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三年目の冬の話
一 クリスマスパーティー
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十二月二十四日。
午後九時。
ホテルの上層階にある特別室を貸し切ってクリスマスパーティーをするのが、ルイスの親族の恒例行事だ。恭介が快諾してくれて、今年はレンもルイスの親族の集まりに参加することにした。
ディナーの後、特別室で思い思いに団らんしている。子どもはゲーム、若者は映画を観るか、別のフロアに行ってビリヤードとダーツをしている。大人は酒だ。
ルイスとレンは、特別室の長椅子に二人で掛ける。ルイスはレンの隣に陣取る。一緒にホットチョコレートを飲んでいる。内々の食事なので、二人ともジャケットとパンツのスマートカジュアルだ。室内は暖かいので、ジャケットは脱いでいる。
クリスティナの誕生日パーティーで一緒だった顔も多く、レンはルイスよりも歓待されている。初めての相手でも、彼らはふだん日本にいるので日本語が通じる。レンのことは親族間で、好意的に説明されているらしい。
ルイスは怒っていた。
「レンのこと、どんな説明か知ってる? 『あの面倒なルイスに捕まったお人好しの日本人』だよ。ひどくない? 誰が言い出したんだか」
おおむね合っていると思うレンの表情に何かを感じ取り、ルイスは言う。
「あとでお仕置きだよ。わかっているね」
レンは無視する。
「今日はエマさんとクリスさん、いないんだね」
「ああ、遅くなると言っていたな。今夜中には来るらしいけれど」
そう言っているうちに、出入口のほうでドタバタと物音がした。厚着のエマが入ってくる。クリスティナも一緒だ。その背後にジェームズがいる。
現れたエマ一同を迎えるべく、親族たちが集まっていく。ルイスもレンも立って、そちらへ向かった。
「メリークリスマス」
とハグをする。ルイスに倣って、レンも女性二名にそうした。親族たちとも行ったが、やはりレンは少し緊張する。男性はしないらしい。
エマの腕の中に、小さな子どもがいるので、レンは驚いた。
「クリスさんの妹さんですか?」
「あー、二人目?」
「レン兄、違うのよ。親戚の子なの。事情があって預かっているのよ」
「あ、なるほど。みなさん、寒いから、暖炉に当たってください」
四人を暖かい場所へ促す。特別室には暖炉があり、暖炉前のソファがもっとも暖かい。
挨拶だけして逃げようとしたルイスを捕まえて、エマはソファに座らせた。
「ルイス、今日こそは話を聞いてちょうだい」
エマは言った。
レンはルイスを見る。ルイスは後ろめたそうに目をそらす。
「何かあったの?」
「会社に連れてきていたから知ってる」
「……?」
エマの腕の中では、小さな金髪の女の子が指を吸いながら眠りかけている。ルイスの傍に立っているレンは、可愛い子だなと思う。本物の天使みたいだ。くりくりの金色の巻き毛に、ぷくぷくした真っ白の肌に、ルイスと同じ空色の瞳をしている。
「この子――マリアンヌを預かってほしいのよ、ルイス」
レンは固まった。
ルイスは足を組んだり腕を組んだり忙しくしつつ、最後に、考える人のような体勢になった後、エマに質問する。
「へえ、自由の女神。百三十歳くらい?」
ニューヨークにある自由の女神像は、フランス出身で、名をマリアンヌという。一八八六年完成である。
エマはルイスの冗談を相手にしない。
「体は小さいけど一歳六ヶ月」
「預かるって今日明日の話?」
「明日の晩までは私が見るわ。レンくん誕生日でしょ。明後日から二月の頭くらいまで。一ヶ月ちょっと」
レンは青ざめる。
ルイスはまるで陽気なアメリカ人のように笑い飛ばした。
「エマ姉さん! ご存じのとおり、うちは男所帯で、こんな小さな子どもを預かることができる環境ではないんだけど?」
「南を引き取ってあげたでしょ?」
「うーん?」
ルイスは腕を組んで首を傾げる。南は三十代後半の男で、お世話はとくに必要がない。どちらかというと彼は秘書なので、社長であるルイスのお世話係だった。あれを引き合いに出されるのは困る。
とはいえ、ルイスのエマに対する借りは、そろそろ返さないといけない分量、そして時期にきている。その点、エマもルイスも、認識は一致している。
「それにルイス、あなた、クリスの面倒は甲斐甲斐しく見ていたじゃない。生まれてから半年間も。ルイス、こんなにお世話するんだって、皆驚いていたわよ。当時勤めていた会社まで辞めちゃって、びっくりしたわよ」
「さすがにクリスのために辞めたのではなくて転職時期だっただけです。まあ、おしめは替えましたが」
エマの隣に座ってマリアンヌを眺めていたクリスティナは、ルイスの話を聞いて、これ以上ないくらい渋い顔をする。
「急に預かってくれだなんて、犬猫じゃあるまいし」
「この子のお母さん、一人で産んだのよ。一人で育てていたみたいだけど、結局回復できなかったのね」
「それを言われるのは……」
ルイスは心を刺される。
実母が産褥死した自分が育ったのは、父がいて親族がいて姉がいて乳母がいて、周りの助けがあったためだ。性格がねじねじに曲がってしまい、きちんと育ったといえるかはわからないが。
「いま時間が空いているのってルイスだけなのよ。私、年明けからしばらく出張なの」
「僕の時間って本当に空いていましたか? ちゃんと秘書に確認取ってもらっていますか?」
「ごめん、レンくん。人助けだと思って、お願い。フォローはするから。とりあえず父親を探すあいだ」
急に話を振られたが、レンは頷いた。
「あ、はい。ただ、子どものお世話をしたことがまったくないんですが……」
「大丈夫。だいたいのお世話はルイスができるわよ」
「姉さん! 僕がクリスのおしめを替えたのなんて、九年も前の話だよ!」
「ルイス! もうそれ言わないで!」
クリスティナはとうとう怒った。
午後九時。
ホテルの上層階にある特別室を貸し切ってクリスマスパーティーをするのが、ルイスの親族の恒例行事だ。恭介が快諾してくれて、今年はレンもルイスの親族の集まりに参加することにした。
ディナーの後、特別室で思い思いに団らんしている。子どもはゲーム、若者は映画を観るか、別のフロアに行ってビリヤードとダーツをしている。大人は酒だ。
ルイスとレンは、特別室の長椅子に二人で掛ける。ルイスはレンの隣に陣取る。一緒にホットチョコレートを飲んでいる。内々の食事なので、二人ともジャケットとパンツのスマートカジュアルだ。室内は暖かいので、ジャケットは脱いでいる。
クリスティナの誕生日パーティーで一緒だった顔も多く、レンはルイスよりも歓待されている。初めての相手でも、彼らはふだん日本にいるので日本語が通じる。レンのことは親族間で、好意的に説明されているらしい。
ルイスは怒っていた。
「レンのこと、どんな説明か知ってる? 『あの面倒なルイスに捕まったお人好しの日本人』だよ。ひどくない? 誰が言い出したんだか」
おおむね合っていると思うレンの表情に何かを感じ取り、ルイスは言う。
「あとでお仕置きだよ。わかっているね」
レンは無視する。
「今日はエマさんとクリスさん、いないんだね」
「ああ、遅くなると言っていたな。今夜中には来るらしいけれど」
そう言っているうちに、出入口のほうでドタバタと物音がした。厚着のエマが入ってくる。クリスティナも一緒だ。その背後にジェームズがいる。
現れたエマ一同を迎えるべく、親族たちが集まっていく。ルイスもレンも立って、そちらへ向かった。
「メリークリスマス」
とハグをする。ルイスに倣って、レンも女性二名にそうした。親族たちとも行ったが、やはりレンは少し緊張する。男性はしないらしい。
エマの腕の中に、小さな子どもがいるので、レンは驚いた。
「クリスさんの妹さんですか?」
「あー、二人目?」
「レン兄、違うのよ。親戚の子なの。事情があって預かっているのよ」
「あ、なるほど。みなさん、寒いから、暖炉に当たってください」
四人を暖かい場所へ促す。特別室には暖炉があり、暖炉前のソファがもっとも暖かい。
挨拶だけして逃げようとしたルイスを捕まえて、エマはソファに座らせた。
「ルイス、今日こそは話を聞いてちょうだい」
エマは言った。
レンはルイスを見る。ルイスは後ろめたそうに目をそらす。
「何かあったの?」
「会社に連れてきていたから知ってる」
「……?」
エマの腕の中では、小さな金髪の女の子が指を吸いながら眠りかけている。ルイスの傍に立っているレンは、可愛い子だなと思う。本物の天使みたいだ。くりくりの金色の巻き毛に、ぷくぷくした真っ白の肌に、ルイスと同じ空色の瞳をしている。
「この子――マリアンヌを預かってほしいのよ、ルイス」
レンは固まった。
ルイスは足を組んだり腕を組んだり忙しくしつつ、最後に、考える人のような体勢になった後、エマに質問する。
「へえ、自由の女神。百三十歳くらい?」
ニューヨークにある自由の女神像は、フランス出身で、名をマリアンヌという。一八八六年完成である。
エマはルイスの冗談を相手にしない。
「体は小さいけど一歳六ヶ月」
「預かるって今日明日の話?」
「明日の晩までは私が見るわ。レンくん誕生日でしょ。明後日から二月の頭くらいまで。一ヶ月ちょっと」
レンは青ざめる。
ルイスはまるで陽気なアメリカ人のように笑い飛ばした。
「エマ姉さん! ご存じのとおり、うちは男所帯で、こんな小さな子どもを預かることができる環境ではないんだけど?」
「南を引き取ってあげたでしょ?」
「うーん?」
ルイスは腕を組んで首を傾げる。南は三十代後半の男で、お世話はとくに必要がない。どちらかというと彼は秘書なので、社長であるルイスのお世話係だった。あれを引き合いに出されるのは困る。
とはいえ、ルイスのエマに対する借りは、そろそろ返さないといけない分量、そして時期にきている。その点、エマもルイスも、認識は一致している。
「それにルイス、あなた、クリスの面倒は甲斐甲斐しく見ていたじゃない。生まれてから半年間も。ルイス、こんなにお世話するんだって、皆驚いていたわよ。当時勤めていた会社まで辞めちゃって、びっくりしたわよ」
「さすがにクリスのために辞めたのではなくて転職時期だっただけです。まあ、おしめは替えましたが」
エマの隣に座ってマリアンヌを眺めていたクリスティナは、ルイスの話を聞いて、これ以上ないくらい渋い顔をする。
「急に預かってくれだなんて、犬猫じゃあるまいし」
「この子のお母さん、一人で産んだのよ。一人で育てていたみたいだけど、結局回復できなかったのね」
「それを言われるのは……」
ルイスは心を刺される。
実母が産褥死した自分が育ったのは、父がいて親族がいて姉がいて乳母がいて、周りの助けがあったためだ。性格がねじねじに曲がってしまい、きちんと育ったといえるかはわからないが。
「いま時間が空いているのってルイスだけなのよ。私、年明けからしばらく出張なの」
「僕の時間って本当に空いていましたか? ちゃんと秘書に確認取ってもらっていますか?」
「ごめん、レンくん。人助けだと思って、お願い。フォローはするから。とりあえず父親を探すあいだ」
急に話を振られたが、レンは頷いた。
「あ、はい。ただ、子どものお世話をしたことがまったくないんですが……」
「大丈夫。だいたいのお世話はルイスができるわよ」
「姉さん! 僕がクリスのおしめを替えたのなんて、九年も前の話だよ!」
「ルイス! もうそれ言わないで!」
クリスティナはとうとう怒った。
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