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三年目の夏の話

二 面接について

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 午前一時半。

「ただいま戻りました」

 マンションの部屋のドアを開けて、レンは言った。玄関と廊下の明かりは自動で点き、奥からスリッパの足音が近づいてくる。リビングのドアを開けて、ルイスが出迎える。

「おかえりなさい、レン。お疲れ様。ずぶ濡れですね」

 レンは濡れねずみだ。風が強すぎて傘を畳まざるをえず、バケツを引っくり返すみたいな暴風雨を全身で浴びてしまった。乾いている部分が一切ないほどの全身水浸しで、廊下にあがることを躊躇う。
 ルイスは慌てて、洗面器とバスタオルを持ってくる。

「すみません」

 レンは、シャツだのズボンだのを脱ぎながら洗面器に入れていく。脱いだものは、脱水前の洗濯物よりも水を吸って重い。
 レンの頭から、ルイスはバスタオルを被せた。

「お風呂入ってますよ。早く温まってください」
「わあ、すっごくうれしいです……」

 もらったバスタオルで全身を拭いて、下着一枚になって、バスタオルを敷いて廊下にあがる。靴が水の音を立てる。

「あ、靴やばい、ぐしょぐしょ」
「置いておいて。レンはとにかくお風呂。風邪ひきます」
「すみません」

 ルイスに甘えて、レンは風呂に向かう。湯舟に湯が張ってあり、湯気を浴びるだけでほっとする。身体を洗ってから浸かると、生き返るようだった。
 脱衣所でルイスが作業しながらドア越しに問いかける。

「レン、食事は?」
「あ、店で恭介と食べました。ルイスさんは?」
「作っておいてもらっていたのをいただきました。美味しかったです」
「お口にあってよかったです」

 雑談をしつつ、しばらく浸かる。お湯に疲れが溶けだしていくようだとレンは思う。しばらくして風呂を出て、拭いたり服を着たり髭を剃ったり歯を磨いたりしていると、ルイスがやってきた。

「レン。服は洗濯して、靴は洗って干してます」
「すみません、ありがとうございます」
「ううん。レンの髪の毛を乾かしてもいいですか?」
「あ、はい」

 ルイスは楽しそうにヘアオイルを選び、少量を毛先につけつつ、ドライヤーを手にし、レンの髪に当てる。レンはしばらく地毛の黒髪だ。うなじや、えりあしあたりを確認しながら、ルイスはレンの髪を乾かす。
 鏡に映るルイスが幸せそうで、レンはいつも不思議である。いつの間にかレン用のヘアオイルまで買って、レンの髪のケアまでするようになった。さいきん、髪がいつまでも柔らかくふわふわしてつやつやしている。

「今日はお店はどうでした?」
「台風前で雨だったけど忙しかったです」
「明日から五日も休みだから、皆さん食べにきたのかもしれませんね」
「そうだったら嬉しいです」
「恭介とごはんを食べたんですか」
「あ、はい。わさび風味のポテトサラダと、ラタトゥイユと、チャーハン。何でも入れたラタトゥイユが美味しかったので、また作ります。ルイスさんはお好きですか?」
「ええ。好きです」

 名残惜しそうにドライヤーを消して、髪が乾いたのを確かめる。ルイスはすっかりレンの髪を乾かす係だ。まめな男である。櫛で梳いたり、枝毛を見つけて切ったりもする。

「ルイスさんは、何をしていらっしゃったんですか」

 レンは午後五時に自宅を出た。ルイスは同時に出勤した。最近、ルイスは、レンの仕事の時間に合わせて出勤している。といっても、午前午後は、書斎にこもって自宅で仕事をしている時間も長いのだが。

「午後十時に戻って、食事後は、ファンダメンタルズ分析ですね」

 いったい何をしていたのかまったくわからない。

「あ、そうだ。僕もレンと同じように明日から五日休みます」
「え? 大丈夫ですか?」
「はい。従業員の大半は夏休みですし。お盆ですから」
「あ、そっか。せっかく休みなのに、あいにくの天気ですね」
「おうちでゆっくり過ごしましょう。レンと五日も過ごすなんて、初めてです」
「年末年始ですら仕事してましたもんね、ルイスさん」
「いま思うとどうかしてました。レンとの時間のほうが大事です。こんなに離れたくないのに。時間がもったいないです」

 と、ルイスはレンの背後から腕を回してレンを抱きしめる。そしてレンの後頭部をすんすん嗅ぐ。
 ルイスは、今年の春以降、ずっとこんな感じだ。
 だいたい午後に出社して夜に帰宅し、会社の滞在時間が八時間を超えないことを遵守している。午前中から午後にかけては、自宅の書斎で仕事をしているが、基本的にレンにべったりである。
 ルイスの言葉に恭介との話を思い出して、レンはため息を吐いた。
 ルイスはレンのため息に気づく。

「どうしました?」
「実は、新しくアルバイトを入れようかという話になっていまして」
「あ、いいんじゃないでしょうか。土曜の昼も営業しはじめたことですし。お昼の売り上げをみましたが、とくに問題ありません。実は、僕からもそろそろ提案しようと思っていました」

 いつの間に売り上げを見たのだろうかとレンは思う。だがルイスがそういうなら、問題ないのだろう。
 レンが何の意味もなく不安に思うよりも、数字をみて自信満々なルイスを信じるべきだとレンは考えるようになった。

「どうやって募集するんでしょうか。何からすれば……」
「んー、フルタイム? パートタイム?」
「まずは短時間の人でいいかなと」
「恭介の時みたいに知り合いの紹介か、学校に求人を出してみるか、貼り紙、求人広告、求人情報サイト、職業安定所……」
「あ、そっか。色々ありますね」
「うん。書類選考、面接の流れでいいと思います」
「ありがとうございます。ちょっと緊張しますが、やってみます」
「いい人が来るといいですね。あとは、パートの就業規則と雇用契約書を整えたほうがいいですね。恭介の採用のときにある程度おこないましたが。ひな形があるので、お渡ししましょう」
「何から何まですみません。俺の仕事なのに」
「レンの仕事は、僕のことでもあります。だから問題ありません。あ、僕も今度、就活面接しますよ」
「ルイスさんも?」
「はい。うちの新卒採用はいつも八月に社長面接です」

 以前勤めたホテルの選考の終盤に、役員面接があったのをレンは思い出した。ルイスはあちら側の人間なのである。

「社長。面接では、どのような点に着目するんですか?」
「そうですね、弊社はチームでの活動が主かつ密なので、協調性、コミュニケーション能力をとても重視しています。といってもほとんど選考は終わっているので、僕はただ、自然な笑顔で明るい声音で話す、感情の安定していそうな人を選びます。まあ正直、僕は顔合わせ程度です。エマは厳しく見ているようですが」
「と……とても勉強になります」
「ふふ。面接。レンと同じ状況ですね。奇遇です」
「一緒ですねえ」
「はい。一緒です」

 さいきん、ルイスはすぐにレンとの共通点を見出して、にこにこと幸せそうに笑っている。似たようなものとは言えないのではないかと思いつつ、幸せそうだからまあいいか、とレンは思った。
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