溺愛社長とおいしい夜食屋

みつきみつか

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三年目の秋の話

六 お誘いと練習

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 テーブルはルイスとの二人掛けだ。目立たないよう、メインダイニングの後方の、少人数の位置にしてもらっている。
 向かい側のルイスは、食後のコーヒーを飲みつつ、楽しそうなレンを眺めて満足している。

「レン、美味しかった?」
「はい。とっても」
「よかったね」

 フランス料理のコースだ。デセールの最後のプチフールの後、コーヒーを飲んでいる。
 レンはホテルのフレンチレストランにいたのでマナーは習っている。
 余所でとる食事は、これはどういう風に作るのだろう、とか、自分だったらどうするだろうなどとレンは考える。こんな機会、そうそうない。自分はつくづく幸運だとレンは思う。恭介も連れて来ればよかった。
 食事が終わり、ひとここちついてきて、みな席を立って談笑している。去年と一昨年はいなかったルイスがいることが少しずつ伝わっていって、きらびやかな人々が入れ替わり立ち代わり、挨拶にやってくる。
 合間に、レンは訊ねた。

「あの、今更ですけど、いいんですか、俺と一緒で。ご家族の席とか、会社の関係とか」
「いいよ、用事があったら向こうから来るでしょ。現に会社関係は必ず来るし、親族は一切来ないし。用事さえなければ、誰も僕となんか居たがらないよ」
「そう言われると、一緒に居たがる俺が変わり者みたい」
「レンは変わり者だと思うよ。変わり者同士、仲良くしようね」
「弱ったな。俺、そういうの、多数派に寄ってく日和見菌なんですけど……」

 そのとき、スタッフが近づいてきた。

「清水様」
「あ、はい」
「クリスティナお嬢様から、ダンスのお誘いです。ダンスタイムに、ステージ前へお願いいたします」
「へ!? は、はい」

 見れば、ステージのほうで楽器の演奏の準備をしている。
 スタッフを見送って、レンは青ざめつつ、ルイスに助け舟を求める。

「ダンスって……?」
「ダンスはダンスだよ」
「ダンス……」
「レンは何も踊れないの?」
「踊れないことはないですが……オクラホマミキサーと、マイムマイムと、タタロチカと、盆踊り……」

 盆踊りは地域の祭りで、他は小学校の体育の授業で習ったものである。
 ルイスはつい声をあげて笑う。近くを通りがかった会社関係者などは、ルイスの笑い声に驚く。彼は笑わないことで有名な、『氷の王様』のはずなのに。

「この会場で、みんなで輪になって踊るの、すごく楽しそう。盆踊りも見てみたいな。試しにリクエストしてみようか?」
「炭坑節と東京音頭、八木節もいけますよ」
「ふふふ……」

 レンが追いうちをかけるせいで、ルイスは笑いが止まらなくなる。

「ぜひ踊ってみせて」
「いや、そうじゃなくてですね。ダンスって……別世界の話ですか?」
「そうだね、そしてここがその別世界だよ。そろそろ誰かと婚約という話も出るんじゃないかな。だから、顔合わせ的にね」

 会場にいる小中学生男子は、クリスティナの婿候補である。

「いい子がいたらね。エマの関係だから取引先関係者が多いんだけど」

 恐ろしい世界だとレンは思う。今のクリスティナと同い年の頃、レンはただの洟たれ小僧だった。

「何を踊ればいいんですか?」
「炭坑節でもいいけど。ブルースを教えようか。とても簡単だから、すぐに覚えられるよ。あとはクリスに任せておけばいいし、チークみたく適当に揺れていればいい。立って。あっちに行こう。靴擦れは大丈夫だね」
「あ、はい。痛くないです」

 ルイスに促されて、二人で席を立つ。広間の端っこの人がいないスペースで、向かい合って手を取った。周りの人たちが、練習を始めようとする二人の姿を見て、くすくす笑っている。

「距離近いんですね。ほとんど密着……」
「うん。僕、女性側するから。レンは僕の肩甲骨に下から手を添えて」
「高さが……」
「クリスを想定していればいい。堅苦しくなくていいよ。歩幅は小さくていい。さあ、左、右で前に踏み出して、左、右、角度変えて」
「わー、踏みそう、踏みそう」
「大丈夫、上手、上手だよ。レン。目線あげて」

 目が合う。
 ルイスはレンを愛おしく見つめる。微笑む。
 ルイスが嬉しそうなので、レンも嬉しい。
 すると、ステップがおざなりになる。

「や、踏む、踏む」
「いいよ、踏んでも。どうせ君は軽いし」

 レンに任せるようにして、ルイスは流れに身を任せる。端っこでしていたので、最後は壁に背をぶつけた。壁に押しつけられながら、ルイスは笑った。倒れそうになるレンを支えながら頬を合わせる。

「ふふ。やっぱり軽い」
「すみません……」

 と、レンは身体を離す。

「いいよ。行っておいで。いってらっしゃい」

 ルイスは名残惜しくレンの手を離す。レンは迎えにきたスタッフに連れられて、前のほうへ行った。
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