溺愛社長とおいしい夜食屋

みつきみつか

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二年目の冬の話

五 優しくない

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 十二月二十五日。
 午後六時のことである。
 いつものメガネのお兄さんがお店に入ってきて、レンは笑顔になった。クリスティナがいない時期なので一番乗りだ。

「おかえりなさいませ」
「ただいまー、レンくん。寒いよー。今日何ー?」
「二種類ありまして、クリスマスメニューは、鶏のコンフィと温野菜のサラダ、ほうれん草とベーコンのキッシュ。オニオングラタンスープです」
「クリスマス張り切ってるねー」
「通常メニューは、肉豆腐と大根サラダ、塩おにぎり、卵焼きです」
「通常のほうでお願い」
「承知しました」
「クリスマスくらいクリスマスメニュー選んだほうがいいかなあ? なんかこの年になると乗り切れなくて……」
「わかります。お好きなの食べましょう」

 イブであった昨夜は、クリスマスイブに誰とも会う予定のない独身男女がそれなりにやってきて、クリスマスメニューも盛況だった。
 だが二十五日は例年あまり盛り上がらず、どちらかといえば年末の雰囲気が色濃くなる。

「じゃあやっぱ肉。肉豆腐だよ、レンくん」
「承知しました」

 とそのとき、女性客が二人連れでやってきた。

「いらっしゃいませ」

 レンは笑顔で迎え、あとを恭介に任せる。そうするうちに、そのあとにも女性が入ってきた。レンがカウンターキッチンの中で準備を進めていると、メガネのお兄さんがレンに小声でいう。

「最近、女性客増えたよね」
「あ、そうですね。早い時間帯は」
「恭介くん効果かな? 彼ってなんか人懐こいよね」
「あ、そうなんですよ。すぐに人と打ち解けちゃえますね」
「レンくんも、恭介くんが来てから、優しくなったっていうか」

 それを言われるのは、レンにとってちょっと意外だった。
 自分は、声や雰囲気が優しそうというだけで得をしてきた人間である。

「え、優しくなかったですか?」
「なんかねー、雰囲気が丸くなった! 影がなくなった感じ?」
「なるほど。自分では気づかなかったです」

 恭介は頼りになるので、仕事が楽になっている。
 お兄さんを送り出したあとも、二人で仕事をこなす。指摘されたように、肌感覚として女性客は増えたように思えた。クリスマス時期はクリスマスメニューを意識しているからだろうか。やはり洋食は女性ウケがいい。最近、レシピは恭介と考えているのだが、自分も恭介も洋食出身なので、あれこれ話せて楽しい。
 午前0時になってやっと落ち着いてくる。あと少しで閉店の時間となる。ふと客が途切れ、店に恭介と二人きりになった。

「恭介、もうあがる?」
「え、今日ですか」
「うん。あとは一人で大丈夫だと思う。あ、仕事したかったらいいけど」

 なんとなく、恭介がそわそわしている感じがあり、気になっていた。ずっとふたりで仕事をしていると、小さな違和感に気づく。少し上の空だ。といっても仕事は真面目にしているが。

「恭介、なんかあった?」

 恭介は躊躇いながら、ぽつりと言った。

「あのー……実は、おれ、呼び出されてて」
「お呼び出し。それって、ケンカ系? 恋人系?」
「…………加賀見さん」

 レンは天を仰いだ。切れていなかったのか、加賀見と恭介は。
 橋谷さんから止められてます、と恭介は項垂れた。すでに橋谷には相談しているらしい。

「なんで呼び出されてんのか、聞いていい?」
「加賀見さんからは、何も。ただ来ないかってだけ。でも橋谷さんに呼び出されたこと言ったら、昨日あがったあと、熱出したって。あの人、独り暮らしだから……」
「恭介」
「いや、でも、行きません」

 恭介は首を振って
 それから、しばらくの間、片づけや掃除をする。いつものおじさんを迎えて、クリスマスメニューを提供する。彼は毎年、めいっぱいクリスマスメニューを注文してくれる一人だ。
 レンが恭介のほうを見やると、やはり上の空だった。提供後に、バックヤードに恭介を連れて入る。お客さんに聞こえないように言った。

「恭介、あとは俺だけでいいよ」

 もともと一人だったので、一人で片づけられる。ルイスも出かけていて自宅にいないし、帰ってもひとりきりなので、早く帰る必要もない。

「どうしましょう、レンさん。橋谷さんに止められてるんですけど」

 レンは苦笑した。

「止めても行くんじゃないの」

 恭介はまだ加賀見のことが好きだとレンは思う。
 同性の新人に手を出して付き合ったり別れたりを繰り返し、結局新人のほうが辞めることになるとわかっていながら、なおも手を出し続ける。加賀見がそんなろくでもない、ひどい男であるとレンは知っている。
 だが、誰かを好きになって、傷つくとわかっていても、居ても立っても居られない気持ちも知っている。

「すみません、上がります」

 恭介はそう言って頭を下げたのだった。
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