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二年目の夏の話
七 レンの実態について
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ルイスは言った。
「ところで、これって裏帳簿じゃないですよね」
「え? 裏帳簿? ちちちがいますよ!」
「すみません。表帳簿にしては経営状態が良いので。よぞらって借り入れがないんですか」
店舗はレンの親が若い頃に購入した物件で、賃貸ではない。くわえて、ローンも終わっている。
銀行の借り入れもない。つまり無借金経営である。運転資金は確保できている。経営状態は非常にシンプルだ。毎日の売り上げをみると、経済的にはさほど言うことがない。
「俺の力ではなくて、親が頑張ってただけなんです」
だから継ぎやすかったともいえる。レンが店を継いだのは、親が確定申告を依頼していた税理士に準確定申告を依頼し、その際に、畳むのは勿体ないので後を継ぐようにと強く勧められたからでもある。
「レン個人はどこ?」
「えっと、そっちのファイルです」
ルイスはレンの財産について確認する。質素な生活ぶりだが、それなりに蓄えがあることを初めて知った。
「……いい商いを継いで、頑張ってやってきたと思いますよ」
「そうでしょうか」
レンは照れて頬を掻く。
ルイスは資料を見る。レンは、事業承継がうまくいったケースだ。
小さい店だ。立地がよく、競合店が少ない。親も長年慎ましくやってきたのだろうと思われた。
レンはジャンルは違えど、料理人という同じ道を選んで修業していた。商売に対する姿勢について、レンは正しく引き継いでいる。
一人っ子で、相続しやすかった。両親だけでやっていたので、古参のスタッフがいなかった。周りにも可愛がられているのは、地域で育った子どもだからか。
ルイスの目に、レンはいかにも普通の子に見えるが、想像していたよりも成功している。
「僕たちの仕事は……事業の成長や拡大のための提案していくものなので、つい、拡張や多店舗展開などを勧めてしまいそうになります」
「え、お店を増やす話ですか?」
レンにとって途方もない。
青ざめるレンに、ルイスは笑う。
「それは追って考えることにしましょう」
レンはほっとする。
「現在の状態であれば、スタッフが増えても何ら問題ないと思いますよ。多少の人件費が乗っても、利益は出ますし。レンは元々働きすぎです。仕入れはもう少し分散して、競合させたほうがいいと思いますが……」
「あー……親の代の取り引き相手ですし、お客さんを呼ぶこともあるので、なかなか」
「長年のお付き合いがありますもんね」
あっさりとそう言って頷き、ルイスはもう一度、思考の海に沈む。
レンはそうっと離れて、ソファで待つことにした。
レンは、気が抜けた。不安が拭われて、安心する。自分一人では、この不安を抱えきれなかった。どのように解消すればいいのかもわからなかった。
だが蓋を開けてみれば、自分がこれまで頑張っていたことは無駄ではないとわかった。手の震えが止まっている。
しばらくして、資料を読み終わり、ルイスは伸びをした。
「現在のよぞらの大きな問題点は……」
「え、大きな問題点があるんですか!?」
レンは焦ってソファから身を乗り出した。ルイスは頷く。
「まあ、一応。現状でも言うべきことのひとつくらいは」
レンが慌てふためく様子はなんだか微笑ましいのだが、さすがに意地悪が過ぎるので、レンの隣に座り、レンを抱き寄せて背中を撫でてなだめる。
ひとつといわずいくつもある。資産運用の話もしたいし、節税対策の話もしたい。
だが、レンがパニックになることがなんとなくわかるのでルイスはやめておく。レンはまだ現場の職人であり、専門外のことを考えるのは向いていない。
「病気や怪我で、レンが稼働できないことです。レンの腕が必要という仕事の性質上、仕方ないのですが」
「あ、なんだ、そういうことですか」
たしかに、体調が悪いときでも店に立つ必要がある。レンは身体が丈夫で風邪も引かないたちで、まだ若い。だから今はまだいい。だが、この先も大丈夫とは限らない。
「ランニングコストが抑えられているので、多少なら休んでも平気ですよ」
小規模事業者が休業せざるを得ない場合、とくに家賃負担が重くなる。それが所有物件でローンを完済しているなら、あとは固定資産税と修繕費用、保険料程度だ。事業ごと売却するか、貸しに出してもいい。大家業のほうが楽である。
「レンがお店にピン留めされるのは、恋人として大問題です。ですが、その両方とも、従業員を入れたら解決する可能性が高いです。レンがおそれるように、リスクがないではないのですが、それは心配しすぎでしょう」
返事がないのでレンを見る。レンはルイスの腕の中でうつらうつらしている。安心しきって、眠くなっている。
ルイスはレンをそうっと抱きしめる。
「おやすみなさい。レン」
ルイスはレンの髪を撫でる。額に口づける。
レンは眠りに落ちていく。気持ちも落ち着いたし、ぬくもりが心地よく、ルイスの手や声が甘くてやさしい。
<二年目の秋の話に続く>
「ところで、これって裏帳簿じゃないですよね」
「え? 裏帳簿? ちちちがいますよ!」
「すみません。表帳簿にしては経営状態が良いので。よぞらって借り入れがないんですか」
店舗はレンの親が若い頃に購入した物件で、賃貸ではない。くわえて、ローンも終わっている。
銀行の借り入れもない。つまり無借金経営である。運転資金は確保できている。経営状態は非常にシンプルだ。毎日の売り上げをみると、経済的にはさほど言うことがない。
「俺の力ではなくて、親が頑張ってただけなんです」
だから継ぎやすかったともいえる。レンが店を継いだのは、親が確定申告を依頼していた税理士に準確定申告を依頼し、その際に、畳むのは勿体ないので後を継ぐようにと強く勧められたからでもある。
「レン個人はどこ?」
「えっと、そっちのファイルです」
ルイスはレンの財産について確認する。質素な生活ぶりだが、それなりに蓄えがあることを初めて知った。
「……いい商いを継いで、頑張ってやってきたと思いますよ」
「そうでしょうか」
レンは照れて頬を掻く。
ルイスは資料を見る。レンは、事業承継がうまくいったケースだ。
小さい店だ。立地がよく、競合店が少ない。親も長年慎ましくやってきたのだろうと思われた。
レンはジャンルは違えど、料理人という同じ道を選んで修業していた。商売に対する姿勢について、レンは正しく引き継いでいる。
一人っ子で、相続しやすかった。両親だけでやっていたので、古参のスタッフがいなかった。周りにも可愛がられているのは、地域で育った子どもだからか。
ルイスの目に、レンはいかにも普通の子に見えるが、想像していたよりも成功している。
「僕たちの仕事は……事業の成長や拡大のための提案していくものなので、つい、拡張や多店舗展開などを勧めてしまいそうになります」
「え、お店を増やす話ですか?」
レンにとって途方もない。
青ざめるレンに、ルイスは笑う。
「それは追って考えることにしましょう」
レンはほっとする。
「現在の状態であれば、スタッフが増えても何ら問題ないと思いますよ。多少の人件費が乗っても、利益は出ますし。レンは元々働きすぎです。仕入れはもう少し分散して、競合させたほうがいいと思いますが……」
「あー……親の代の取り引き相手ですし、お客さんを呼ぶこともあるので、なかなか」
「長年のお付き合いがありますもんね」
あっさりとそう言って頷き、ルイスはもう一度、思考の海に沈む。
レンはそうっと離れて、ソファで待つことにした。
レンは、気が抜けた。不安が拭われて、安心する。自分一人では、この不安を抱えきれなかった。どのように解消すればいいのかもわからなかった。
だが蓋を開けてみれば、自分がこれまで頑張っていたことは無駄ではないとわかった。手の震えが止まっている。
しばらくして、資料を読み終わり、ルイスは伸びをした。
「現在のよぞらの大きな問題点は……」
「え、大きな問題点があるんですか!?」
レンは焦ってソファから身を乗り出した。ルイスは頷く。
「まあ、一応。現状でも言うべきことのひとつくらいは」
レンが慌てふためく様子はなんだか微笑ましいのだが、さすがに意地悪が過ぎるので、レンの隣に座り、レンを抱き寄せて背中を撫でてなだめる。
ひとつといわずいくつもある。資産運用の話もしたいし、節税対策の話もしたい。
だが、レンがパニックになることがなんとなくわかるのでルイスはやめておく。レンはまだ現場の職人であり、専門外のことを考えるのは向いていない。
「病気や怪我で、レンが稼働できないことです。レンの腕が必要という仕事の性質上、仕方ないのですが」
「あ、なんだ、そういうことですか」
たしかに、体調が悪いときでも店に立つ必要がある。レンは身体が丈夫で風邪も引かないたちで、まだ若い。だから今はまだいい。だが、この先も大丈夫とは限らない。
「ランニングコストが抑えられているので、多少なら休んでも平気ですよ」
小規模事業者が休業せざるを得ない場合、とくに家賃負担が重くなる。それが所有物件でローンを完済しているなら、あとは固定資産税と修繕費用、保険料程度だ。事業ごと売却するか、貸しに出してもいい。大家業のほうが楽である。
「レンがお店にピン留めされるのは、恋人として大問題です。ですが、その両方とも、従業員を入れたら解決する可能性が高いです。レンがおそれるように、リスクがないではないのですが、それは心配しすぎでしょう」
返事がないのでレンを見る。レンはルイスの腕の中でうつらうつらしている。安心しきって、眠くなっている。
ルイスはレンをそうっと抱きしめる。
「おやすみなさい。レン」
ルイスはレンの髪を撫でる。額に口づける。
レンは眠りに落ちていく。気持ちも落ち着いたし、ぬくもりが心地よく、ルイスの手や声が甘くてやさしい。
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