溺愛社長とおいしい夜食屋

みつきみつか

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三年目の夏の話

十 名前を呼んでほしい

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「つかれた……」

 レンはばたりとベッドに倒れる。
 電池切れだ。
 色々なことが起こりすぎて、頭がついていかない。
 ベッドに倒れ込んで、呼吸するうちに、少し気持ちが落ち着いてくる。
 帰ってきたばかりのときは興奮して、気分が悪くなるほどだったが、シャワーを浴びて、セックスをして、なんだかすっきりしたような、疲弊しすぎてそれどころではないような感じだ。
 とはいえ、はっきりしていることはある。あんな風に暴露されて、こちらもやり返して、叫んで詰ってしまうなんて、自分らしくないし、後悔している。悔やんでも、悔やみきれない。ひとたび口にした言葉は取り返せない。
 ルイスはうつ伏せるレンの隣に、同じようにうつ伏せる。レンの手を上から握る。
 ルイスのあたたかい手に安心しながら、レンは思わずぼやいた。

「あー……でも、どうしようもなくて、どうしたらよかったんでしょうね。俺、明日が来るのが怖いです……」

 優しい友人たちを信じている。だが、世界が一変するかのような恐怖もまたある。
 知られたくなかった。それだけは間違いない。だが、自分では止められなかったことでもある。
 ルイスは繋いだ手を離し、胸を起こして、レンの後ろ頭を軽くかき混ぜる。

「起きたことは仕方ない。事後対応が大事だよ。反省すべき点は、心が落ち着いてから考えればいいんだ」

 髪を優しくかき混ぜられながら、レンはルイスを見る。
 堂々としていて、大人だなあと思う。この境地には、きっと自分は至れない。生まれたときから違う生き方の人だ。
 今日だって、駆けつけて何を言うのかと思いきや、あまりに落ち着き払っていたので、器の違いをまざまざと感じさせられた。場慣れしているというのだろうか。とにかく泰然としている。彼は自信満々なのである。
 ルイスは微笑む。

「ちょっと意外だった。レン、こういうことを考えていたのか……って」
「恥ずかしいです」

 レンは枕に顔を埋める。あんなに激しく叫んだことなど、一度もない。
 ルイスは訊ねる。

「僕に騙されたっていい?」
「あー! もー! だめです!」

 顔を赤くして向こう側へ寝返りを打とうとするレンを引き戻して、ルイスはレンを上にして腕に抱いた。
 レンの背中に腕を回して、レンの頬や、額に優しくキスを落とす。そうすると、レンは気持ちよさそうに、されるがままだ。レンは軽いので、上に乗っていても苦しくない。

「一生、騙しとおすからね」

 甘くて優しい言葉にレンはくすくす笑う。
 ルイスは用意していたことを、ゆっくりとした口調で提案した。

「ねえ、レン。敬語を使うのをやめようか、お互いに」

 ルイスは今日帰ってきてから、意識的に、レンに敬語を使うのをやめている。
 レンは戸惑う。顔をあげる。そんなこと、急に言われても。ルイスのほうはいいけれども。

「え、あの、お互いに、ですか」
「さっきね、考えていたんだ。僕たちの間には少し壁があるね。だって、恭介にも、お友達にも、むきだしの本音で話していたもの。でも僕に対しては遠慮がある」
「だって、みんな同い年で幼馴染で、恭介は年下だし。ルイスさんは七つも年上ですし」
「それもやめようか。さん付け」
「へ?」
「僕の名前を、呼び捨てにしてほしい」

 レンにとって、今日は色んなことが起こりすぎている。
 頭がパンクしそうだと思う。レンはルイスの胸に額を寄せる。すごく悩む。

「えええ……?」
「レンは、以前、クリスティナの前でうっかり呼び捨ててしまうかもしれないから、やめておくと言っていたけれど、もうクリスには話してあるわけだから、心配いらないよ」
「そ、そんなこと言いましたっけ?」
「うん。初めて、君がフルネームを教えてくれたとき。覚えてない? きよみずに、まだれにかねるで、清水廉だって。二年くらい前かな」
「あ、思い出した。ルイスさんが、寝言でマシェリって呼んだときです」
「そう、僕の愛しい人」

 ルイスはレンの髪を撫でる。指先で毛先を弄ぶ。

「呼び方は、ミドルネームの愛称でもいいけれど、どう?」
「あ、ジェイミー、でしたか」
「んー、ファーストネームのほうがいいか。慣れているし。僕も呼ばれ慣れているし。ねえ、呼んでみて、レン」
「あああ、困ります、慣れないです」
「今日ね、聞いていたら、他の人は、全員呼び捨てだったんだよ。僕よりも後に会った恭介まですっかり呼び捨てなのに、僕だけがさん付けで、他人行儀で嫌だったんだ。すごく嫉妬する……」

 ルイスは本当に嫉妬深い、仕方のない男である。
 レンは弱り切りながらも、諦める。ルイスが求めているのならば応えたい。

「じゃあ、ルイス……」
「うん。その調子。わかるね、レン」
「あー、めっちゃ緊張し……する」
「レン。もっと呼んでほしい。何度でも呼んでほしい」
「はい」
「レン。僕の名前を呼んで」
「……ルイス」

 ルイスは、レンの声に耳を傾ける。気持ちが落ち着く。
 ずっと、自分を呼んでくれるレンの声を聞いていたい。

「レン、僕に……」

 何かを言いかけて、ルイスは口を噤む。レンは躊躇いつつ、ルイスに訊ねる。

「どうしたんです?」
「レン、だめだよ」

 敬語を使わないようにやんわり咎めるルイスに、レンは言い直す。

「あの……どうしたの? ……ルイス」
「ふふ。実は、今日レンが言ってたみたいなことを、このあいだ、僕も言ったんだよ。奇遇だねえ」
「ええ!? だ、誰に?」
「僕の元秘書。色々あって、今はもう異動させたんだけどね」
「う、うん」
「僕に……君の代わりはいないよ」

 それ以上、ルイスは何も言えなくなった。レンの髪を撫でながら、考える。日頃おしゃべりな自分の中に、言葉がない。心の中がとても静寂だ。
 レンを抱きしめて胸を合わせていると、心音や呼吸音が重なる。
 幸せとはこういうことなのだと納得する。
 心に、今まで味わったことのない愛しさがこみあげている。これまでの、レンを好きだと思う気持ちとは、少し異なる。
 レンを自分のものにしたいと思い続けてきた。いつまでも手に入らないようで、焦燥感を抱いて、不安を覚えてばかりだった。
 だが、今夜、自分がレンのものだと思う。すると、なんだか、これが正解なのだと感じる。パズルのピースが嵌ったかのように、間違いがない。不安がない。
 こうしていられるのならば、永遠も長すぎやしない。
 好きな人を好きでいていい。そんな当たり前のことがレンにとって、とても大切なことで、この先の人生に二度とない。騙されてもいい。何をされても構わない。好きだから信じたい。

 ――僕はたくさんの言語を話すことができるのに、愛している以上の言葉を知らないのか。

 だが、気持ちはそこにあると、ルイスは思った。どれほど言葉を尽くしても、表現できない。この気持ちに名前をつけられない。
 押し寄せて胸に迫り、心の中に深く満ちて、溢れて、溺れるように息が苦しい。
 ずっと、僕の名前を呼んでほしい。



 <三年目の夏の話 終わり。番外編3に続く>
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