同僚の裏の顔

みつきみつか

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1 不貞調査

1 何も起こりませんように

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 同僚の裏の顔


   一

 車窓を叩く硬質な音に顔をあげると、俺が寝ている後部座席を誰かが覗き込んでいた。
 鍵を開ける。すると、外からドアを開けられる。

「フジ先輩。これ、差し入れです」

 コンビニのビニール袋。中身は何やらたくさん入っていて、いちばん上に俺が好きなこしあんパン。

「シマ。サンキュ」

 職場の後輩シマは、車の中に滑り込んでドアを閉める。
 ひとりきりのカンヅメと眠気に限界を感じて後輩たちを呼んだのは自分である。だが、シマ以外がよかったのが本音だった。
 シマは苦笑しつつぼやいた。

「ひどいですね。俺抜きのグループで声掛け。わざとですよね」
「そんなん見てないし」
「俺一択でしょ。直接連絡くださいよ。はー、やれやれ」
「ん。もういいよ。差し入れサンキュな」
「暇で呼んだんですよね。仲良くお話ししましょ」
「いや、別に用事ないし」
「俺はありますんで。フジ先輩に。俺、この仕事が終わったらーー会社を辞めて、田舎に帰ろうと思うんです」

 完璧なる死亡フラグである。
 こしあんパンを袋から半分ほど出してかぶりつき、咀嚼した後、俺は質問した。

「え。シマ、死ぬの?」
「田舎に帰るのは自殺行為ってことですか?」
「シマ、生まれも育ちも東京だろ。帰る田舎ってどこ?」
「八王子です」
「さすがに新宿と比べればあれだけど、中央線快速で四十分じゃん。群馬の原住民の俺的に、八王子を田舎呼ばわりするなし」
「山手線の内側、その次が二十三区、外は全部田舎でいいかと」
「いっぺん吾妻に来てみろよ。お前に本物の田舎をお見せしてやる」
「先輩、地元温泉ですか。行ってみたいです」
「三日で八王子が恋しくなって禁断症状が出てくる。百円賭けてもいい」
「百円かぁ……じゃあ俺も百円……」

 なにかを賭けようとしたシマを遮り、俺は双眼鏡を覗き込み、やめた。

「待て。……別人だった」

 午後十時半。スーツの男二人。
 シルバーのコンパクトカー、車内。
 後部座席。
 先ほどまでホテル街を行き交っていたカップルの大半は、ラブホテルの出入口に吸い込まれていった。
 今頃みな、セックスをするためだけに作られた部屋でせっせと交尾に励んでいるのだろう。
 ホテル街の裏路地にある時間貸し駐車場は、いまや満車になっている。その駐車場の奥に追跡用の車を停め、約三十分。
 ターゲットである会社経営者の壮年男性は、会社を出て、食事をし、ここに来た。
 俺が調査員として働いている調査事務所に依頼をしにきた妻によれば、結婚して二十年、夫は多忙を極めており、毎晩、帰りは午前様らしい。
 だが実際に調査を開始して一週間、彼が会社を出るのは決まって午後九時。そして毎日違う高級飲食店で、ある日は寿司、ある日は焼肉、フレンチ、天ぷら……そして、午後十時にホテルに入る。
 今夜も、会社の秘書を勤める女性と、立派な社屋を出て、高級フレンチレストランで食事をし、コンビニに立ち寄って買い物をした後、駐車場からちょうど視認できるホテルに入っていった。真っ黒である。
 もっぱら不貞調査ばかりをする雇われ調査員として、楽な部類の業務だった。
 彼は行動パターンが決まっていて、警戒心はなく、女性は派手に着飾った上、ごくふつうに腕組みをして街を闊歩する。
 ふたりは不倫関係であるなど微塵も感じさせない堂々とした態度でラブホテルに入り、一戦交え、午前ゼロ時前に腕組みしながら出てきて、車の運転席と助手席に座るやいなやディープキスをし、女性が住むマンションに送迎し、道端で別れのキスをし、夫は妻が帰りを待つ家にまっすぐ帰っていく。
 このルーティンである。

「臨時ボーナス来ーい」

 俺は嘆いた。俺はこの一週間、高級飲食店を眺めながら菓子パンを食べている。
 一週間、ほぼ張り付きだった。依頼者の要望により、自宅にいるとき以外はフル追跡だ。
 ターゲットは一応、朝から夜まで働いているので、昼間は動きは少ない。とはいえ油断はできないので、待機時間はおのずと長い。人手不足で交代要員がいない。
 俺はどうしても仮眠したいから、二時間でいいから誰か来てほしいと呼んだところ、シマが来た。
 シマーー水嶋は中途採用の後輩で、同い年。二十五歳だ。入社して二年になる。同い年だが俺は高卒入社七年の先輩である。
 シマは、とにかく顔が良く、有能な男だ。インテリ風で、もし俳優ならば、主人公よりも人気が出てしまう名悪役ナンバー2とか。そんな雰囲気を醸している。
 MARCH卒のイケメン。なぜアングラ世界に片足を突っ込んでいる探偵業に就こうと思ったというのか。宝の持ち腐れである。性格は意外とお調子者でぐいぐい来る。厚かましくて俺には強引。
 シマはベンチシートの後部座席で、コンビニの袋から肉まんを出し、食べはじめた。
 どうやら居座る気らしいと知り、俺はため息を吐いた。
 今日こそ、何も起こりませんようにと願いながら。
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