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番外編5 こぼれ話

1 ルイスとレンが出会った夜の話

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「お兄さん、ビールください」

 レンは振り返った。
 午後十一時。
 またビールだ。彼はカウンター席の端っこを陣取って長い。
 いまは常連ばかりだ。オーダーは落ち着いている。空っぽになったカレー鍋を洗う前に、ごはんを入れてカレーピラフにし、レンはこっそり食事を摂っていたところだった。
 カウンター席の端っこに向かう。彼は頬杖をついている。この人、寝そう。瞼が落ちつつある。あ、そうだ、片づけないと。
 水も出そうか。

「ビールですね。空いているジョッキ、おさげしてもよろしいでしょうか」
「ん。ああ、すみません」

 不器用そうに、形の良い骨張った手でジョッキを三つまとめて渡してくる。

「ありがとうございます――お客様、大丈夫ですか?」

 レンは明るく訊ねた。
 彼は、日本語は相当話せると思う。ただし、母語じゃないことはわかる。ほんの少しだけ癖がある。
 飲みすぎだとレンは思う。ぼんやりしているような、考えごとをしているような雰囲気だ。何か事情がありそうだ。飲みたいときはある。クリスティナとのことだろう。
 事情に触れずに、うまく止められたらいいけれど。

「平気です。弱いわけではないんです」

 ルイスは答えた。
 誘う相手のいないプロムになぜか必ず参加するようにと周囲にきつく言われ、嫌で嫌でたまらず、父のコレクションしていたウィスキーを前日から当日にかけて浴びるように飲んで、プロムをすっぽかして、そのうえ自宅に置いてあった祖父のスポーツカーを庭で乗り回して廃車にして絞られたことを、ルイスは思い出した。
 記憶が飛ぶほうなので、なぜ廃車になったのかは知らない。
 この事件を知っている者は、ルイスにアルコールを禁止している。だがあのときはウィスキーをロックだったし、それに比べれば、日本のビールなど水のようなものだ。
 ちなみに共犯者はジャスミンで、しばらくの間、減給100分の1になった。

「日本語、流暢ですね」
「小さい頃に、日本におりまして」
「日本育ちなんですね」
「そんなところです」

 クリスティナはこちらの小学校に通っている様子だった。この美青年もそうなのかとレンは考えた。
 レンはビールと、水をそっと出す。
 水を飲みながら、ルイスは訊ねた。

「あ、お兄さん。カレーはまだありますか?」
「ごめんなさい。なくなってしまったんです」
「ああ、そうですか」
「申し訳ありません」
「別に。気にしないでください。美味しかっただけです」
「あ……ありがとうございます」

 美味しかったといわれると、レンは嬉しい。笑顔になる。レンは毎日、お客さんの美味しいを集めているのである。
 ルイスはぼんやりしながらビールを飲みつづけている。



 <ルイスとレンが出会った夜の話 終わり>
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