が社である。
 にもかかわらず、治療費が出ている。シマの計らいなのだそうだ。
 労災にはしてくれるなという社長に、労災と同じ扱いで金を払うように約束させたらしい。
 この約束を破ったら何かを世間に公表すると暗に脅されているとか。やはり、シマは会社の弱みを握ったようだ。
 実際、臨時手当てということで、かなりの額が前払いされていた。
 それにしても、退職って……。
 マジか~。

「あっ、八王子?」

 俺は思い出した。
 そういや、初めてセックスした夜、今の仕事が終わったら退職して田舎に帰るって、死亡フラグみたいな話、してたな?
 東京生まれのくせにどこの田舎に帰るんだよと質問した気がする。八王子は田舎じゃねぇ。
 後輩は、アダルト動画データにモザイク処理を施す仕事をしながら言った。

「ま、シマならもっといい仕事ありますよねー。こんなブラックな底辺仕事より」
「納得~」

 俺たちは学歴不問だからここにいる。あいつはMARCH卒イケメン。
 転職歴が増えると年収がさがるときくが、シマの能力なら上を目指せそうだし、まだまだ路線変更できる年齢だろう。
 退職したら、俺たちの関係はどうなるんだろう。会社に弁償してもらってスマホは新しくしたものの、メッセージアプリも連絡先もそのうちと思って空のままだ。
 いま俺、シマの連絡先を知らないんだ。そう思うと無性に焦ってくる。
 いや!? そもそも俺たちってなぜ肉体関係に至ったのかといえば、待機時間の暇つぶしに過ぎないじゃん。
 だから、これからはセックスをする理由なんてない。プライベートを侵食されつつあったものの、田舎に帰るなら、もう来なくなるのか?
 また明日、みたいな顔で昨晩帰っていったけど。

「ま、所詮、こんなとこで働く俺らとは違うんでしょうねぇ」

 それもそうだ。納得。
 でもーー、もう一度会う必要がある。と漠然と思う。今夜、俺の部屋に来るのだろうか。


 だがシマは来なかった。それに、連絡もなかった。ただ、俺のいない隙に部屋に不法侵入したらしく、「ちゃんと食べてくださいね」と、俺が美味いといった料理の作り置きをし、勝手に作った合鍵をポストに入れてあった。
 そして、連絡が途絶えたのである。



〈続く〉
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