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四年目の春の話(最終章)
三 家族会議(再)
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午後一時。
よぞらの二階に、関係者があがっていく。昼食会は、ごく近しい親族の総勢二十四名だ。小上がりの和室三部屋を繋げている。通常は、余裕をもった四人掛けが三組分なので、本日、二階はいきなりキャパオーバーだが、親族だけなので、ある程度は無理がきく。
和室に絨毯を敷いて、テーブルと椅子を商店街の知り合いに借りて、テーブル席にした。
クリスティナは喜んだ。
「わぁ、二階ってこんな感じなんだ」
いつもの作務衣姿で店員を務めるレンは、皿や箸、手拭きを置きながら説明する。
「はい。もともと2DKだったんですが、小上がりにして、個室としても使えるし、団体も入れられるようにしました」
エマやクリスティナ、ジェームズに、ウォルターやアンソニーなどの弟妹従兄弟たち、当然、ルイスの父もいる。後妻のガートルードも来た。お寿司が出るらしいとそわそわしている。
クリスティナの隣は、お世話係の南である。父とルイスとクリスティナが並んで座る周辺で、水やお茶を出したり、ゲストを補佐している。
ルイスは黙って南の様子を眺めている。
南は目を合わせずに言った。
「ルイス社長。新しい秘書が泣いていましたよ。指示が早口で聞きこぼすって」
「…………南さんがどうしてもというなら、戻ってきてもいいですが?」
南ほどは、今のルイスの秘書は能力がない。社内は実力主義だ。南は本来、生え抜きの出世頭である。ルイスは何かの重要な会議で秘書を呼ぶときに、南を指名したくなる。
南は答えた。
「……お嬢様次第ですね」
南は、仕事が好きなので、ルイスのもとにいるときはやりがいがあった。自分なら、彼の高速すぎる指示を一つも聞きこぼさないのに。
気遣いのクリスティナは英語で、祖父に聞こえるように言ってやった。
『ルイスがどうしてもっていうなら南を手放してあげてもいいけど?』
様子を眺めていた父は、ルイスに対して、言いづらそうに言う。
『南を戻してやれ。南に申し訳なかった』
「I'll consider it. 前向きに検討します。水野先生にどうやって説明しようかな……」
卓の準備ができたのを見計らって、レンは通路に立った。
「お料理をお持ちしますね」
「僕も手伝おうか」
「ありがとう。でも大丈夫。動線狭いし」
「わかった」
と、レンは降りていく。
ルイスの隣は空白である。反対側は父だ。マリアンヌはたくさんの大人たちに可愛がられており、いまは女性陣の輪の中で髪を三つ編みにしてもらったり、式のときにもらった造花を飾られたりと忙しい。
ルイスが遠くで楽しそうにしているマリアンヌを微笑ましく眺めたあとに、ふと目をやると、そんなルイスを父が眺めていた。
目が合う。
ルイスは言った。
『お父さん。僕が自分の子を誰かに産んでもらうとしたら、その女性を伴侶にして、その人と子を育てる以外の選択肢は有り得ません。実母を亡くした僕は、生みの親と離すような方法で自分の子を育てたいと思えないからです。ですが、僕は、伴侶は、レン以外には考えられません。どうか、わかってください』
ルイスの切実な思いだ。
子どもは好きだ。マリアンヌの世話をしていると、クリスティナのときをよく思い出す。何でもしてあげたい。小さなこの子の望みをすべて叶えてあげたいとルイスは思う。
だが、もしも、他の女性に代理で産んでもらって、自分が育てることになれば、子と実母とを離すことになる。かといって、実母のもとで育ててもらうとしたら、実父である自分と子が離れることになる。折衷案がない。
そうはいっても父はやはり諦めきれない。母親がいなくとも息子は立派に育ったのにと思っている。
父の考えが読み取れるので、ルイスは苦笑する。
『レンは少し考えは違うようですが……、最後は、僕の望むように、と』
レンは、後継ぎが必要だという父の言い分を十分理解している。だが、ルイス本人の意向を最大限尊重すべきだと考えている。いくらなんでもそんなものは強制できない。
ただしレンは、ルイスの子もやはり可愛いだろうなとは内心思っている。身を引くつもりもない。
クリスティナが口を挟む。
『別にルイスに子どもがいなくたって、あたしがいるじゃない』
『クリス』
『いざとなったら、あたしがおじいさまの後継者になるわよ』
父もルイスも吹き出してしまう。
だがクリスティナは真剣である。クリスティナとしては、ルイスがどうなったって構いはしないが、レンが悲しむことだけは許せない。
『だって、お祖父様の子どもは、ルイスだけじゃなくて、ママもでしょ。だったら、一番の後継者って、あたしでもおかしくないよね?』
ルイスはクリスティナに微笑みかける。
『自分で言うのもなんだけど、厳しい道だよ。まず、学校の成績は大丈夫?』
『ルイスを超えちゃうかも』
『ふふ。MITか、オックスブリッジにでも進学するのかい』
と、そこに、エマが口を挟んだ。
『それもいいわね』
エマはにこやかだ。父は、これまでクリスティナをと考えてもみなかったので、熟考する。直感的にありうるとは思う。クリスティナは、エマとルイスの良い部分を兼ね備えている。
ルイスはふと、エマがどこまで見通していたのかを想像する。
まさか、クリスティナを後継ぎに据えたいと、ずっと考えていたのではないだろうか。それならば、弟が同性愛者で子どもがいないほうが都合がいい。
昔から気づいていたのだろうか。
ちなみにエマは、三十過ぎになっても異性関係を一切話さない弟に、多少の違和感は覚えていた。レンと並んでいるのを目撃したときに、すべて納得したのである。
「僕、姉さんが怖いです……」
「あら。別に仕向けたわけじゃないでしょ?」
「それはそうですけど……」
ルイスは姉には勝てない。
そのころ、レンは一階で、二階に持っていく食事の準備をしていた。
寿司桶に、握り寿司と、いなり寿司、巻き物。さらに、肉寿司、カリフォルニアロール、天むす、だし巻き卵、サラダなどを皿に盛る。和食とアメリカ料理、さらにフランス料理も意識している。和風のキッシュを焼いているところだ。椀物も出さなくては。
恭介は言った。
「レンさん、主役なのに。順番とか気にせずに全部持っていっちゃって、みなさんと食べましょう」
「そうだね、思ってたより雑然としそう……。外国人だからか、寿司に対する期待が高いというか。最初に出さないと」
「いいんっすよ、作法とかは。今日は」
「そうだね。あ、落ち着いたら恭介も二階に来てね。一緒に食べよう」
「さすがに俺は遠慮します。ご家族の集まりでしょ」
「いや、まあ、俺も他人だよ。人種も違うし。でも、いいんだ。血のつながりなんか」
午前中に恭介に打ち明けられてから、否、もともと考えていたことを、レンは口にする。
「俺にとってはさ、恭介も家族なんだ」
よぞらを継いだとき、レンはひとりだった。両親がいなくなり、ひとりきりになってしまった。ひとりぼっちだった。
我ながらがんばってやってきた。だが、誰とも共有できない孤独を抱え、気を張っていたとも思う。
今は、ルイスがいて、その家族は大勢いるし、クリスティナも義理の姪になり、マリアンヌもいる。
最初はどうなることかと思ったが、自分を取り巻く状況は大きな流れとなって、たくさんの人がかかわって、不安など消えてなくなって、これからも幸せに過ごしていけると心から信じている。
不安だったときと同じことをただ続けているのに、心だけはずいぶん変化して、これまでどおりずっと歩いていける。そんな気持ちになっている。
そこには恭介もいる。レンは恭介を必要としている。
だから、居場所がないなんて悲しいことを言わないでほしいとレンは思う。こうして立っていられるのは、恭介のおかげでもあるのだから。
「俺とよぞらが、恭介がいないとすっかりやっていけないことだって、恭介がこの街にいる理由になるよね?」
恭介は笑顔になる。
「でも、狙ってるんですよ?」
「それとこれとは話が別だけど……。将来、どういう形になるかわからないけれど、俺は、恭介がこれから生きやすいようになったらいいなって思うよ」
「レンさん」
レンは少し恥ずかしい。
「っていうか改装したばっかなんだから! 俺も恭介もしっかり働かないとだよ。目の前のことが先だよ!」
リフォームに際し、貯めたお金を振り込むときは、やはり気が重かったのである。早いところ残高を取り戻したい。
「うっす。がんばるっす」
空中でハイタッチをする。レンは料理の大皿を持って、二階にあがっていく。
二階では、なぜかクリスティナの成績の話題で、クリスティナが祖父と叔父に詰められている。もう少し頑張らないといけない。いったい何があったのだろうかとレンは不思議に思う。深刻な雰囲気だ。
クリスティナは顔を上げる。
「レン兄! あっ、お寿司だ!」
親族たちも盛り上がる。やはり寿司は人気である。
「はい、運んできますので」
南が手伝ってくれる。ルイスも不器用ながら手伝う。
『クリスはいつもここで夕飯を食べてるんだって?』
『うん! レン兄のごはんが一番好き!』
『クリスは舌が繊細なんだ』
ルイスもレンの食事は美味しいが、わかりやすい料理を好むほうだ。実のところ、和食より洋食派である。
クリスティナは笑顔で、レンに向かって言った。
「ね。レン兄! あたし、レン兄のごはんが一番好きなの」
レンは嬉しい。照れくさい。
「ありがとうございます」
ルイスは英語で言う。
『レンは、自分が作った食事を美味しいと言われることがとっても幸せなんだって』
『そんなのいくらでも言うわよ』
『その話を聞いたときに、僕は、クリスと同じことを思ったね』
『美味しいって、日本語でなんて言うんだ?』
父の問いかけに、クリスティナとルイスが同時に答える。
「「おいしい」」
『わかった』
レンはにこにこしながら、新しい皿を取りに一階へ向かおうとする。通路に降りようとするレンの後姿を眺めるクリスティナの視線に、父は気づいた。どうやらクリスティナはレンを好きらしい。
『君も女性はだめなのか』
自分に問いかけられているような気がして、レンは振り返る。
ルイスは目を白黒させ、クリスティナは頬を赤らめている。南は英語ができるが、飲み物のためのコップを出しており、つまり聞かなかったふりをしている。
レンには質問の意味がわからない。英語が話せないので笑顔でいるしかない。レンのためには、誰かが和訳しなければならないが、こればかりは誰も手を挙げない。
ルイスは憤りながら、通路に降りようとしたレンを無理に引き寄せる。レンは、ルイスに肩を抱かれる。
「わっ。いきなり何するんですか」
「お父さん、結婚式に参列していましたよね? 今日、いったい何を見ていたんですか? We love! with! each other!」
自分たちはお互いに愛し合っているのである。
ルイスは少々混乱し、日本語と英語が早口で入り混じる。
「何?」
「なんでもないよ。聞き取れなくていいんだ。ねえ、レン」
ルイスはレンの頬に口づける。ちゅ、と音を立てる。
クリスティナは言った。
「ルイス! イチャイチャしないで!」
「クリスは勉強だけしていなさい! そんな成績では後継者の座は到底譲れないよ!」
南がそそくさと降りていって、恭介とともに皿を運ぶ。これで料理は全部なので、あとは飲み物をついで、乾杯をするだけだ。
エマが司会となり、ルイスとレンを立たせる。ふたりはアルコールが飲めないので、お茶を入れたコップをてきとうに汲んで持たせる。
「ほら、主役二人! 早く挨拶して! みんなおなかすいてるから!」
ちなみにマリアンヌは料理に手を伸ばして、もう食べている。
よぞらの二階に、関係者があがっていく。昼食会は、ごく近しい親族の総勢二十四名だ。小上がりの和室三部屋を繋げている。通常は、余裕をもった四人掛けが三組分なので、本日、二階はいきなりキャパオーバーだが、親族だけなので、ある程度は無理がきく。
和室に絨毯を敷いて、テーブルと椅子を商店街の知り合いに借りて、テーブル席にした。
クリスティナは喜んだ。
「わぁ、二階ってこんな感じなんだ」
いつもの作務衣姿で店員を務めるレンは、皿や箸、手拭きを置きながら説明する。
「はい。もともと2DKだったんですが、小上がりにして、個室としても使えるし、団体も入れられるようにしました」
エマやクリスティナ、ジェームズに、ウォルターやアンソニーなどの弟妹従兄弟たち、当然、ルイスの父もいる。後妻のガートルードも来た。お寿司が出るらしいとそわそわしている。
クリスティナの隣は、お世話係の南である。父とルイスとクリスティナが並んで座る周辺で、水やお茶を出したり、ゲストを補佐している。
ルイスは黙って南の様子を眺めている。
南は目を合わせずに言った。
「ルイス社長。新しい秘書が泣いていましたよ。指示が早口で聞きこぼすって」
「…………南さんがどうしてもというなら、戻ってきてもいいですが?」
南ほどは、今のルイスの秘書は能力がない。社内は実力主義だ。南は本来、生え抜きの出世頭である。ルイスは何かの重要な会議で秘書を呼ぶときに、南を指名したくなる。
南は答えた。
「……お嬢様次第ですね」
南は、仕事が好きなので、ルイスのもとにいるときはやりがいがあった。自分なら、彼の高速すぎる指示を一つも聞きこぼさないのに。
気遣いのクリスティナは英語で、祖父に聞こえるように言ってやった。
『ルイスがどうしてもっていうなら南を手放してあげてもいいけど?』
様子を眺めていた父は、ルイスに対して、言いづらそうに言う。
『南を戻してやれ。南に申し訳なかった』
「I'll consider it. 前向きに検討します。水野先生にどうやって説明しようかな……」
卓の準備ができたのを見計らって、レンは通路に立った。
「お料理をお持ちしますね」
「僕も手伝おうか」
「ありがとう。でも大丈夫。動線狭いし」
「わかった」
と、レンは降りていく。
ルイスの隣は空白である。反対側は父だ。マリアンヌはたくさんの大人たちに可愛がられており、いまは女性陣の輪の中で髪を三つ編みにしてもらったり、式のときにもらった造花を飾られたりと忙しい。
ルイスが遠くで楽しそうにしているマリアンヌを微笑ましく眺めたあとに、ふと目をやると、そんなルイスを父が眺めていた。
目が合う。
ルイスは言った。
『お父さん。僕が自分の子を誰かに産んでもらうとしたら、その女性を伴侶にして、その人と子を育てる以外の選択肢は有り得ません。実母を亡くした僕は、生みの親と離すような方法で自分の子を育てたいと思えないからです。ですが、僕は、伴侶は、レン以外には考えられません。どうか、わかってください』
ルイスの切実な思いだ。
子どもは好きだ。マリアンヌの世話をしていると、クリスティナのときをよく思い出す。何でもしてあげたい。小さなこの子の望みをすべて叶えてあげたいとルイスは思う。
だが、もしも、他の女性に代理で産んでもらって、自分が育てることになれば、子と実母とを離すことになる。かといって、実母のもとで育ててもらうとしたら、実父である自分と子が離れることになる。折衷案がない。
そうはいっても父はやはり諦めきれない。母親がいなくとも息子は立派に育ったのにと思っている。
父の考えが読み取れるので、ルイスは苦笑する。
『レンは少し考えは違うようですが……、最後は、僕の望むように、と』
レンは、後継ぎが必要だという父の言い分を十分理解している。だが、ルイス本人の意向を最大限尊重すべきだと考えている。いくらなんでもそんなものは強制できない。
ただしレンは、ルイスの子もやはり可愛いだろうなとは内心思っている。身を引くつもりもない。
クリスティナが口を挟む。
『別にルイスに子どもがいなくたって、あたしがいるじゃない』
『クリス』
『いざとなったら、あたしがおじいさまの後継者になるわよ』
父もルイスも吹き出してしまう。
だがクリスティナは真剣である。クリスティナとしては、ルイスがどうなったって構いはしないが、レンが悲しむことだけは許せない。
『だって、お祖父様の子どもは、ルイスだけじゃなくて、ママもでしょ。だったら、一番の後継者って、あたしでもおかしくないよね?』
ルイスはクリスティナに微笑みかける。
『自分で言うのもなんだけど、厳しい道だよ。まず、学校の成績は大丈夫?』
『ルイスを超えちゃうかも』
『ふふ。MITか、オックスブリッジにでも進学するのかい』
と、そこに、エマが口を挟んだ。
『それもいいわね』
エマはにこやかだ。父は、これまでクリスティナをと考えてもみなかったので、熟考する。直感的にありうるとは思う。クリスティナは、エマとルイスの良い部分を兼ね備えている。
ルイスはふと、エマがどこまで見通していたのかを想像する。
まさか、クリスティナを後継ぎに据えたいと、ずっと考えていたのではないだろうか。それならば、弟が同性愛者で子どもがいないほうが都合がいい。
昔から気づいていたのだろうか。
ちなみにエマは、三十過ぎになっても異性関係を一切話さない弟に、多少の違和感は覚えていた。レンと並んでいるのを目撃したときに、すべて納得したのである。
「僕、姉さんが怖いです……」
「あら。別に仕向けたわけじゃないでしょ?」
「それはそうですけど……」
ルイスは姉には勝てない。
そのころ、レンは一階で、二階に持っていく食事の準備をしていた。
寿司桶に、握り寿司と、いなり寿司、巻き物。さらに、肉寿司、カリフォルニアロール、天むす、だし巻き卵、サラダなどを皿に盛る。和食とアメリカ料理、さらにフランス料理も意識している。和風のキッシュを焼いているところだ。椀物も出さなくては。
恭介は言った。
「レンさん、主役なのに。順番とか気にせずに全部持っていっちゃって、みなさんと食べましょう」
「そうだね、思ってたより雑然としそう……。外国人だからか、寿司に対する期待が高いというか。最初に出さないと」
「いいんっすよ、作法とかは。今日は」
「そうだね。あ、落ち着いたら恭介も二階に来てね。一緒に食べよう」
「さすがに俺は遠慮します。ご家族の集まりでしょ」
「いや、まあ、俺も他人だよ。人種も違うし。でも、いいんだ。血のつながりなんか」
午前中に恭介に打ち明けられてから、否、もともと考えていたことを、レンは口にする。
「俺にとってはさ、恭介も家族なんだ」
よぞらを継いだとき、レンはひとりだった。両親がいなくなり、ひとりきりになってしまった。ひとりぼっちだった。
我ながらがんばってやってきた。だが、誰とも共有できない孤独を抱え、気を張っていたとも思う。
今は、ルイスがいて、その家族は大勢いるし、クリスティナも義理の姪になり、マリアンヌもいる。
最初はどうなることかと思ったが、自分を取り巻く状況は大きな流れとなって、たくさんの人がかかわって、不安など消えてなくなって、これからも幸せに過ごしていけると心から信じている。
不安だったときと同じことをただ続けているのに、心だけはずいぶん変化して、これまでどおりずっと歩いていける。そんな気持ちになっている。
そこには恭介もいる。レンは恭介を必要としている。
だから、居場所がないなんて悲しいことを言わないでほしいとレンは思う。こうして立っていられるのは、恭介のおかげでもあるのだから。
「俺とよぞらが、恭介がいないとすっかりやっていけないことだって、恭介がこの街にいる理由になるよね?」
恭介は笑顔になる。
「でも、狙ってるんですよ?」
「それとこれとは話が別だけど……。将来、どういう形になるかわからないけれど、俺は、恭介がこれから生きやすいようになったらいいなって思うよ」
「レンさん」
レンは少し恥ずかしい。
「っていうか改装したばっかなんだから! 俺も恭介もしっかり働かないとだよ。目の前のことが先だよ!」
リフォームに際し、貯めたお金を振り込むときは、やはり気が重かったのである。早いところ残高を取り戻したい。
「うっす。がんばるっす」
空中でハイタッチをする。レンは料理の大皿を持って、二階にあがっていく。
二階では、なぜかクリスティナの成績の話題で、クリスティナが祖父と叔父に詰められている。もう少し頑張らないといけない。いったい何があったのだろうかとレンは不思議に思う。深刻な雰囲気だ。
クリスティナは顔を上げる。
「レン兄! あっ、お寿司だ!」
親族たちも盛り上がる。やはり寿司は人気である。
「はい、運んできますので」
南が手伝ってくれる。ルイスも不器用ながら手伝う。
『クリスはいつもここで夕飯を食べてるんだって?』
『うん! レン兄のごはんが一番好き!』
『クリスは舌が繊細なんだ』
ルイスもレンの食事は美味しいが、わかりやすい料理を好むほうだ。実のところ、和食より洋食派である。
クリスティナは笑顔で、レンに向かって言った。
「ね。レン兄! あたし、レン兄のごはんが一番好きなの」
レンは嬉しい。照れくさい。
「ありがとうございます」
ルイスは英語で言う。
『レンは、自分が作った食事を美味しいと言われることがとっても幸せなんだって』
『そんなのいくらでも言うわよ』
『その話を聞いたときに、僕は、クリスと同じことを思ったね』
『美味しいって、日本語でなんて言うんだ?』
父の問いかけに、クリスティナとルイスが同時に答える。
「「おいしい」」
『わかった』
レンはにこにこしながら、新しい皿を取りに一階へ向かおうとする。通路に降りようとするレンの後姿を眺めるクリスティナの視線に、父は気づいた。どうやらクリスティナはレンを好きらしい。
『君も女性はだめなのか』
自分に問いかけられているような気がして、レンは振り返る。
ルイスは目を白黒させ、クリスティナは頬を赤らめている。南は英語ができるが、飲み物のためのコップを出しており、つまり聞かなかったふりをしている。
レンには質問の意味がわからない。英語が話せないので笑顔でいるしかない。レンのためには、誰かが和訳しなければならないが、こればかりは誰も手を挙げない。
ルイスは憤りながら、通路に降りようとしたレンを無理に引き寄せる。レンは、ルイスに肩を抱かれる。
「わっ。いきなり何するんですか」
「お父さん、結婚式に参列していましたよね? 今日、いったい何を見ていたんですか? We love! with! each other!」
自分たちはお互いに愛し合っているのである。
ルイスは少々混乱し、日本語と英語が早口で入り混じる。
「何?」
「なんでもないよ。聞き取れなくていいんだ。ねえ、レン」
ルイスはレンの頬に口づける。ちゅ、と音を立てる。
クリスティナは言った。
「ルイス! イチャイチャしないで!」
「クリスは勉強だけしていなさい! そんな成績では後継者の座は到底譲れないよ!」
南がそそくさと降りていって、恭介とともに皿を運ぶ。これで料理は全部なので、あとは飲み物をついで、乾杯をするだけだ。
エマが司会となり、ルイスとレンを立たせる。ふたりはアルコールが飲めないので、お茶を入れたコップをてきとうに汲んで持たせる。
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