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三年目の夏の話

一 台風前夜

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「お疲れさま」

 と、レンは恭介とウーロン茶のグラスを合わせた。

「お疲れ様です」

 金曜日、午前一時。
 いつものおじさんを見送って、閉店となった。蒸し暑い夜のことだ。あいにく、雨が降っている。台風が近づいている。
 八月の第三週。明日から五日間、お盆休みを取ることになっている。
 金曜日の夜中は、レンと恭介は、食事をしながら意識のすり合わせをすることにしている。
 材料を使い切るべくまかないにして、カウンター席に座ってふたりで食べる。わさび風味のポテトサラダとなんでも入れたラタトゥイユ、余ったごはんをチャーハンにした。

「ランチ、どうですか? どっちがよく出ますか」
「きっちり半々かな」
「あ、じゃあ、洋食もいい感じ」
「いい感じ。女性客多いよ。コーヒーないかよく聞かれる。この辺り、食事できるカフェ、なかったかな」
「えーっと、奥に喫茶店があるじゃないですか。あそこと、駅にファミレス、コーヒースタンド、チェーン系カフェ。新しい店はないですねー」
「商店街、テナント貸してないからね」

 このままではシャッター街化が進んでしまうが、中々流動しない。

「手頃な物件がないですよね」

 先月から、土曜日にランチ営業をするようになった。出勤するのはレンだけだ。
 二時間程度の早出を含めて平日の営業時間すべてに出勤している恭介を、これ以上働かせることはできない。
 レンは融通がきくので、平日すべてを出て、土曜日の昼と夜は一人ですることにしている。ランチの三時間はやはり満席になる時間も長く、外に列ができる。外は暑いのに申し訳ない。

「人増やしたほうがいいんじゃないですか。バイト二人くらい。せめてもう一人。土曜日の昼だけでもいいし、土曜日夜だけでもいいし、もしくは平日夜におれと一緒に入ってもらって、レンさんの休みを作るとか」
「うん、そうだねえ……」
「レンさん、疲れてますもん」
「……でもさ、俺、恭介入れるとき、実はすごい不安だったんだよね。俺大丈夫かなー、みたいな」
「あ、そうなんですか? 余裕綽々だと思ってました」

 あまり不安そうに見えないとはよく言われることである。レンは精神的に安定しているタイプではある。不安であっても、そんな表情を見せないようにしている。

「じゃあ、バイト募集しようかー」
「はい。おれ、めっちゃがんばりますから。おれ、この店が好きです」

 好きといわれると嬉しい。

「ありがとう。恭介、無理しないでね」
「レンさんのほうが心配ですけど。さいきん顔色悪いですし。お盆休み明けの土曜の夜だって貸切の宴会入ってるし……。ランチ終わって準備ですよね。レンさん一人で大丈夫なんですか?」
「ああ、それは俺の中学高校の友達の集まりだから、食べ物は作り置きしておいて酒のつまみにするだけ。酒出しておけばいいから大丈夫」
「大丈夫ならいいんですけど」

 と、そのとき、店内の明かりが瞬いた。風の音がひどくなる。雨が強く、ざあと建物を吹きつける音がした。
 レンは訊ねた。

「二階の雨戸、閉めてる?」
「閉めてます。レンさん、帰ったほうがよくないですか」
「うん。そろそろ帰るよ。何かあったら連絡して」
「了解っす」

 レンは急いで身支度を整えて、傘を差して外に出た。横殴りの雨になっている。思っていたよりも早く嵐になっている。

「気をつけて帰ってくださいね」
「うん。恭介も」
「おやすみなさいです」
「おやすみ」

 表のシャッターを閉めて、レンは雨の中を歩き出した。
 真夜中。数メートル歩くだけで、すでに傘は役立たずだ。
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